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弱くて偉大なハムスターが消えた・・・ハム将棋は終了してしまったのか?

松本博文将棋ライター
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 1月19日から予告なくハム将棋のサイトが利用できなくなっています。詳しい事情については、わかっていません。

 デジタルアーカイブのページからたどっていけば、ハム将棋と対局することは可能です。

デジタルアーカイブ上で見ることのできるハム将棋
デジタルアーカイブ上で見ることのできるハム将棋

 しかし多くの人が気軽に訪れることができる通常のサイトとしては、何らかの事情で「閉鎖」されてしまった可能性はあるのかもしれません。

 ハム将棋のサイトの「跡地」を訪れ、何とも言えない喪失感を覚えている人はたくさんいそうです。Twitter上で検索すると、その別れを惜しむ声がいくつも見られます。

 ハム将棋の絶妙な強さ(あるいは弱さ)と初級者への普及の功績の大きさについては、以前書きました。

 ハム将棋より強い将棋ソフトは、数多く存在します。中級者、上級者であれば、ハム将棋がなくなったとして、ノスタルジーは感じても、困ることはないでしょう。

 しかしこれから本格的に将棋を始めようとしている初級者にとっては、どうでしょうか。それを考えてみると、どうも何か、とてつもなく大きなものが失われてしまったようにも感じられます。

 ハム将棋は2007年に開設。2013年、閉鎖かと心配され、サイトの移転によって復活したことがありました。今回はどうでしょうか。

ネット上のコンテンツはどれだけ後世に残るか

 インターネット上に置かれているものは、半永久的に存在するように思われることがあります。しかし現実には、必ずしもそうではありません。

 1990年代半ばにインターネットが普及し始めた頃から、ネット上ではいくつもの将棋に関するサイトが現れました。「ネットと将棋は相性がいい」とはその頃から聞かれた言葉です。ネットという新しい媒体が誕生したことによって、将棋の楽しみ方も、かつてないほどに広がりました。

 筆者はこの四半世紀、そうしたネット上の将棋コンテンツを、ほぼ一通り見てきました。後世に残ってほしいと思われるサイトも多くありました。しかしそれらのいくつかは、各種サービスの終了や、サイト管理者の事情などによって消えていきました。

 たとえば保木邦仁さんが開発し、2005年に公開したコンピュータ将棋プログラム「Bonanza」もそうです。

 Bonanzaが将棋ソフトのブレイクスルーとなったのは、よく知られている通りです。2019年に「Yahoo!ジオシティーズ」がサービス終了となり、それとともにBonanzaのサイトも終了しました。

 Bonanzaは将棋史において重要な存在であり、今後も語り継がれていくことでしょう。そしてその歴史的な使命は、既に十分果たされたとも言えそうです。それでもサイトがなくなってしまったことに関しては、寂しさを感じずにはいられません。

 筆者はバックアップされたファイルの一式を保木さんから預かっています。いずれ「デジタル将棋博物館」が開設されるのならば、そのまま寄託したいところです。

「死んでこの世に残るのは、紙切れに書いた棋譜だけだ」

 升田幸三九段はそう言いました。

 将棋は盤と駒というシンプルな道具を用意して、棋譜を見ながら駒を動かせば、天野宗歩や、阪田三吉や、升田幸三といった偉大な先人の指し手を再現することができます。

 逆に言えば、どれだけ偉大な将棋のプレイヤーであっても、棋譜を残して、いずれはこの世を去っていきます。

 ではネット上で、来る日も来る日も、声を上げて泣いたり笑ったりして、ずっと将棋を指し続けてくれたデジタル製のハムスターはどうでしょうか。

 このハムスターは変わらずずっと、そこに居続けてくれるような気がしなかったでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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