「禁断の愛」は差別を助長。松崎悠希が批判する、間違いだらけの日本の芸能界
ハリウッドがうたう多様性は見せかけだと前編で批判した松崎悠希氏は、日本のテレビ界、映画界にも多くの問題があると指摘する。アカデミー賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」には、日本在住で日本語をしゃべる韓国人や耳の聞こえない人が出てきたが、そういった作品は日本で非常に稀。実際の社会には、海外からの移民や、違う人種の血が混じった日本人が存在するのに、そういったキャラクターはテレビや映画にほとんど出てこない。また、ハリウッドと違い、ゲイやレズビアンであることをオープンにして活動している役者も少ないのが現状だ。
松崎氏がSNSでエンタメ界を変える運動を始めるきっかけとなったのも、そもそもは日本の芸能界への批判だった。この後編では、日本の問題について語ってもらう。
――ツイッターで積極的にメッセージを送るようになったのは、いつからですか?
1年半前の9月です。日本の映画やテレビでのマイノリティの描き方がおかしいと、ツイッターで思いきり批判したんですよ。マイノリティのキャラクターをマジョリティの役者が演じて、「難しい役に挑戦」などと言って経歴アップに利用するなと。たとえばゲイの登場人物が出てくるBLものでも、ストレートの役者を使って、「禁断の愛」という宣伝文句を使っていたりする。禁断の愛ということは、異常であり、レアなものであると言っているわけですね。つまり差別を助長しているんですよ。
このツイートには、すごい反応がありました。でも、当時はまだ性的マイノリティの人たちですら、自分たちが与えられている作品が、非当事者が表象したものだということにあまり気づいていなかったので、寄せられたコメントの半分くらいは、(ストレートの役者がゲイを演じることを)「変だとは思わない」というものだったんです。
それらの意見に対して、今の日本の業界が、企画段階からいかにゲイの俳優さんを排除しているのか、僕はしっかり説明しました。これらの企画は「人気の俳優を起用し、挑戦的な役をやらせることでヒットを狙おう」という目的で生まれるんです。イケメン俳優とイケメン俳優に禁断の愛をやらせることで、BLファンが萌えるはずだと。そういう差別的な構造の中で生み出されたものなんです。
受け止め方が変わってきたのは、そこからですね。次第に、ストレートの役者がゲイのキャラクターを(キャリアアップの)道具に使うことに対して人が声を上げるようになりました。僕は僕で、意見を言うことによって社会や業界にプラスの影響を与えることができるんだと気づいたんです。だから、誰かを怒らせるかもしれないというリスクを冒してでも、おかしいと思うことをしっかり発信していこうと思うようになりました。
――マイノリティをマジョリティの視点から描くことで偏見が生まれるということも、松崎さんは指摘されています。
マジョリティの人がマイノリティを描くと、マイノリティがかわいそうな人にされてしまうんですよ。そこへマジョリティ側のヒーローが登場して、助けてくれたりする。マイノリティが自分で成長して問題を解決するというふうにはならないんです。それらはマジョリティが優越感を持ち、気持ちよくなるためのストーリーで、要するにマイノリティを利用しているわけです。マイノリティは劣っているんだということを自覚なく世間に流布している。
でも、マイノリティ自身が製作したり、出演したりする作品だと、自分たちがどう乗り越えてきたかという経験があるので、そうはならない。たとえば「片袖の魚」。トランスジェンダー女性についての映画で、ちゃんとオーディションをしてトランスジェンダーの女優を選んでいます。監督さんもバイセクシュアルで、マイノリティということもあり、自分で差別を乗り越えるという物語になっている。
このパターンだと、その映画の中で差別をするマジョリティの人たちが劣った存在になるんですよ。そして、自分たちはこんなことをしているのかと反省する。作品が世の中に与える影響という意味で、まったく違うんです。
――ハリウッドの日本描写がおかしいのには、日本のテレビや映画の影響もあると、松崎さんはおっしゃっています。一部の日本人が考える、「美化された日本」を、日本のテレビや映画は作り続けていると。
その人たちが考える日本は、昔からの伝統的な日本で、現実の日本ではない。日本のテレビや映画は、それを出し続けてきています。だから日本の作品にはミックスルーツ(違う人種が混じった人)がめったに出てこないんですよ。レズビアンとしてオープンに活動している女優さんや、トランスジェンダーの俳優さんも出てこない。それらを消費する日本人も、それを「普通」だと思ってしまう。
それがメディアの威力なんです。アメリカで同性婚が認められるようになったのも、メディアの力が大きかったんですよ。アメリカのドラマにゲイやレズビアンのキャラクターが普通に登場するようになり、視聴者に受け入れられていったおかげで、反対する人たちが減っていったんです。
だから、メディアが変わらないとだめ。「イカゲーム」にはパキスタン人のキャラクターが出てきますよね。あれを見たら、次に韓国の作品にパキスタン人が出てきたとしても、なんとも思わない。韓国には普通にパキスタン人がいるんだろうと思っていますから。もし、日本から出す作品が実際の多様な日本を反映していて、マイノリティも差別的な描かれ方をするのではなく普通に登場して、それが「イカゲーム」並みにヒットしたら、ハリウッドが描く日本は一瞬で直るんです。
でも、日本の映画人は、自分たちのことをリベラルだとか進歩的思考だとか言っているわりには何もしていない。マイノリティの俳優すらキャストしない。マイノリティについての作品を作るならば、今の日本の芸能界で不当な扱いを受けているマイノリティの俳優たちをちゃんと使ってあげて、芸能界の中で進出させるべきなのに。作品のテーマではマイノリティの差別をやめましょう、社会進出を後押ししましょうなどとうたっていながら、口だけなんですよ。賞を取るため、感動ストーリーとして売るための道具として利用しているだけ。彼らが何もしてこなかったから、日本のマイノリティの俳優たちは今も仕事がないんです。
僕は、(多様な日本人が登場する短編映画)「モザイク・ストリート」を自腹で作ったんですよ。個人がこれを作れるのに、それができないというなら、監督なんてやめちまえと思いますね。これから先、多様性を無視した、単一民族国家みたいな日本を描いている監督がいたら、できないのではなく、やるつもりがないのだと理解すべきです。
「モザイク・ストリート」の効果は、すでに出てきていますよ。日本の映画会社やテレビ関係者から、今まで気づいていなかったけれど今後はやっていくという意思表示をする人が出てきたんです。
ーー今、松崎さんは、パワハラ、セクハラについて積極的に発言されていますね。
そういうことをする監督と仕事したい人なんていませんよね。だから、まともな考えを持っている人たちと第2の業界を作ればいいと思っているんです。パワハラ、セクハラをするような、あるいは多様性を無視するような時代遅れの業界人は、このまま化石となって消えればいい。
観客のみなさんには、パワハラ、セクハラをする監督の作品をボイコットし、そうでない監督の作品を応援してほしいです。多様な日本を、当事者を使って描く作品も応援してあげてほしい。パワハラ、セクハラをすると誰も見てくれず、逆にコンプライアンスを守るとそのこと自体が宣伝になる。そういう新たな常識を作っていきたいですね。
松崎悠希:1981年、宮崎県生まれ。高校卒業後、日本映画学校で学び、18歳でニューヨークに移住。直後に所持金を盗まれ、ホームレスになるも、最初に受けたオーディションに合格し、俳優デビューを果たす。現在はアメリカと日本、両方で活動。出演作に「ラスト サムライ」「硫黄島からの手紙」「ピンクパンサー2」「幸せの始まりは」など多数。