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ロナウド&ユーヴェに感謝するメディアも…「世紀の移籍」に熱狂のイタリア、人気回復の起爆剤に?

中村大晃カルチョ・ライター
4月3日、ユヴェントスとのCL準々決勝1stレグでのC・ロナウド(写真:ロイター/アフロ)

自国リーグにスターがやって来る。この夏の日本のサッカーファンは、その興奮をよく知っているだろう。カルチョの国イタリアも同じ、いや、それ以上だ。記録を塗り替える移籍金で、当代きってのスターが絶対王者に加わったのだから――。

7月10日、クリスティアーノ・ロナウドのユヴェントス移籍が発表された。スパイクを脱ぐ前からサッカーの歴史にすでにその名を刻んでいる「バロンドール受賞5回の男」は、レアル・マドリーに別れを告げ、次の舞台としてセリエAを選んだ。

◆「あり得ない」から高まっていった熱気

少し前までなら、考えられないことだった。実際、今月に入り、最初に『トゥットスポルト』が報じたときも、即座にフィーバーとまでは至らなかった。「あり得ない」。そんな反応も多かった。

3日の『ガゼッタ・デッロ・スポルト』電子版でも「現時点で真の意味での交渉と言うのはオーバーだが、空想でもない」と記されていたほどだった。翌日のアンケートで、「移籍すると思う」と回答したのは、3万人近いユーザーのうちの50.7%。まさに半信半疑という状態だったのだ。

だが、スペインとイタリアで連日報じられていくにつれ、眠っていた細胞が活性化するみたいに、熱気が高まっていく。一面には毎日のようにロナウドの顔写真が登場した。議論は政界にまで及び、右派左派を問わず各クラブのサポーター議員が獲得の是非を論じる。じつにカルチョの国らしい。

否定的な見方が少なくなかったのは確かだ。例えば、インテルOBの元ドイツ代表ローター・マテウスは「すべてを勝ち取った世界最高のクラブにいるのに、なぜユーヴェに行く?」「イタリアの復調の兆しは認める。だが、まだリーガやプレミアには追い付いていない」と断じていた。

ただ、希望的観測は強まっていく一方だった。移籍が実現した場合に何をするか宣言する「もしもロナウドが来たら」というハッシュタグが流行したのもその一つだ。

ユーヴェのサポーターだけではない。「説得する助けに」と、本拠地トリノがあるピエモンテ州のプロバスケットボールチームは「C列7番」のロナウド向け年間シートを用意。元イタリア代表のクリスティアーノ・ルカレッリが監督に就任したリヴォルノは、「本当のクリスティアーノはウチにいる」とツイートで盛り上げた。

◆絶大な宣伝効果に期待

ロナウド到来への期待が大きかったのは、もちろん、世界的な人気を誇る超大物が来ることで、ユーヴェだけでなく、近年暗い話題が続くカルチョそのものにとって大きな起爆剤となるからだ。マルコ・タルデッリ、パオロ・ロッシ、クリスティアン・ヴィエリ、アレッサンドロ・デル・ピエーロ…アッズーリのOBたちからは「イタリアサッカー全体にとって良い」との発言が相次いでいる。

実際、ロナウド加入の宣伝効果は計り知れない。だからこそ、ユーヴェは巨額を投じたのだ。

1億ユーロ(約130億円)を超える移籍金と手数料に加え、4年契約のロナウドのサラリーは年俸3000万ユーロ(約39億円)とされる。税金などを含めれば、少なく見積もっても総額で4億ユーロ(約520億円)程度の取引となる。

だが、『スカイ・スポーツ』や『コッリエレ・デッラ・セーラ』は、SNSで3億人以上のフォロワーを誇るロナウドの加入により、グッズの売り上げやスポンサー収入が見込めると指摘した。マリオ・スコンチェルティ記者は、『コッリエレ・デッラ・セーラ』で、ブランド力こそサッカー界の新たな「オイルマネー」や「神」だとし、「手に入れればすべてを金に変える」と表現している。

国際会計事務所「KPMG」のアンドレア・サルトーリ氏も、『コッリエレ・デッラ・セーラ』で「理にかなう取引で、財政的にも耐え得る」とコメント。「特にイタリアサッカー全体にとって良いことだ。ネイマール加入時のフランスのように、イメージや魅力という点で恩恵を受けるはず」との見解を示した。

◆リスクもあるが、まずは「ありがとう」

ただ、財政面で耐え得るにしても、様々な意味でリスクはゼロではない。規格外のサラリーが選手間の軋轢を生む恐れもある。ゴンサロ・イグアインやパウロ・ディバラの去就も気になるところだ。守備の国で得点力を見せ続けられるのか、ロナウド本人への重圧も大きい。

何より、この補強で、ユーヴェは悲願のチャンピオンズリーグ(CL)優勝を求められる。期待されるのがリーグ8連覇&欧州制覇というのは、この上なく高いハードルだ。マッシミリアーノ・アッレグリ監督にとっても大きな挑戦となる。

だが、それらはこれからの話。今、カルチョ界はとにかくCR7の到来に沸いている。発表後、メディアは「世紀の移籍が実現」(『コッリエレ・デッロ・スポルト』)、「2018年7月10日は歴史的一日に」(『メディアセット』)、「夏の最大の取引」(『レプッブリカ』)など、大々的に報じた。ワールドカップ(W杯)準決勝というビッグマッチの結果よりも大きく、だ。

『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のアンドレア・モンティ編集長は「カルチョを愛する我々全員にとっての喜びだ」と、イタリアサッカーの人気回復につながると感謝の言葉まで口にした。

「W杯に出られず、その歴史におけるどん底に達したイタリアサッカーは突然、ユーヴェの素晴らしい発案と、水面下で動いて予測できない補強を実現させた能力のおかげで、再び世界の中心に躍り出た。世界の多くの人が我々の試合を観るだろう。だから、ユヴェントスよ、ありがとう。ロナウドよ、ありがとう」

◆ライバルたちの重要性

ロナウド効果をより高められるかどうかは、ライバルたちにもかかっている。世界の注目を集めても、ロナウドを手に入れたユーヴェが独走して8連覇を成し遂げれば、セリエAそのものへの関心は薄れてしまう。

ローマの英語版公式ツイッターが、フランチェスコ・トッティとリオネル・メッシの画像を使って「ローマの王とGOAT(歴代最高)」とつぶやいたのも、そのためかもしれない。イタリアらしい皮肉でからかっているのと同時に、健全な競争性の裏返しとも言える。

ナポリもカルロ・アンチェロッティという名将を手に入れた。CL復帰を果たすインテルは、相次ぐ補強でユーヴェの対抗馬になると言われている。先行き不透明なミランも、中国経営に終止符が打たれた。ようやく良い方向に進むことができるかもしれない。

一人のスターの到来に熱狂するセリエAの開幕は、8月中旬。だが、ピッチでの戦いが始まる前から、カルチョの国は熱く燃えている。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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