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ドラマのような全英女子オープン、「スマイル」が繋いだ勝者と敗者、そして渋野

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
全英女子オープン最終日。4番でティショットを放った渋野選手(写真:AP/アフロ)

 AIG全英女子オープン最終日は、まるで「よくできたドラマ」のような展開だった。

 4ホールに及んだプレーオフを制し、勝利を掴み取ったのは、南アフリカ出身の33歳、アシュリー・ブハイ。2008年のデビューから15年を経て、ついに手に入れた初優勝がメジャー優勝となった。

 だが、勝者ブハイのみならず、プレーオフで敗れた韓国出身のチョン・インジ(27歳)も、3位に甘んじた渋野日向子(23歳)も、みな心に残るいいプレーを披露してくれた。

 誰が勝つかは、ほとんど紙一重だった。きっと3人のうちの誰が勝ったとしても、眺めていた人々は「ああ、素敵なドラマだった」と笑顔で頷いたことだろう。

 振り返れば、3年前の全英女子オープン最終日は、72ホール目で渋野がウイニングパットを沈めた瞬間、ブハイが両腕を挙げながら飛び跳ねるようにして祝福していた。

 あのときブハイ自身は、すでにツアー12シーズン目にして、まだ勝利の喜びを知らなかったが、初出場だった渋野が笑顔を輝かせながらいきなり挙げた初優勝を、ブハイは我がことのように喜び、心の底から「おめでとう」と言っていた。

【渋野のスマイル】

 偶然か、必然か。そんな2人が再びサンデー・アフタヌーンを同組で回った今年。渋野は出だしからトレードマークのスマイルを見せていたが、徐々に硬化していった彼女の表情は、14番のダブルボギー以後は、すっかり険しくなった。

 そして、72ホール目。グリーン奥からの第3打がカップに沈まず、バーディーが奪えなかった瞬間、渋野のプレーオフ進出とメジャー2勝目の可能性が消えた。

 「すごく悔しい」と涙を見せた渋野だが、「すごく成長した」と手ごたえも感じている様子だった。

 3年前は無我夢中で優勝。3年後の今年は落ち着いたプレーぶりながら勝利を逃したが、ここ最近の不調を打ち破り、堂々の優勝争いを戦い抜いた末の3位には「うれしさもある」。

 だから渋野は笑顔を輝かせ、ブハイがウイニングパットを沈めた場面も穏やかな笑顔で見守り、拍手を送った。

 渋野とブハイ。お互いを讃え合う素敵なライバル関係が、自ずと芽生え、ミュアフィールドの大地に宿っていた。

【チョン・インジの笑顔】

 通算10アンダーで72ホールを終えたブハイとチョンはサドンデス・プレーオフへ突入。すでに米女子ツアーで通算4勝を挙げ、そのうちの3勝がメジャー優勝というチョンは、未勝利のブハイと比べると、格段に落ち着き払って見えた。

 だが、そんな彼女も人知れず苦難を乗り越え、努力や工夫も重ねている。今大会開幕前には、相棒キャディのディーン・ハーデンと小さな約束を交わしていたという。

「私がノーボギーで回ったら、その日はディーンが私にディナーをご馳走することになっていた。その約束が、いい具合に励みになり、モチベーションと集中力をアップしてくれた」

 チョンが2015年の全米女子オープンを制し、メジャー初優勝を挙げたときも、今年のKPMG全米女子プロゴルフ選手権を制したときも、彼女の傍らにはハーデンがいた。

 ハーデンはオーストラリア出身の「超」が付くほどベテランのツアー・キャディ。諸見里しのぶが米女子ツアーにデビューしたときも、申ジエが2008年全英女子オープンを制したときも、バッグを担いでいたのはハーデンだった。

 今年のKPMG全米女子プロゴルフ選手権の際は、ラウンド中、ハーデンが「ハッピーかい?」と問いかけ、チョンが「イエス!ハッピーよ」と答えるやり取りを続けながら、2人は見事に勝利した。

 うつ病やスランプを経て復活したチョンを、キャディのハーデンがメンタル面から支える絶妙な二人三脚は、全英女子オープンでも効果を発揮し、勝利ににじり寄った。

 プレーオフの真っ只中でも、チョンは何度もスマイルを見せ、TVカメラに向かって手を振っていた。その姿は、「スマイリング・シンデレラ」と名付けられた渋野とそっくりで、笑顔とゴルフの好プレーは密接な関係にあることを、あらためて痛感させられた。

 最終的には惜敗に終わったが、負けても笑顔で勝者ブハイを讃えたチョンは、とても素敵なグッドルーザーだった。

【ブハイの笑顔と涙】

 18番ホールを4度も繰り返したプレーオフを経て、ツアー初優勝とメジャー初優勝を達成したブハイは、ウイニングパットを沈めた瞬間、その場で顔を覆い、動くことができずに立ちすくんだ。

 猛スピードで駆け寄った夫に抱き上げられ、次々に走り寄ったたくさんの友人や家族に、思い思いの方法で次々に祝福され、何が何だかわからないという表情で、勝利の味を噛み締めていたブハイの姿は、とても愛らしかった。

 2008年のデビューから一度も勝利を挙げられず、渋野の初優勝を讃えた2019年大会では、ブハイは5位に終わった。

 今年の全英女子オープン最終日は2位に5打差の単独首位で迎え、折り返し後も首位に踏みとどまっていた。だが、15番のトリプルボギーでチョンに並ばれ、プレーオフへ。

 そして、プレーオフは4ホールに及んだが、76ホール目で難しいグリーン右サイドのバンカーからの第3打に挑むときは「びっくりするほど落ち着いていた」そうで、ピンそばにピタリと寄せた。

 チョンがボギーとした後、ブハイがパーパットを沈め、その瞬間、ブハイの勝利が決まった。

「キャディのトーニャは、終始、私を笑顔にしてくれた。彼女のおかげで、私はスマイルを維持しながら戦うことができた。そして、夫は、山あり谷ありの私のこの15年をずっと支えてくれた。ありがとう」

 最後は、ブハイの笑顔が涙になった。スマイルがもたらした勝利と感動の涙。まるでドラマのような展開だった今年の全英女子オープンは、歴史にも心にも残る素晴らしい大会だった。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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