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NHK、ワクチン被害訴える遺族を取材した職員を出勤停止 管理職は軽い処分 報告書に不可解な点も

楊井人文弁護士
懲戒処分について伝えたNHKニュースウオッチ9(7月21日放送、筆者撮影)

 NHKが「ニュースウオッチ9」で新型コロナワクチン接種直後に家族を失った遺族について誤解を与える放送をした問題で、7月21日、「コロナに感染して亡くなった人の遺族だと視聴者に誤認をさせる不適切な伝え方をした」と改めて謝罪し、4人の職員を懲戒処分にしたことを明らかにした。

 NHKは担当職員が誤った認識で取材・制作を進めたことにそもそもの問題があったなどとする報告書をまとめたが、ワクチン被害の訴えに関して一切触れない内容に編集した要因には触れていなかった。

 担当職員はワクチン被害者支援団体の紹介を取材先に約束しており、当初のVTRに盛り込んでいたが、管理職らが立ち会った試写を経て削除されていたこともわかった。

 これにより遺族の背景情報が一切なくなった形で放送に至ったが、試写に立ち会っていた管理職のうち3人は厳重注意にとどめる一方、遺族の取材を担当した職員とその上司は今回の処分で最も重い出勤停止(14日間)にした。

NHKプレスリリースおよび報告書に基づき、筆者作成
NHKプレスリリースおよび報告書に基づき、筆者作成

 問題となっているのは、5月15日放送のニュースウオッチ9のエンディングVTR。「新型コロナ5類移行一週間・戻りつつある日常」と題し、実名で3人の遺族のコメントを流したが、ワクチン接種後に死亡し、ワクチンが原因で死亡したと訴えていることについては全く触れていなかった。

 放送直後の抗議を受け、翌日の放送で謝罪した(既報=NHKニュースウオッチ9が謝罪放送 ワクチン接種後死亡者を感染死のように伝えたのは不適切)。

 7月21日のニュースウオッチ9では、4人の懲戒処分を約3分50秒の枠で放送。その中で、出演した3人の遺族の親族が接種から何日後に亡くなったかについても伝え、田中正良キャスターが「ご遺族には番組の責任者などが直接お会いしてお詫びをお伝えしたいと思います」と述べた。

7月21日放送のNHKニュースウオッチ9より(筆者撮影)。2021年6月の接種後に夫を亡くした河野明樹子さん。健康被害救済申請を行ってから1年半あまりを経た今月、被害救済認定の通知を受けた。
7月21日放送のNHKニュースウオッチ9より(筆者撮影)。2021年6月の接種後に夫を亡くした河野明樹子さん。健康被害救済申請を行ってから1年半あまりを経た今月、被害救済認定の通知を受けた。

 この放送をめぐっては、先月、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が独自に調査を行うことを決定

 遺族らも今月「詐欺的取材が行われ、遺族の心情を踏みにじる放送がなされたことは許されざる人格権侵害」だとして放送人権委員会に申立てを行い、遺族らのインタビューの放送などを求めている(記者会見)。

 放送人権委は、今回の放送や今後のNHKと遺族側の交渉を踏まえて、審理入りするかを判断するとみられる。

問題は編集過程よりも取材者の「誤った認識」?番組の謝罪姿勢と報告書のギャップが浮き彫りに

 ニュースウオッチ9は、問題の放送翌日(5月16日)、BPO・放送倫理検証委員会の審議入り(6月9日)、放送人権委員会への申立て(7月5日)、そして今回の懲戒処分発表(7月21日)と、既に4回も番組内で謝罪を行った。そのたびに遺族が接種後に死亡したことを繰り返し伝えるなど、真摯な姿勢を見せていると言える。

 ただ、番組関係者を除く管理部門が中心となって作成した報告書(7月21日プレスリリース、10ページ)は、取材対象者へのヒアリングは一切行わずに作成されていた。報告書はいくつかの新たな事実を明らかにした一方で、放送に至る経緯の説明にはいくつもの不可解な点がみられ、核心部分を曖昧にしている。

試写に参加した管理職「ワクチンについて聞いていなかった」?

 報告書によると、担当職員は遺族への取材ロケの4日前に「コロナワクチンで夫を亡くした遺族のインタ/ワクチン被害者の会」と記された提案票(企画書)を提出し、上司のチーフリード(CL)、番組の調整デスク、編集責任者(編責)に共有されていた。編責がこれに目を通した上で取材の了承を出していたことも明らかにしている。

 また、担当職員が放送当日、局内のシステムに「副反応でなくしたと訴えるが表現は慎重に」と記した情報を登録していたことも明らかにしている。

 こうした経緯にもかかわらず、放送当日の試写に参加した編責らが「ワクチンについては聞いていなかった」と話したとしており、(文字起こしを読んでいた上司のCL以外)あたかも放送後に初めて遺族の背景事情を知ったかのように読める。

 取材のゴーサインを出しておきながら、試写時にワクチン被害を訴える遺族との認識がなかったとは考えにくいが、結局のところ、編責ら管理職が放送前どのような認識をもっていたのかという核心部分が曖昧にされている

支援団体名の削除は適切だったか

 また、担当職員は、被害者支援団体・NPO法人「駆け込み寺2020」を番組で紹介することを遺族を紹介した鵜川和久理事長に約束していたことが、筆者が入手したメールでわかっている。このメールはNHKも当然確認しているとみられるが、報告書では触れられていない。

 報告書では、担当職員が当初、この支援団体の情報を小さくVTRに盛り込んでいたが、1回目の試写で「ひとつの団体だけを紹介すべきでないという指摘があり、団体名の表示はしないことになった」といい、削除したことを認めている。

 こうしたVTRに団体名を表示させることは適切ではないという判断が妥当だという指摘はある。そうだとしても、この削除によって、取材先との約束が守れなくなるうえ、視聴者が遺族の背景事情を知り得る手がかりがなくなる以上、その代わりとなる背景情報を何ひとつ追加しなかったことの是非が問われる。しかし、報告書ではこうした問題点には触れていなかった

報告書は核心部分に触れていない

 ニュースウオッチ9の謝罪放送では、「コロナに感染して亡くなった人の遺族だと視聴者に誤認をさせる不適切な伝え方」に問題があったと率直に認めている。

 今回の問題は「ワクチン被害の訴え」に関する情報を一切盛り込まないという「編集上の判断」がもたらしたものという側面がある。

 担当職員が接種後死亡した方の遺族を取材すること自体は事前に了承されており、今回の問題発覚後も死亡の経緯を繰り返し放送していることから、問題のエンディングVTRでも遺族の背景事情に言及することは可能だったとみられる。

 コロナ禍で忘れるべきでないことの一側面として、ワクチン被害を訴える遺族の声を紹介することは決して不自然なことではない。担当職員が作成した「取材要項」をみると、支援団体代表のコメントを入れることも想定しており、ワクチン被害の訴えを盛り込む考えがあったことがうかがわれる。VTRに背景事情を少しでも盛り込んでいれば、視聴者を誤認させるような問題は起きなかったと考えられる。

 ところが、今回の調査報告書では、「ワクチン被害の訴え」に関する情報を一切盛り込まないという編集上の判断・指示が、いつ、誰によってなされたのかという肝心な部分を明らかにしていなかった。

 今回の報告書では、担当職員がコロナ感染で亡くなったか、ワクチン接種後に亡くなったかを区別せず、広い意味で「コロナ禍で亡くなった人の遺族」として伝えても問題ないという「誤った認識のもとに取材・制作を進めたことにそもそもの問題があった」とし、上司がきちんとチェックできていなかったという点を強調している。

 しかし、ワクチン接種後に亡くなった人の遺族も、広い意味で「コロナ禍で亡くなった人の遺族」としてとらえること自体は必ずしも「誤り」ではなく、そのような企画趣旨は取材先にも伝えられ、了承されていた。問題は、VTRで遺族の訴えや背景事情を何ひとつ伝えなかったことにある。

 報告書は、担当職員が背景情報を全て外す作業を行うに至った要因や経緯について、十分に解明、検証したとは言い難い。

 このほかにも、報告書は、担当職員が作成していた「取材要項」に触れていないなど、多くの疑問点や不可解な点がある。

(追記)詳しくは以下の分析記事も参照してください。

【ニュースウオッチ9問題】BPOは真相解明できるか NHK報告書に多数の疑問点

【ニュースウオッチ9問題】幹部の関与に大きな空白 NHK報告書に多数の疑問点

【ニュースウオッチ9問題】BPO「放送倫理違反」の意見書 発表会見の質疑で明らかになったことは?

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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