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G7でLGBT法案が議論の俎上にあげられなかった訳

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

いわゆるLGBT法案が、なんと各党から国会に3案も提出されている。現状としては膠着状況であり、近日の解散総選挙でそのまま終わるかとも思っていた。しかし、首相の親族の「公的スペースでの撮影事件」が起こり、選挙の先行きも不透明である。個人的には、この法案は、一般に思われているよりずっと、選挙の行く末を左右する「裏テーマ」であると思っている。

なぜなら、前回のアメリカの大統領選における一つの大きな要因も、このLGBT、特にTであるトランスの対応をめぐる方針であった。朝日新聞に掲載された、アメリカの主婦のコメント――オバマの登場で政治に興味を持ったが、女子トイレに男性が入ってくるのをみて行き過ぎを感じ、今度はトランプに票を投じるといった内容だったと記憶しているが、「いかにも」という感じがした。

アメリカでは、トイレや更衣室のみならず、女子スポーツへのトランス選手の参加などをめぐって、国が2分されるほどの騒ぎになっている。かつては中絶、同性愛、とくに軍における同性愛の問題などが、大統領選を左右するほどの大きなテーマであったが、いまは明らかにトランスをめぐる処遇がそれにとってかわった。更衣室やトイレ、女子刑務所、女子スポーツなどにトランスジェンダーを「包括」することを積極的に支持する民主党と、それに反対して「反LGBT法」を成立させようとする共和党とで、争っているのである。駐日アメリカ大使が、日本にLGBT法案を成立させるべく発するメッセージが「外圧」かどうかをめぐって揉めていたが、いかにも民主党政権下でおこっている出来事のように思われる。共和党であったら、まずあり得ないだろう。

私がそこそこの長期間の滞在経験があるのは、ニューヨークやカリフォルニアといった「青い」(民主党の勢力が強い)州である。大げさではなくただのひとりもトランプを支持している人などいないし、アメリカに共和党支持者など誰もいない、くらいに感じた。しかしこうした問題で共和党を支持する人、とくに知識人階層の人は、表では沈黙し、こっそりとトランプに投票するのだという。だから表からは見えにくいが、実はこうしたトランスをめぐる処遇は、がっつりとした選挙の「裏テーマ」なのだそうだ。

首相は、G7で日本にLGBTの処遇に関する法律がないことを、各国から責められるのではないかという危惧を持っていたのではないかと言われている。しかし、アメリカのみならず各国でこの問題が、政治を2分していることを考えれば、あり得ない想定だ。

とくにイギリスにかんしていえば、スコットランドのスタージョン首相のスピード退陣の要因のひとつに、性別変更に医師の診断書を不要としその年齢も引き下げるというジェンダー認定法案があるといわれているが、その法案の拒否権を発動したのは、まさにイギリス政府である。イギリス国内でもまた、トランスジェンダーの包摂を推す労働党はこの問題で躓き、2019年の総選挙の労働党の大敗の原因は、トランス問題だといわれている(英総選挙、驚きの保守党圧勝を読み解くと)。

LGBなどの性的指向をめぐる問題は、多くの国で同性婚も成立し理解が進んでいる。荒井元秘書官による「隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」といった発言は、とうてい許されない。これを報じるYahoo!ニュースに、私自身も「オフレコでも差別発言は許されないということを、肝に銘じてもらいたい」というコメントを書いている。ただトランスに関しては「性自認(性同一性、ジェンダーアイデンティティ)」の尊重と、性別を分離することによって女性の安全を担保してきたこれまでの社会制度のありかたの間に齟齬が生じており、一筋縄では解決しない問題となっている。

トランス問題は各国で、いわば火中の栗ともなっているのだ。筆者自身も、LGBTに対する差別のない社会制度の確立を望んでいる。そのためには、望ましい社会制度のありかたを丁寧に議論していくことが必要だと思うが、現状ではなかなか困難なのが実情である。そうした事情があるのにわざわざサミットで、しかも他国の問題にまで言及して手を入れる国があるとは、あまり考えられない。

さて日本でもこの法案は、次回の選挙の「裏テーマ」になるのではないか。この過程のなかで結局、「貧乏くじ」を引くのは自民党ではないかというのが、私の見立てである(LGBT法案で漁夫の利を得るのは、維新・国民か?に続く)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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