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MLBデビュー戦で菊池雄星から垣間見えた日本人投手ならではの不安要素

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
MLBデビュー戦で米メディアから高評価を受けた菊池雄星投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【米メディアから高評価を受けたMLBデビュー】

 菊池雄星投手が21日のアスレチックス戦で、待ちに待ったMLBデビューを飾った。残念ながら5回を投げ切れず、あと1アウト足りずに勝利投手の権利を得ることができなかったが(7回に同点に追いつかれているので5回を投げ切れたとしても勝利投手にはなれなかった)、4.2回を投げ4安打2失点(自責1)3三振1四球の投球内容は米メディアからも高評価を受けている。

 「彼にとっての少年時代のヒーローが野球界から引退する中、マリナーズ新加入のサウスポーは印象的なMLBデビューで淡々と打者を打ち取った」(MLB公式サイト)

 「(5回も)無失点イニングで終われるよう最後のアウトを奪うべき3つ目のストライクをミスしてしまったが、それ以外は東京ドームの異様な雰囲気の中で確固たるパフォーマンスを演じた」(シアトル・タイムズ紙)

 「彼の投球フォームは効果的にボールを隠しながら、キクチは度々オークランドの打者たちのバランスを崩していた」(AP通信)

【球数制限あったデビュー戦、次回登板から本格始動】

 米メディアが報じているように、投球内容は十分に評価されるべきものだった。特にアスレチックスの右打者は、菊池投手のカッターに苦しみ、打ちづらそうにしている姿が目立った。これまでもMLBではカッターを有効に使う左投手が何人も活躍しており、今後の菊池投手を占う上でかなりの好材料だった。

 あれだけの投球を続けていたので、本来ならチームも菊池投手に5回を投げ切らせていただろうが、試合後の会見で本人が説明しているように、まだ本格スタート前の公式戦だったこともあり球数制限(90球)が設けられていたようだ。つまり今回の登板は公式戦とはいえまだ調整段階であり、次回登板から制限なしで(100球前後という大枠の制限はあるが)先発投手として本格的に投げていくことになる。

【それでも気になる5回途中91球という球数】

 ただ高評価を受けた投球内容とは裏腹に、多少気になるのが球数だ。球数制限を超えたことで5回途中降板しているが、仮にあのまま投げ続けていれば5回終了時点で100球を超えている可能性は十分にあった。球数制限がなかったとしても、結局5回で降板していただろう。先発投手として5回を投げ切るのは最低限度の仕事であるが、評価が分かれるところでもある。

 MLBでは先発投手の評価基準の1つに「クォリティ・スタート(QS)」がある。6回以上3失点以下に抑えた登板を指すものだ。もちろんチームとしても先発投手に少しでも長いイニングを投げてもらえれば、リリーフ陣に休養を与えられるので大歓迎だ。だからこそ先発投手が最少失点で6回以上投げることが評価対象になるのだ。

【投球の組み立てへの意識が強い日本人投手】

 今回の投球に関しては、菊池投手自身も真っ直ぐの制球力に難があったと認めており、彼が納得できるレベルの制球力であったならば、もっと球数を減らし長いイニングが投げられていたかもしれない。たった一度だけの投球ですべての評価をするのは難しい。ただこれまでの取材してきた経験上、日本人投手はMLBの他の投手と比べて、投球の組み立て、投球術への意識が強いように思う。

 MLBにやって来るまで日本人投手たちはどのレベルで投げていても、とにかく球数は気にせず相手打者を抑えることだけを考えればよかった。打ち込まれなければ交代させられることもないので、多少の制球の乱れは気にする必要もなかった。また球数も気にしなくてもいいので、打者を打ち取るために最大限の努力をし、あえてボール球を使うなどして投球の組み立てをフル活用することができた。MLBに投球の組み立てを意識している投手がいないわけではないが、日本人投手の方がより意識が強いように感じる。

 またMLBではNPBと比較して下位打線でも一発長打が打てる打者が揃っているため、必要以上に警戒心が強くなってしまう。そのためさらに用心した投球の組み立てになっていき、どの打者と対戦してもディープカウントになってしまう。その繰り返しで球数が増えてしまい、長いイニングを投げらなくなってしまうのだ。

【日本人投手がなかなか達成できない年間200イニング】

 MLBの先発投手の別の指標として「年間200イニング」がある。大体チームの大黒柱でも年間33試合前後の登板なので、1試合平均6回以上を投げないと達成できないものだ。つまり登板試合すべてでしっかり長いイニングを投げてきたというエース投手の証でもある。だが日本人投手はなかなか年間200イニングを達成できていない。

 シーズン中の故障などもあり登板数が少なくなってしまうケースもあるが、これまで日本人投手で年間200イングを複数回達成したのは、野茂英雄投手(4回)と黒田博樹投手(3回)しか存在しない。ちなみに松坂大輔投手、岩隈久志投手、ダルビッシュ有投手がそれぞれ1回の達成で、田中将大投手はまだ一度も達成していない(ただし2016年は199.2イニングまで迫る)。

 最多達成の野茂投手の場合、決して制球力のいい投手ではなかったが基本的には真っ直ぐとスプリットで勝負していたので投球の組み立てを過度に意識する必要はなかったし、黒田投手は最初の2シーズンで投球の根本を見直し調整法や球種を含めMLBスタイルに切り替えて成功している。これは単なる偶然と割り切っていいのだろうか。

【今シーズン菊池のノルマは最低150イニング以上?】

 今シーズンのマリナーズは先発ローテーションをMLB本来の5投手で回す予定で、菊池投手もローテーションの一員として中4、5日で起用していく方針だ。その代わり休養を取らせる意味で、4回もしくは5回の間隔で短いイニングの登板機会をつくり、コンディションを維持させようとしている。

 ということで、怪我無くシーズンを通してローテーションを守れれば、菊池投手は最低でも30試合は投げることになる。そこから5試合ごとに休養登板を挟むと仮定し、6試合の休養登板で6イニング(各登板1回のみで考察)、残りの通常登板24試合で常に6回を投げ切ったとして144イニング、その合計150イニングが、チームとしても今シーズンの菊池投手にクリアしてほしい数字になるところだ。

 MLB1年目から無理をさせないとしているマリナーズとしても、妥当な目安といっていい。もし菊池投手が150イニング以上を大幅に上回るようなことになれば、それは彼がチームの期待を上回る高い順応性を示し、先発投手として信頼を勝ち得たことを意味する。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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