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時代で変わるスポーツマンガ “二刀流”大谷の活躍は創作の敵?

河村鳴紘サブカル専門ライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 先日、米大リーグで活躍中の大谷翔平選手が、集英社の「ジャンプスポーツ漫画賞」で、審査員になるニュースが話題になりました。すると、なぜ大谷選手なのか、その知名度を利用したのか……というたぐいの意見を見ました。そこで起用の理由と、スポーツマンガについて考えてみます。

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◇賞はウィン・ウインの関係

 マンガのビジネスで、才能の発掘は、出版社における永遠の課題です。どんなヒット作を連発しても、作家の布陣が充実しても、「次世代への種まき」をやめることは、将来のコンテンツ・ビジネスにダメージを及ぼします。集英社がわざわざマンガではなく、あえてスポーツマンガの賞を設けること自体、狙いがあるわけです。

 現在、紙の出版は苦戦していますが、一方でデジタルの出版は好調。マンガアプリなどの盛況を受けて、大手出版社はもちろん、「Kindle」や「ピッコマ」、「コミックシーモア」など、他業種からの参入がそろいます。そういえば「めちゃコミック」を運営するインフォコムが、米投資ファンドのブラックストーンに2700億円規模で買収すると報じられています。金額の通り、期待の高さが分かります。

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 出版社の視点で考えたとき、今後も出版におけるコンテンツビジネスの主導権を今後も握り続けるのであれば、未来の才能に目を付け、他社に取られないようにすることは大切です。となると、実績やブランドをアピールして、才能のあるマンガ家を囲い込みたいところ。集英社というブランドはマンガ家志望者にとって魅力的にしても、賞に対して興味を持ってもらう確率を上げるための「仕掛け」はおろそかにできません。

 特に今は、投稿小説「なろう系」の影響もあり、主人公が活躍するストレスの少ない快適な作品が増える一方で、ジャンルの偏りが指摘されています。コンテンツのジャンルは、時代の流れで「流行(はや)り」「廃(すた)り」はあるわけですが、スポーツマンガは、いつの時代にも支持されてきた「定番」です。

 大谷選手の起用は、スポーツマンガのイメージに合致します。知名度の高さ、話題性があるのはもちろん、全国の小学生にグローブをプレゼントした経緯もあり、さらに人気野球マンガ「ダイヤのA(エース)」の完結時にもコメントを寄せるなどしたのもポイント。プロのマンガ家とは違う審査員を配置するにあたって、誰を選ぶかは、賞のブランドにも影響します。大谷選手に目を付けた視点、交渉力、行動量はさすがです。

 この話は、大谷選手も承諾したように利点があると考えられます。大谷選手は、自分のことはもちろん、野球界の発展も含めて広い視点で考えることは、グローブなどの件でもご存じの通り。そして子供たちを野球、ひいてはスポーツをするきっかけを増やそうと考えれば、マンガは極めて有効なツールだからです。両者にとって、ウィン・ウインの関係にあることも言えます。

◇大谷選手の存在は“悩みのタネ”

 ただし、大谷選手の存在だけで考えると、スポーツマンガにとって、ある種の敵(ライバル)ーー“悩みのタネ”であります。

 マンガは、読者の予想を裏切る展開を作り出して楽しませるわけですが、大谷選手は、存在自体が唯一無二であり、ある種の“チート(誉め言葉)”です。プロ野球での二刀流の挑戦に対して当初、解説者や識者が懐疑的でした(仕方のない話ですが)。そして人気マンガ家から見ても、大谷選手の活躍は、創作を上回った……という「ありえない」ことだったからです。

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 ちなみに、今のサッカー日本代表も似た傾向があります。日本人選手たちが欧州のトップクラブに所属して活躍し、ワールドカップという真剣勝負の場で、ドイツ代表やスペイン代表を撃破しました。ここまでくると、日本代表のワールドカップの優勝をマンガで描いても、読者を驚かせるかといえば怪しいところです。

 そういう意味では、人気サッカーマンガの「ブルーロック」は、日本代表が待望する世界的ストライカーの誕生をテーマにしていますが、時期的に絶妙でした。仮の話になりますが、エムバペ選手のように、一人で状況を打開して、試合を決定づけてしまうレベルの世界的なストライカーが日本代表に登場していれば、マンガにおいての読者の反応はまるで違うことになるからです。当然ですが、コンテンツのテーマと作品発表のタイミングは大切なのです。

◇やりつくされた感

 エンタメコンテンツは世相、時代の流れに影響されるものですが、特にスポーツマンガは色濃いと言えます。昔であれば、スポーツマンガの題材は野球一色でしたが、今ではサッカーマンガが目立ちます。逆に野球マンガは、やりつくされた感もあってなかなか大変……というのが実情ではないでしょうか。

 昭和時代のスポーツマンガは、必殺技もの、魔球などが扱われており、さらに「根性(精神力)で何とかなる!」というスポ根。しかし、今では科学的な根拠に裏打ちされたもの、最先端の話を盛り込む流れにあり、作者が取材をする時代。これは少しの矛盾があっても、ネットで突っ込まれてネタにされてしまうことも影響しているかもしれません。

 サッカーマンガは、以前であれば個人のテクニックがクローズアップされていましたが、現在では、ポジショニング、戦略などが取り上げられているように思えます。創作者が協議に精通する分、矛盾はなくなるでしょうが、その分内容が難しく、より細かくなり、大人向けになる傾向にあります。

 こうなると、やりつくされた素材(メジャースポーツ)を外す方法もあります。アメリカンフットボールを人気にした「アイシールド21」や、「灼熱カバディ」、競技ダンスの「ボールルームへようこそ」などがヒットしたように、日本でまだメジャーでないスポーツは、描けるネタがあるからです。

 今では、連載が終了した作品も、マンガアプリのおかげもあり、また連載終了後のアニメ化などで脚光を浴びています。「スラムダンク」や「ハイキュー!!」のアニメ映画がいずれも興収100億円を超えましたし、今後は「ダイヤのA act2」のテレビアニメ化も控えています。つまり新しいマンガは、連載中のライバルだけでなく、過去の名作と戦う、なかなか厳しい状況でもあります。

 しかし追い込まれた状態でこそ、常識では考えらなかった「新しいもの」が生まれるのも確かで、コンテンツの「あるある」です。

 個人的には現在流行している、スポーツとビジネス視点(カネ、組織論を含む)を組み合わせた作品は、好みだったりするのですが、読者層を限定する意味では、バリエーションが欲しいところです。やはり、子供たちの“バイブル”になるような、心が動かされるスポーツマンガは、いつの時代でも求められるもの。

 「キャプテン翼」が世界のスター選手たちに知られているように、ぜひとも日本だけでなく、世界の人たちを魅了するような、新たなスポーツマンガが出てほしいと願っています。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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