「重大な副作用」が追加されたロキソニンは安全か?〜医師による解説
2016年3月22日、解熱鎮痛薬「ロキソプロフェンナトリウム水和物」の使用上の注意について、厚生労働省が「重大な副作用」の項目に「小腸・大腸の狭窄・閉塞」を追記するよう、改訂指示を出したと発表した。
このニュースを現役医師の立場から解説し、「ロキソニンは安全なのか」の問いに答えたい。
結論を急げば、
ロキソニンは副作用の存在を知った上で、それより有益と思われるならば使用する。
そして今回の「重大な副作用」の追加は、その副作用の発生頻度の点から、これまで飲んでいた人が飲むのをやめる必要はないし、これまでよく処方していた医師が処方をためらう必要もないと考える。
だ。
ロキソニンはどんな薬か
「ロキソプロフェンナトリウム水和物」は具体的には「ロキソニン」の名で知られる痛み止めの薬のことだ。頭痛、生理痛、関節痛などさまざまな痛みに対してよく処方される。また、消化器外科や整形外科などの手術をした後の痛みに対する鎮痛剤としてもよく処方されている。お読みの方には飲んだことがあるという人も多いだろう。年間の推定使用患者数(延べ数)は4,500 万人~4,900 万人の幅で推移している、と厚生労働省の報告書にはある。
では、ロキソニンはどんなお薬なのか。先日から市販されている「ロキソニンS」の販売元の会社のホームページにはこのように記載されている。
開発されてから、30年もの間、ロキソニンは良く効く鎮痛剤として医師によく処方されてきた。基本的にはほとんどの痛みに効果があるため、ほとんどの科の医師が使っているという現状がある。
では、ロキソニンはなぜさまざまな痛みに効果があるのか?
例えば足の骨を折ったとしよう。骨が折れたらとても痛い。痛みを感じているのは脳だが、脳が痛みを感じるための「痛み物質」があるのだ。骨が折れたとき、折れた骨の周辺では骨と同時に筋肉も脂肪もダメージを受け、「炎症」が生じる。「炎症」とは赤くなって熱を持ち、足ははれあがる現象のことだ。この「炎症」が起こると、「痛み物質」が大量に放出される。この「痛み物質」が脳に届くと、脳は痛みを感じ同時に体温を上昇させるのだ。
この「痛み物質」の発生をおさえるという働きが、ロキソニンの作用である。だから基本的には、ロキソニンは炎症を起こすような身体のすべての痛みに効果があるし、熱も下がるし、はれも引いてくるのである。これが消炎(炎症を消すという意味)鎮痛(痛みを鎮める)剤という名前の所以である。
なお余談だが、この「痛み物質」なんていう機能は無い方が良かったじゃないかと思われるかもしれないが、このシステムにより、脳は人間を安静にさせたり怪我をしたという注意報をその本人に届けているという役割があるのだ。痛みは生命維持に欠かせないセンサーなのである。
もともとロキソニンは副作用の多い薬
このロキソニンはそんな理由で幅広く処方されてきたが、2011年から市販もされさらによく使われるようになった。薬には市販後調査というシステムがあり、市販したあとに重い副作用が出ていないかをチェックするものだが、このロキソニンSの市販後調査では
と報告されている。
我々医師としても、ロキソニン、そしてそのジェネリック薬品のすべては副作用が多いという認識がある。なかでも胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化管の障害や、腎臓への障害を起こした患者さんをしばしば経験する。現在、日本の多くの手術後の痛み止めとしてロキソニンあるいは同じ作用の薬剤(「ロピオン」「ボルタレン」など)を使う医師は多いと思われる。一方諸外国ではその副作用の多さからあまり処方されず、手術後の痛み止めとしても使われないことが多いのである。
なぜロキソニンは使われるのか
ここまでロキソニンの危険性について書いたが、しかしロキソニンは痛み止めとして優秀な薬である。副作用はあるが頻度はそれほど高いわけではない。ロキソニンの添付文書にはこう書かれている。
なにより有用な点は、鎮痛効果の強さだ。代用として使われることが多いアセトアミノフェンという薬と比べても、はるかに効きが良い印象である。医師たちは、この薬が持つ3%程度の副作用発生というマイナスと、高い鎮痛効果というプラスを天秤にかけて処方するか否かを検討しているのである。
その一方で、製薬会社の開発担当者には今後のロキソニンなどのNSAIDs市場は必ず縮小することを申し上げておきたい。アセトアミノフェンの用量上限が上がったことや、来るべき凄まじい高齢化でNSAIDsによる副作用は目立ってきており、医師の中でもゆっくりとNSAIDs回避の雰囲気を感じている。高齢者にも安心して処方できる、「キレのいい」ロキソニン代替の鎮痛剤の開発が待たれる。
今回の「重大な副作用」の追加について
今回、このロキソニンや同じ効果の薬に対して、厚労省からの出向者が多いPMDA(医薬品医療機器総合機構、通称パンダ)が「重大な副作用」を追加した。ホームページから引用しよう。
小腸、大腸の狭窄(=狭くなること)、閉塞(つまってしまうこと)が起きるとは、筆者は全くの初耳だった。
この指示の報告書には、過去3年間でそのような患者さんが6人いて、そのうち5人がロキソニンとの因果関係が否定できず、このせいで死亡した人はいなかったと記されている。
これはおそらく小腸潰瘍や大腸潰瘍が繰り返され治癒する過程で狭窄を起こしたのではないかと推察されるが、それにしても極めて頻度の低い副作用である。上述したようにロキソニンの年間の推定使用患者数(延べ数)は4,500 万人~4,900 万人だそうだから、その三年間のうち6人となると単純計算でも1億分の1以下となり、何千万分の1と言われる宝くじの当選確率より低い確率だ。
確率論を抜きにしたとしても、ロキソニンの消化器への副作用は極めてよく知られており、臨床現場では医師たちの「何をいまさら」という声が聞こえてきそうだ。この「重大な副作用」追加が医師の処方態度に与える影響はゼロだろう。事実、この件は医師専用掲示板の類でもほぼまったく話題になっていない。
まとめ
「ロキソニンは安全か」の問いにはこう答えるべきである。
「副作用の存在を知った上で、それより有益と思われるならば使用する」と。
そして今回の「重大な副作用」の追加は、その副作用の発生頻度の点から、これまで飲んでいた人が飲むのをやめる必要はないし、これまでよく処方していた医師が処方をためらう必要もないと考える。
「クスリはリスク」。大切なことは、あらゆる薬には副作用があることを知るということだ。
※筆者と、ロキソニンあるいはそのジェネリック薬品を販売する製薬会社などの利害関係は無い。
(参考)