アフリカ大陸のメタル・シーンを伝える書籍『デスメタルアフリカ』が異例のヒット。トークイベントも実現
ハマザキカク著『デスメタルアフリカ』(パブリブ)が話題となっている。
タイトル通りアフリカのデス・メタルを中心に取り上げた本書。モザンビークやジンバブエ、マダガスカル、ガボン、アンゴラ、ウガンダ、マラウイ、カーボヴェルデ、レユニオンなどなどで活動するバンドへのインタビューやディスコグラフィによって、“暗黒大陸の暗黒音楽”に肉薄している。
モザンビークの国民的ロック・スターといわれるSCRATCH(表紙にも登場)、映画『Death Metal Angola』に出演したことで一躍その名を知られるようになったBEFORE CRUSH…といっても、日本ではまったく知名度がなく、CDも発売されていないバンドが100以上並ぶ。ちなみに筆者(山崎)は2バンドしか知らなかった。
凄まじいまでの労作であり、アンダーグラウンドにも程がある内容にも関わらず、2015年9月に発売されるやネットを中心に話題を呼び、初版があっという間にソールドアウト。“アフリカのアンダーグラウンド・メタル”というニッチ過ぎる題材の本としては、異例のヒットである。入手できずに書店やCDショップをさまよう“デスメタルアフリカ難民”もいたという。
この予想外(?)のヒットについて、著者のハマザキ氏(珍書プロデューサーとしてその名を馳せる)は「音楽ファンだけでなく、“オモシロイもの”好きなサブカル層が飛びついたのでは」と分析する。かつてガーナの映画ポスターやコンゴ民主共和国のプロレスが一部の好事家たちの注目を集めたことがあったが、それに近い現象だったのかも知れない。
ただ興味深いのは、本書がメタル・ファン、そして“シリアスな”音楽リスナー達の心を捉えたことだ。各バンド紹介ページにはfacebookページや公式ウェブサイトなどが記載され、彼らの音源を聴くことが可能だが、そのソングライティングや演奏は良く言えばプリミティヴ、悪く言えば稚拙なものが少なくない。だが本書は音楽ファンのハートをキャッチ。最近、輸入CDショップで「AFRICAN DOOMHAMMERのCDはありますか?」などの問い合わせが増えているというのだ。
アフリカン・メタルの魅力とは
本書の魅力のひとつは、登場するバンドの多くが、メタルに“新しい”衝撃を受けたニュー・ウェイヴの潮流だということだ。
アメリカやヨーロッパ、日本のバンドにとって、メタルは40年以上の歴史を持つ音楽だ。ミュージシャン達は多かれ少なかれ、築き上げられた既存のフォルムを踏襲することになる。
一方、アフリカのミュージシャン達にとって、メタルは新たに遭遇した音楽スタイルだ。それはインタビューの多くで彼らが「自国で初めてのメタル・バンド」を名乗っていることからも窺える。それゆえに彼らの音楽からは、メタルとのファースト・コンタクトに対する新鮮な興奮とスリルが伝わってくるのだ。
またアフリカン・メタルは、繁殖・豊穣を象徴する音楽だ。しばしば音楽は祭事で演奏され、部族の繁栄や農作物の肥沃、家畜の多産などを祈るものだった。ヴィレンドルフのヴィーナス像が巨乳・巨尻の地母神であるのと同様に、巨根黒人によるメタルは“産めよ増やせよ”の音楽なのだ。
テストステロンを重要視するように思われがちなメタル音楽だが、実際には“メタル・ゴッド”の異名を取るジューダス・プリーストのロブ・ハルフォードがゲイであることを公言するなど、LGBTに対し寛容だったりする。ただそれは、生物的な繁殖と音楽を切り離す行為でもある。アフリカン・メタルが我々に新鮮に映るのは、小難しいセクシュアリティをすっ飛ばしてひたすらヤル!...というアニマルな本能に基づくからかも知れない。
世界のどの地域においてもメタル音楽はカウンターカルチャーの一部だが、アフリカでメタルを演奏することは、生命の危険すら伴う行為である。本書に収録されたインタビューでは、数多くのミュージシャン達が政府や社会に対する不満を口にしているが、それが政府の目に止まれば最悪、逮捕、死刑…などという可能性もあるのだ。そんな切実さが、アフリカン・メタルに一触即発の危機感をもたらしている。
メタルを演奏するにはそれなりに高価なエレクトリック・ギターやベース、ドラム・キットが必要であり、アフリカン・メタル・バンドの多くは都市部で活動している。ハマザキ氏の情報源がインターネットであり、バンドとのインタビューなどもネットを介して行っているため、SKINFLINTのメンバーが「日本のイシバシ楽器でギターを買っている」、IRON SLIVERのメンバーが「ガボンで一番人気のある日本のバンドはONE OK ROCK」と発言するなど、かなりソフィスティケートされた部分もあるようだ。
その一方で、メールのやり取りで行われたSCRATCHのインタビューが数週間にわたるなど、アフリカ大陸ならではの大らかさを感じさせたりもする。
ちなみに本書には『世界過激音楽Vol.1』という副題が付けられている。『〜Vol.2』ではぜひハマザキ氏に現地のフィールド・スタディをお願いしたい。“アフリカのジャングルの奥深くで消息を絶ったハマザキ氏だが、捜索隊が発見したテープレコーダーには幻のアフリカン・メタル・バンドの音源が録音されていた…”という内容が目に浮かぶ。
“アフリカの年”から55年、『デスメタルアフリカンナイト』開催も
なお2015年10月16日(金)には東京・阿佐ヶ谷ロフトAでイベント『デスメタルアフリカンナイト 〜辺境メタルをウンチクで語る宴〜』が行われる。著者のハマザキ氏を筆頭に、世界で最もリスペクトされる日本のメタル・バンドのひとつSIGHの川嶋未来氏、アンダーグラウンド・メタル・ショップ『はるまげ堂』店主でありButcher ABCのメンバーでもある関根成年氏という、日本のデス・メタル界を代表する有識者たちが勢揃い。筆者(山崎)もゲスト出演者として、邪魔にならない範囲で末席を汚させていただく。
奇しくも2015年は、ヨーロッパ列強の植民地だった17カ国が独立、“アフリカの年”と呼ばれた1960年から55年という節目にあたる。この記念すべきアニヴァーサリー・イヤーにおいて、我々日本人も魂を解放し、アフリカン・デス・メタルに身を委ねてみようではないか。