コロナ禍で苦境の老舗和菓子店 生き残りをかけ模索
和菓子の売り上げは年々減少していくなか、コロナ禍により倒産に追い込まれている。
ピーク時の平成17年度はシェア率は、菓子産業のなかでNo1であった。
和菓子は、平成17年度の生産金額は3930億円で菓子産業におけるシェアは、16.8%で第一位。
これはピーク時の1993年より17.6%の落ち込みである。
和菓子の売り上げを占める贈答品の割合が大きいことが減少の要因と言われている。
(和菓子協会 専務理事藪光男、参照)
和菓子企業の多く(全体の95%)は、零細性の強い企業で、従業者数10人未満となっている。
そのため、コロナ禍で資金余力がなく、倒産の憂き目に合うケースが多く見受けられる。いろいろな手立てを試みている企業はあるものの、なかなか明るい兆しが見受けられない。
和菓子は言うまでもないが、伝統的な日本の食文化であり、何百年も続いている老舗は、その地域の食材を使って、いくつもの丁寧な工程を経て、丹念に作り上げ、ようやく出来上がっている。郷土料理と同様にいろいろな時代を経て生き残り、コロナで一気になくなってしまうのは忍びないと個人的に思うのだ。
そこで今回は、岐阜の創業1755年の老舗和菓子で柿羊羹で知られる「槌谷」のこれまでの取り組み、そしてコロナ禍で生き残りをかけて新たなる提案や開発も携わった「槌谷」のMD戦略室長小関英代部長(以下小関部長)、並びに統括管理室長吉田康広氏(以下吉田室長)にお話を伺った。
老舗和菓子「槌谷」
コロナ禍で売り上げが一気に低迷
「槌谷」は、岐阜県大垣市内にある。
「槌谷」は「堂上蜂屋柿」の干柿を使用した羊羹を竹筒に流し込んで作られている。
「槌谷」コロナによりさらに経営悪化
20年前の最盛期は約27億円あったが、今は昨年のコロナ禍では3億円まで売り上げが下がり、困窮している。
直営店は現在7店舗、そして従業員60名。
コロナにより一番低い時期で前年度7割減となっているという。
小関部長「贈答品として購入していただくなかで、この地域は葬式が盛大で、お菓子を持っていく習慣が多かったのです。お通夜に菓子箱を持っていく習慣もあり、各家族が持ってきた菓子を持って帰ります。その数たるや、尋常じゃない量でした。ところが最近、この地域でも葬式が簡易になったことで、売り上げの低下の要因となっているのです。じわじわと低迷し、コロナで一気にダウンしました」
贈答品で思い浮かぶのは、お中元、お歳暮、手土産であり、葬式の簡素化で和菓子にまで影響するとは私は考えが及ばなかった。
確かに、親戚が集まるといった機会も極端に少なくなり、そのようなライフスタイルの変化はわかっていても、なかなか従来の売り方から方向転換することが出来なったそうだ。しかしコロナ禍により、今後、このような習慣は戻らないであろう。
ちなみに96年をピークに売り上げが毎年5%毎減少していったそうだ。
これは外食産業の推移と類似していることも興味深い。
外食産業ではバブル後も伸び続け、ピーク時、98年28兆円まで何とか売り上げを伸ばした。その後、年によって違いはあるにせよ、おおよそ年に2から5%とじわじわと下がり、このコロナで一気にダウンしたからだ。
2020年、外食産業市場動向を発表した。全体の売上高は前年比15.1%減で、1994年に調査を開始して以来、最大の下げ幅。新型コロナウイルスの感染拡大の影響が大きく、特にパブレストラン・居酒屋は深刻な打撃を受けた。
(フードサービス協会参照)
そして今回のコロナにより、外食産業の淘汰は2025年の万博から落ち込むであろうとされ、ただ単に5年早まったに過ぎないといった意見もある。
和菓子も水面下で問題がわかっていても、なかなか解決できず、コロナによって一気に表面化したのかもしれない。
では「槌谷」について話を進めたい。
「槌谷」では干し柿「堂上蜂屋柿」を5代目から「御前白柿」と銘打つ
岐阜県は柿の名所であり、中でも岐阜県美濃加茂市が主な産地として栽培されている「堂上蜂屋柿」という品種の渋柿を原料としている。これを「槌谷」では、5代目が明治天皇に献上し喜ばれたことをきっかけに堂上蜂屋柿から「御前白柿」と銘打ったのである。「槌谷」の強みは、自ら柿の苗木を栽培していることだ。つまり土地から耕し、そして出来た柿を自ら干し柿を作り、羊羹を作り上げている。和菓子を製造する際、柿から育てるといったことは非常に珍しい。
ちなみにこの御前白柿となる品種の柿(堂上蜂屋柿)は四角く、その先端はやや尖っており、糖度が18%と甘みが強いのが特徴とのこと。
砂糖がない時代にその飴色の果肉、とろりとした濃厚な甘さは、宮中の人々を魅了したとされる。
自社の柿農園と契約農家で柿を栽培
「槌谷」で使用される干し柿は、自社農園と契約農家で作っている。
契約農家は、岐阜県揖斐郡大野町にあり、約60年前に苗木を渡したと伝えられている。
本来、岐阜県は、冬は寒風が吹くため、柿を干すのに適している。
岐阜県が柿の産地なのは、養老山地からの湧水が揖斐川に流れこむ、谷沿いの扇状地に連なる土地で、水はけのよい場所だと味の濃い柿ができるからだ。「槌谷」の農園がある西濃では、扇状地なので、水はけも良い。 そして南向きに面しているため、太陽をたっぷり浴びることが出来る。ここで採れる柿は養分が多く出来、干し柿にすると甘く美味しい。そしてこの地域は軟水でとろりとしたまろやかな味だ。柿に適した土壌と良質な水の関係から全国でも有数の美味しい柿の産地なのだ。
収穫後、柿が出来上がるのは「40日がカギ」
11月下旬から12月にかけて約40日間で商品になるかどうか決まると言われている。毎年この時期、干し柿を作ることから始まる。 収穫は何十万個で、その中からよく色付いたものを選ぶ。
収穫された柿は、その後、丁寧に手作業で皮をむき、竹のすだれ(蓮という)につるされる。通常、アルコール、炭酸ガス、硫黄燻蒸で干し柿を仕上げるが、ここでは自然の風で干していく。乾燥途中は、果肉の内側に水分が残らないよう、柿を整形しながら手もみを行う。その後、柿の表面が白くなるために日々、天候を見ながら、ブラッシングするのだ。
藁で作られた刷毛で、根気よく柿の表面をブラッシングするという。
柿から白い果糖が浮き出て表面を白く覆うために、ブラッシングする刷毛を地元の方々が作っているのだ。
水一滴が命取り
加工の終盤に、稲わらで作ったほうき(ニオボウキ)で柿の表面をやさしく掃くことで、柿の表面が上品な白い粉(糖分)をまとった「槌谷」の「御前白柿」が完成する。
天候が不順な時は、水が一滴でも柿についたならば、ブラッシングでできた白い果糖は二度と結晶することはない。表面が真っ白に粉をふいた「御前白柿」になるまで、夜間は露を避けるようにし、屋内に置き換えることを何度も繰り返し、約40日間は気が抜けないのだ。その状況を見据え、判断するのが柿園緑化 園主村上吉昭さん(以下村上さん)であり、この40日間、丹念に柿を見守り続ける。
江戸時代のコメ1升と「御前白柿」は同じ価格であった
このように手間、暇かけて出来上がった「御前白柿」。江戸時代では、干し柿の1個は、米1升分の価格であった。ちなみに米1升1.5キロは現在、600円から800円。
現在「御前白柿」は、なんと大きなサイズだと1個972円と高級な和菓子である。
駅での販売で大きく売り上げが飛躍
「槌谷」の羊羹は、この御前白柿・砂糖・糸寒天・生餡(手亡豆/白いんげんの仲間)を使ったものを羊羹にして、竹筒に流し入れ、明治29年(1896年)に販売を始めた。鉄道が開通し、駅で販売したことで全国に知られるようになったという。
これまで鉄道は景気不景気に左右されないと言われ、現金商売とも言われていた。
しかし、コロナ禍ではそれが通用せず、一気に売り上げはダウンした。
JR、主要私鉄 全社赤字 通期も下方修正相次ぐ 4~12月期
JR上場4社と主要私鉄15社の2020年4~12月期連結決算が12日、出そろった。今年1月に緊急事態宣言が再発令され、経営環境が悪化すると見込んだ企業が多く、JR東日本や東急など計7社が通期の業績見通しを下方修正した。最終利益は全社が赤字を計上した。
◇「4分の1」
「緊急事態宣言以降、非常に大きな落ち込みとなった。新幹線の利用は(前年の)約4分の1程度で、年度内の回復は見込めない」
JR東の深沢祐二社長は9日、厳しい表情で下方修正の要因を説明した。今年度末にはコロナ禍前の8割程度まで乗客が戻ると踏んでいたが、半年ほど後ズレすると見込む。
(2021.02.13 東京朝刊参照)
販売先の一つであるデパートもコロナ禍でダメージ
それ以外に和菓子の販路先の一つとして、思い浮かぶのがデパートである。
ここでもコロナ禍で三密を避け、デパートの売り上げは低迷した。
日本百貨店協会が発表した2020年の全国百貨店の売上高は、4兆2204億円で、既存店ベースで前年比25・7%減だった。1975年以来、45年ぶりの低水準となった。消費者の百貨店離れに加えて、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う臨時休業の実施や訪日客の減少が追い打ちをかけた。
売上高はピークの91年(9兆7130億円)と比べて半分以下となった。この1年間で1兆5000億円以上落ち込み、減少率は比較可能な1965年以来で最大となった。地方を中心に店舗の閉鎖が相次ぎ、全国の店舗数は12店減り、過去最大の下げ幅となった。
2019年10月の消費税率引き上げと暖冬で苦戦していたところに、コロナ禍が直撃した。政府の1回目の緊急事態宣言の発令を受け、20年4月と5月は前年同月より6~7割減った。その後は持ち直したものの、12月も13・7%減とマイナスが続いた。 2021.01.23 東京朝刊
これまでもデパートのスイーツ売り場での和菓子は、遠くから見ても、和菓子のポーションが小さいこと、そして生の果物を使用していないこともあり、どうしても洋菓子の華やかさに見劣りしていた。そのため、とあるデパートでは、老舗和菓子をよく知っている顧客の目的商品として位置づけし、売り場の奥に陳列することで顧客がスイーツの売り場をくまなく見てもらうような形にしているところもあった。しかしコロナ禍では、まずデパートに顧客が来ない業態となった。当然、出店している店舗は大きく影響を及ぼす。
新商品の提案
さて今、コロナ禍でデパート、駅での購買客が見込めないこともあり、「槌谷」では新たなる商品を提案している。
小関部長「これまでお菓子は世の中、皆様に万遍なく気にいられるような味付けでした。しかし、今回の30代、40代の女性にターゲットを絞りこんで万人受けではなく、自分へのお土産といった特化した商品提案を考えています」
吉田室長「地元だと仏事関係というイメージが高いようで、そこから脱却したいと思っています」
「槌谷」の新商品は、チーズとの組み合わせの、「フロマージュテリーヌ」、「ショコラテリーヌ」、そして「KAKI CHOCOLAT」といった新商品を売り出しているのだ。
何とか新しい顧客の創出につながる、そして「槌谷」のブランドを損なわないような商品を提案している。
早速、頂くことに。
「フロマージュテリーヌ」3800円(税込み)は、梅酒の香りがほのかに漂い、御前白柿と合わせ、フランス産とデンマークのフロマージュチーズとの相性にあっている。本当によく出来ていると思う。
開発された小関部長にそのまま素直に「おいしいわ」と述べると
小関部長「これまでいろいろ試作したなかで最高傑作やと思います」
と自画自賛。
梅酒のみならず、小関部長はいろいろなお酒を幾度も自宅で試作した結果、地元の「貴醸梅酒」に「御前白柿」に合わせることで深みのある味になったとのこと。
「KAKI CHOCOLAT」は9枚2000円(税込み)だとデパートでは難しいとされ、6枚1400円(税込み)という価格となった。この価格は、一般に手土産、自分用をターゲットにしたエキナカ、エキソトの適正価格と言われる1000円に近い。
ヴァローナの3種のチョコをブレンドした商品とのこと。十種類以上のチョコを試食し、
柿羊羹に負けない、香り、苦味、口当たりが良いものを選び、濃厚な味に仕上げている。
小関部長「正直、原価はかかっていますがやはり美味しさを追求しました」
ポーションは一口で頂け、口寂しいときに食べるとホッとする味。上質なフランス「ヴァローナ」の上質なショコラで。良質なカカオだけを使用した「マカエ」
これが槌谷の柿羊羹にマッチしたのだ。実際、小ぶりで食べやすく人気がある。
生き残りをかけて
これまで「槌谷」では60代の顧客が多く、30代以下はほぼいない。
つまり新規顧客をいかに獲得していくかが存続のカギとなってくる。
その上、人口が著しく減っていくなか、コンビニのスイーツも含め、競争が激化しており、いろいろな業態を鳥瞰する必要がある。一見すると競合しないように思われるかもしれない。既に日常に定着しているコンビニスイーツの平均価格150円から200円という価格が顧客の脳に刻みこまれている。しかもコンビニ和菓子は常温ではなく、冷蔵なので通常のカロリーより低く、病みつきなる乳製品、つまり生クリームも使って提案も和菓子でしている。
それらのことも考慮し、独自色が出せたならば、多少価格が高くても支持されるのではないだろうか。
伝える力 半農半菓
「槌谷」の取材を通して、作り手にとって、ごく当たり前のように話されていることが、聞く側からすれば、新鮮で驚くことが多くあった。
自社農園、そして60年前から柿の苗配りを20から30の契約農家で柿栽培を手掛け、原料となる柿の栽培から手間暇かけて羊羹を作る。いわゆる「半農半菓」である。
次なるステップとして、出来上がるまでのストーリーを知ってもらうことで親近感が生まれ、新たなる顧客が創出できるのかもしれない。
人口が減少していくなか、無難な味ではなく、ターゲット層を絞り込んでいくことが必須であり、コロナの時代に沿いつつ、ブランドを残していくことで独自性を打ち出す。言うは易く行うは難しい。しかしこの難しいかじ取りが出来たならば、人が集まる立地に出店しなくとも支持されるのではないか。