Yahoo!ニュース

韓国大統領選に在日コリアンが投票できる?その歴史と現状とは

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
韓国大統領選挙は3月9日に行われ、即日開票される。筆者作成。

投票日まで60日あまりとなった韓国大統領選挙。韓国内では連日、トップニュースで各候補の動向が報じられ、熱気が高まり続けている。一方で、新型コロナを受け海外に住むコリアンの投票に向けた取り組みが低調という指摘もある。事情に詳しい専門家に話を聞いた。

※なお、日本では、日本に住む朝鮮半島にルーツを持つあらゆる人を総称するものとして「在日コリアン」という言葉が使われる。一方で記事中にあるように、韓国の国政選挙権を持つ者は限られているという点をご留意されたい。こうした前提を理解した上で、筆者は日本社会に向けた記事であるという理由から敢えて「在日コリアン」という呼称を使用した。

●「在外同胞」とは

韓国では「在外同胞」「海外同胞」という単語が頻繁に使われる。例えば、大統領が演説の冒頭で「国民の皆さん、海外同胞の皆さん」と共に呼びかけることもあるし、最近では大統領候補も言及する。

在外同胞について韓国政府は、▲大韓民国の国民として外国に長期滞在もしくは外国の永住権を取得した者、▲国籍に関係なく韓民族の血統を持つ者で、外国で居住・生活する者、と定義している。前者を「在外国民」、後者を「外国国籍同胞」と呼ぶ。

具体的には中国朝鮮族、在米コリアン、高麗人と呼ばれる旧ソ連地域に住むコリアン、そして日本に住む在日コリアンなど多彩な人々が含まれる。

世界中に散らばる「在外同胞」の数は、最新の統計(2021年12月)によると約732万人。内訳は「在外国民」が約251万、「外国国籍同胞」が約481万人となっている。

そして「在外国民」は国政選挙、つまり大統領選挙と国会議員選挙に投票できる。日本の場合「在外同胞」約82万人の中から、日本に帰化した者と朝鮮籍の在日コリアンを除いた約43万人のうち、満18歳以上の約35万人が参政権を持つとされる。

この中には筆者のような日本生まれで特別永住権を持つ韓国籍の在日3世(筆者は15年以降、日本の永住権を持たないため厳密には異なるが)も含まれ、彼らは「選挙人登録」を経て投票できるようになる。

なお、今年1月3日現在、22,862人の韓国籍の在日コリアン(永久名簿登記者8,957人、申告者13,905人)が選挙人登録を終えている。前回2017年の大統領選では、日本での選挙人数は38,009人で、うち21,384人が投票した。

韓国の「在外同胞」の統計。筆者作成。
韓国の「在外同胞」の統計。筆者作成。

●専門家に聞く

だがこうした「在外国民」の参政権が認められたのは、最近のことだ。政治学博士で、在外国民の参政権について詳しい翰林(ハンリム)大学日本学研究所の金雄基(キム・ウンギ、53)教授に話を聞いた。以下、一問一答形式で紹介する。

——参政権獲得の歴史とは

在外国民の国政参政権は、在日コリアンの李健雨(イ・ゴヌ、故人)氏が韓国政府を相手に行った3次にわたる訴訟によって、2007年に勝ち取った権利だ。これにより、2012年の国会議員選挙から全世界230万人の海外在住の韓国国籍者が有権者となった。

——在日コリアンが勝ち取ったものとのこと。その過程にどんな困難があったか

OECD加盟国の中で最も遅い2007年に、韓国の憲法裁判所で「在外国民の参政権停止は違憲」との判決が出た。韓国世論の反発が背景にあった。

まず、韓国には230万から260万人と言われる在外国民がおり、その10%が投票したとしても、キャスティングボートを握るほど、二大政党の力が拮抗しているという警戒心があった。さらに、兵役・競争社会から自由な在外国民に対する世論の嫉妬が強かった。

——韓国籍の在日コリアンにとって参政権の意味とは

2007年まで在日コリアンは国籍の存する韓国と居住国の日本の双方において投票権を有していなかった。これは参政権という面で考えると、国を持たないクルド族が、国連の監視下で1992年に自治区内で実施した議会選挙と大統領選挙よりも遅い権利の行使となる。

このことは在日コリアンがいかに権利から遠く、韓日双方において不利な状況にあるのかを端的に示している。

——今回の選挙の争点はどこにあると見るか

2大政党と呼ばれる与党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン、57)候補と、最大野党・国民の力の尹錫悦(ユン・ソギョル、61)候補双方が本人や家族の疑惑を抱えていることから「よりましな方を選ぶ選挙」となっている。韓国社会にも格差拡大や新型コロナ、外交といった問題が山積しており「国の将来を左右する選挙」とも言われている。

日本と関連の強い日韓関係を見ると、2大政党の候補のいずれもが、「未来志向」という、過去の歴史における被害者の救済にフタをする関係改善か、被害者の救済を念頭に置く前提での対話路線なのかという違いはあるものの、関係改善の意思を強く示している。

一方で、日本社会の関心とはうらはらに、韓国の有権者にとって、対日関係への関心は極めて低くなり、争点とはならない構図もある。

さらに対北朝鮮政策では、2大政党のいずれも文政権とは異なるアプローチになると見られる。野党の尹錫悦陣営には李明博(イ・ミョンバク、2008〜13在任)前大統領に近い人物が多く、北朝鮮との断絶が深まるだろう。

李在明候補が当選する場合、現行の対話路線は変わらないものの、文政権とは異なり理念に裏打ちされた宥和ではなく、あくまでも実利的対応となると見られている。

翰林(ハンリム)大学日本学研究所の金雄基(キム・ウンギ、53)教授。本人提供。
翰林(ハンリム)大学日本学研究所の金雄基(キム・ウンギ、53)教授。本人提供。

——在外選挙における低い選挙人登録率が指摘されているが理由は?

日本を例に挙げると、2012年に初の在外選挙(国会議員・大統領)が行われた際に、投票人(選挙人)登録と投票で、2回も韓国領事館(日本には10か所ある)を訪れなければならなかった。

さらに当初はパスポートがないと投票できない仕組みだった。これはパスポートの発給は韓国政府の裁量にあり、朝鮮総連を支持する韓国国籍者の投票を排除することに目的があったと見られている。

日本政府と異なり、郵便投票も認められていないが、こうした保守的な姿勢の背景には南北分断がある。

そして、韓国の選挙管理委員会が海外における選挙運動を厳しく制限しているという事情がある。在外国民にとって必要な候補者との政策論議も、選挙運動前には規制されている。

こうした条件の下、在日コリアンのように居住国での定着が長くなると、韓国の政局には関心をもちにくく、よって関心が薄れるという構図がある。

最後に、在日コリアンが民主主義に参加した経験が無い点がある。居住国である日本、国籍のある韓国双方で在日コリアンは無権利だった。よって、主権者としての経験が浅く、選挙がどのように自分をとりまく日常に影響を及ぼすのかという理解が不足している。

一方で、すでに登録を済ませた在外選挙人の中で、在日コリアンはアジアの70%、世界全体でも40%を占めている点は特筆すべき点でもある。

——在日コリアンは韓国の選挙に関係がない、という意見もある

韓国と言語的にも文化にも隔絶した大多数の在日コリアンにとって、韓国の大統領選がどのような意味を持つのかわからないという声に接することは、確かにある。

しかし、良い方向に考えることもできる。例えば、日韓関係悪化の影響をもろに受ける在日コリアンは両国関係の改善を望んでいるが、こうした声を各候補に有権者として届けることができる。公約に含めるよう働き掛け、票によって支持を表明することが可能となる。

一方、在日コリアンの中には韓国の国政参政権が日本の地方参政権獲得運動の障害になるとの見方があるが、これは間違いである。なぜ韓国籍を維持しているのかという点を合わせて考えるべきである。

——在外国民投票が韓国大統領選に影響を及ぼすことができるか

今回の選挙は主要2候補(李在明、尹錫悦)の支持率の差が歴代大統領選のうち、もっとも拮抗すると言われている。

ちなみに、これまでの最小票差は約39万票だ。日本だけで約40万人が有権者と把握されていることから、在外国民、特に在日コリアンがキャスティングボートを握ることも論理的には可能である。

一方で、日韓関係において在日コリアンは関係改善を強く望んでいる側面があるため、こうした影響力を行使する機会でもある。

昨今の京都ウトロ地域や民団施設に対する連続放火事件は深刻なヘイトクライムであり、その原因の一つが改善しない両国関係にあるからである。

——投票に参加するにはどうすればよいのか

2022年1月8日までに選挙人登録を行う必要がある。この手続きはネットで可能であり、日本語ページもある。その上で2022年2月23日から2月28日の間に日本に10ヶ所ある韓国領事館で投票を行う。

また、韓国の成人年齢が満18歳に引き下げられ、日本と同様となった。今回の大統領選には2004年3月10日までに生まれた者が投票に参加することが可能となった。

在外国民に投票を呼びかける韓国の選挙管理委員会サイト。同サイトをキャプチャ。
在外国民に投票を呼びかける韓国の選挙管理委員会サイト。同サイトをキャプチャ。

●投票が第一歩

筆者も2012年の大統領選から投票を続けているが、韓国は大統領が強大な権力を持つこともあり、誰を選ぶのかにより、任期5年のあいだの韓国社会の姿が大きく異なる結果となる。

そして金教授が指摘するように、決して(韓国籍の)在日コリアンの声は小さなものではない。せっかく持っている選挙権、その行使を積極的にお勧めしたい。

この行動こそが、日本と韓国そして日本と朝鮮半島の関係を捉え直し、互いに良い影響をもたらす関係に変えていく第一歩であると筆者は考えている。

また、日本の有権者の皆さんも、在日コリアンの投票が日韓関係に及ぼす影響、という新たな観点で韓国大統領選挙を眺めてみても良いかもしれない。この部分はしっかりと追っていきたい。

なお、対象を限るリンクではあるが、選挙人登録の仕方については以下の記事に詳しい。

登録締め切りまであと2日、在外国民選挙人登録の方法

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=3147

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

徐台教の最近の記事