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アウシュビッツ絶滅収容所 2023年の訪問者は167万人:進むオンラインでのバーチャルツアー

佐藤仁学術研究員・著述家
アウシュビッツを訪問するイスラエルの学生(写真:ロイター/アフロ)

最盛期のコロナ禍前2019年の230万人より60万減

第2次大戦時にナチスドイツが約600万人以上のユダヤ人やロマ、政治犯、同性愛者などを殺害した、いわゆるホロコースト。ポーランドに設置されたアウシュビッツ絶滅収容所では約110万人が殺害された。ホロコーストで殺害された約5人に1人がアウシュビッツで命を落とした。

アウシュビッツ絶滅収容所は現在でも博物館としてホロコーストの悲惨さを伝えており、世界中から観光客が訪問している。現在でもアウシュビッツ絶滅収容所は世界的な観光名所の1つである。2019年には過去最高の230万人以上がアウシュビッツ絶滅収容所を訪問していたが、2020年は世界規模でのパンデミックの影響で、アウシュビッツ絶滅収容所博物館も一時閉鎖しており訪問者数は52万人程度だった。2021年もまだ世界的なパンデミックの影響で56万人程度だった。2022年はコロナから回復して118万人の観光客が訪問している。そして2023年の訪問者が167万人だったことを発表していた。2022年よりは増加しているものの、最盛期だったコロナ前の2019年に比べると60万人以上少ない。

ポーランドのクラクフ近郊にあるアウシュビッツ絶滅収容所だが、日本から行くのも不便である。歴史に興味がある人がほとんどで、欧州まで高いお金をかけて旅行に行ってアウシュビッツ絶滅収容所に行こうという日本人は多くないだろう。アウシュビッツ絶滅収容所は現在でも世界中からの観光客や欧米、イスラエルの学生らがホロコースト教育の一環として訪問している。イスラエルからの学生や観光客はイスラエルの国旗を身にまとって見学していることが多いのでアウシュビッツ絶滅収容所の跡地でも凄く目立っている。

2023年には訪問者数が167万人と前年よりは多いが最盛期に比べると少ない要因として、隣国ウクライナで戦争をしていることとオンラインでのアウシュビッツ絶滅収容所バーチャル訪問が容易になったことがあげられる。アウシュビッツ絶滅収容所博物館では新型コロナ感染拡大前からオンラインやバーチャルでの展示に注力していた。

多様化するオンラインでのアウシュビッツ絶滅収容所バーチャルツアー

新しい技術をいち早く活用してアウシュビッツ絶滅収容所の当時の様子や犠牲者の記憶などをデジタル化して世界中に発信している。仮想現実(VR)技術で紹介したり、オンラインで展示をしてホロコースト教育の教材を提供したり、パノラマで展示をしたりしている。最近ではポッドキャストでの配信にも注力しており、世界中のどこにいてもアウシュビッツ絶滅収容所のオンライン見学ができる。そのため、コロナ禍でアウシュビッツ絶滅収容所に直接訪問できなかった時には、世界中の多くの人が利用していた。

特に欧米ではホロコースト教育が多くの学校で行われているため、このようなオンラインでのプログラムは多く活用されており、あたかもアウシュビッツ絶滅収容所を訪問したような感じになれる。旅費や宿泊費も必要ないのでコストパフォーマンスも高く、教育コンテンツとしての品質もかなり高水準である。このようなデジタル化されたバーチャルでのアウシュビッツ絶滅収容所オンラインツアーを体験すると、生々しい映像や当時の悲惨な様子などが目の前で展開されたり、生存者の声を聞くことによって、もう十分という気持ちにもなってしまう人も多い。

このようにアウシュビッツ絶滅収容所博物館ではオンラインでも多くのサービスを提供しており、それなりのリアリティは感じる。またアウシュビッツ絶滅収容所博物館だけでなく欧米やイスラエルのホロコースト博物館などではデジタル化されたホロコースト教育のプログラムを多く提供している。

だが、オンラインツアーでは人間処理工場と呼ばれる殺戮施設だったアウシュビッツに実際にいるわけではない。当時の絶滅収容所の臭い、熱さや寒さ、不衛生な環境、恐怖や悲しみといった人々の感情、病気の苦しみ、愛する人との別れ、不安、飢え、強制労働、暴力、虐待、殺害といった本当の地獄を理解しているのは、体験者だけだ。

それでも例えば冬の寒く雪が降る季節にリアルにアウシュビッツを訪問すると、当時もこのくらい寒かったのだろうということが実感でき、そのような寒さの中で同じ場所に立ってみると、囚人服一枚のみで何時間にもわたって空腹のまま点呼で立たされていた囚人の辛さをなんとなく感じることができる。また、真夏の暑い時に訪問すると、まさにこの同じ場所で暑さの中で喉の渇きに耐えながら強制労働させられた囚人の苦しみが伝わってくるものだ。研究でもオンサイトでリアルな収容所を訪れるのと、オンラインで見るのではだいぶ印象も研究への気持ちも異なってくる。現代の我々に求められるのはリアルであれ、オンラインであれ、当時の様子を思い描く想像力だ。アウシュビッツは日本から直行便もなく簡単に訪問することができない。お金も時間もかかるうえに、訪問して展示されている写真やバラックの跡を見て説明を聞いても決して気持ちの良いものではない。だがそれでも80年前にこの場所で110万人が殺害されたのだということが実感できる。

▼2023年の訪問者数が167万人だったことを伝える

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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