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ブラジルに劇的勝利のなでしこジャパン。苦戦を強いられた3つの理由とメダルへの希望

松原渓スポーツジャーナリスト
谷川萌々子の劇的な逆転弾で日本が勝利を飾った(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 19歳の新星が、パリのスタジアムをどよめかせた。

 パルク・デ・プランスで行われたパリ五輪・女子サッカーグループステージ第2戦。初戦でスペインに敗れたなでしこジャパンは、現地時間7月28日にブラジルとの第2戦に臨み、後半アディショナルタイムの劇的な2得点で2-1の逆転勝利を収めた。ブラジルにリードを許し、グループステージ敗退も危ぶまれる中、80分に交代で入った谷川萌々子が、90分にドリブルで仕掛けて相手のハンドを誘い、PKを獲得。これをキャプテンの熊谷紗希が決めて同点に追いつくと、アディショナルタイム6分には谷川が完璧なミドルシュートを沈め、女子カナリア軍団を沈黙させた。

【厳しい台所事情の中で】

 起死回生の2ゴールで勝利をつかみ、グループステージ突破を引き寄せた。その結果が最大の収穫だろう。一方、内容面では課題も多い試合だったように思う。

 格上のスペインを慌てさせた初戦の入りに比べると、実力が拮抗したブラジルに対して主導権を握ることができず、トータルで見ても苦戦を強いられた印象が強い。要因の一つは、”適材適所”の起用が叶わなかったことだろう。

 左ウイングバックの北川ひかるがベンチ外で、右の清水梨紗は初戦で右膝を痛めて離脱を余儀なくされた。さらに、この試合では初戦で鮮烈なゴールを決めた藤野あおばがコンディション不良でベンチ外という非常事態。ここにきて、チームはかつてないほどの負傷者続出に見舞われている。

 そんな中、日本はスペイン戦からスタメン3人を交代し、基本フォーメーションである3-4-3でスタートした。3バックの右に高橋はなを配し、北川不在の左ウイングバックには守屋都弥が先発。左のウイングに浜野まいかが入った。清水が務めていた右ウイングバックには、初戦で左サイドバックを務めた古賀塔子が抜擢された。

 右ウイングバックが本職の守屋は、左でも遜色なくプレーできることを実戦で証明してきた。浜野と縦の関係を組む機会はこれまでほとんどなかったが、この試合では積極的にボールを前につなぐ姿勢が光り、持ち前の走力を活かしたプレーで攻撃を活性化。その姿勢が、前半アディショナルタイムのPK獲得にもつながった。

守屋都弥
守屋都弥写真:ムツ・カワモリ/アフロ

 対照的に、右サイドは前半、停滞感が漂っていた。

 古賀は代表ではセンターバックが本職で、所属のフェイエノールトではボランチが主戦場だが、今大会は左サイドバックと右ウイングバックという不慣れなポジションでの起用が続いている。ケガ人の穴を埋めながら、持ち前の対人守備の強さを生かして奮闘し、ブラジル戦でも空中戦や1対1を制する強さが光った。だが、攻撃に転じた際に同サイドでボールを失い、カウンターを受ける場面も少なくなかった。

守備面で強さを発揮している古賀
守備面で強さを発揮している古賀写真:森田直樹/アフロスポーツ

【決定機を決めきれず。交代策も後手に】

 苦戦を強いられた2つ目の理由は、複数の決定機を逃したことだろう。

「ブラジルは攻撃に人数をかけてくる印象があるので、そこをどう抑えるか。逆に、ブラジルのディフェンスの隙をうまく狙っていきたい」

 南萌華がそう語っていたように、ブラジルの最終ラインの背後にはスペースがあった。「相手を食らい付かせて裏のスペースを狙う」。快足を誇る宮澤が、そのスペースを狙って複数の決定機を作り出した。

ブラジルDF相手にハイプレスでも貢献した
ブラジルDF相手にハイプレスでも貢献した写真:森田直樹/アフロスポーツ

 効果的だったのは、GK山下杏也加の精緻なロングフィードだ。宮澤や浜野にピンポイントのパスを届け、手数をかけずにフィニッシュまで持ち込む質の高い決定機が試合中3回ほどあった。

 しかし、この日はエースの田中美南が不調。前半19分と63分の決定機を決めきれず、前半終了間際のPKも、GKロレーナにコースを読み切られてしまった。

山下杏也加のフィードで決定機を創出した
山下杏也加のフィードで決定機を創出した写真:ムツ・カワモリ/アフロ

 交代策も後手に回った印象が強い。ハーフタイムにA・エリアス監督が3枚替えを敢行して攻勢を強めると、56分にはマルタのスルーパスで手薄になった右サイドの背後を突かれ、交代で入ったルドミラとジェニファーの連係から日本は失点した。池田太監督は失点の直前に1枚目の交代カードを切ろうとしていたが、結果的に失点後の交代に。その後、57分に植木理子、70分に清家貴子を投入し、80分には千葉玲海菜と谷川萌々子を投入して長谷川を一列前に上げた。流れが変わったのは、試合の最終盤だ。

 千葉と清家が果敢に縦突破を仕掛け、谷川が素早い切り替えでボールを奪う。いい流れが続き、90分には谷川が自らのドリブルでPKを獲得。2度目のPKのキッカーに池田監督が指名したのは、百戦錬磨のキャプテン・熊谷だ。2011年のワールドカップ決勝で最後のPKを決めた大黒柱は、冷静に相手GKの逆をついて試合を振り出しに戻す。そして終了間際に、谷川の劇的な逆転弾が生まれたのだ。

熊谷と谷川のゴールで逆転勝利を引き寄せた
熊谷と谷川のゴールで逆転勝利を引き寄せた写真:森田直樹/アフロスポーツ

【藤野、谷川に続く“シンデレラガール”の台頭に期待】

 不慣れな配置やポジションで、強豪国相手に即席の連係を生み出すのは至難の業だ。右ウイングバックの穴は想像以上に大きく、ここをどう埋めていくかが、ノックアウトステージでも一つのテーマになりそうだ。ピッチ内のコミュニケーションで修正できれば理想だが、同時に、交代のタイミングも重要になる。

 3バックの右は高橋がレギュラーだが、その場合、右ウイングバックは、浦和で高橋とのホットラインを築いてきた清家が不測の事態に対応できるイメージがある。ブラジル戦では谷川とともに2得点の起点になった清家は、ブラジル戦をこんなふうに振り返った。

「右も左ウイングバックも前線もできるのが自分の強みですし、どのポジションでやることも想定しています。前への推進力が強みだと思うので、どこで出てもその部分は出していきたい。短期決戦で負傷者が出るのは仕方がないことですが、いろんなポジションでプレーができる準備をしてきたので見せていきたいですし、得点への思いは強くなっています」

ドリブル突破で2得点の起点となった清家貴子
ドリブル突破で2得点の起点となった清家貴子写真:森田直樹/アフロスポーツ

 昨季のWEリーグで得点王に輝いており、スピードと決定力は折り紙つきだ。守備の古賀か、攻撃の清家か。サイド攻撃が鍵になりそうなナイジェリア戦では、後者も有効な選択肢だと思う。

 ブラジル戦の逆転ドラマによって生まれたチームとしての勢いを、ノックアウトステージにも繋げたい。そのためにも、スペイン戦の藤野、ブラジル戦の谷川のような“シンデレラガール”が試合ごとに生まれてくることを願いたい。

 谷川のミドルシュートは、アカデミー福島時代から磨き上げてきた飛び道具だ。中・高の6年間、谷川を指導したアカデミーの山口隆文監督は、大会前の取材で、谷川の長距離砲についてこう懐古している。

「中2ぐらいの時から、ハーフウェーラインからゴールを狙うことがありました。最初はなんでそんな無謀なことをするのかな?と思いましたが、中学の頃は、GKの身長が低いので、入っちゃうんですよ。それを続けていくうちに精度が高くなって、キックのスピードも速くなり、U-17の世界大会でも決めた。ロングシュートを練習させたことはないので、自主トレで今のレベルになったと思います」

U-17女子W杯では30m超のスーパーゴールを決めたことも
U-17女子W杯では30m超のスーパーゴールを決めたことも写真:森田直樹/アフロスポーツ

 自身の感性を大切にし、ボランチというポジションで得点への嗅覚も研ぎ澄ませてきた。

 今年1月に加入したバイエルン・ミュンヘンから、現在はスウェーデン1部のFCローゼンゴードへの期限付移籍中だが、開幕から9試合連続ゴール。周囲の期待を超えるペースで活躍を続け、五輪デビュー戦でも出場から10分足らずで主役になった。今大会は、クラブの練習中に痛めたケガからのリハビリが続いていたため、90分間の出場は難しいのかもしれない。

 だが、谷川や清家のように、途中出場で結果を出せる選手が多いことは頼もしい限りだ。それは、強豪国がひしめくノックアウトステージを勝ち抜き、メダルを手にするための希望になる。

 日本はこの後、中2日で初戦と同じナントに移動し、7月31日にグループステージ第3節でナイジェリアと戦う。グループ3位までにノックアウトステージ進出の可能性が残されており、他国の対戦次第では、グループ1位進出の可能性も残されている。

 過密日程で疲労との戦いでもあるが、厳しい台所事情の中で最適解を見出し、ノックアウトステージへの勢いを掴みたい。ナイジェリア戦は、日本時間8月1日の深夜0時キックオフとなる。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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