「窒息させて潰す」32億人のFacebookに分割を突き付けるわけ
「買収か死か」「窒息させて潰す」「破壊モード」――フェイスブックの分割を求める訴状には、そんなおどろおどろしい文言が並ぶ。
米連邦取引委員会(FTC)とニューヨーク州など48州・特別区の司法長官が12月9日、首都ワシントンの連邦地裁に対し、フェイスブックを反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴した。
写真共有サービス「インスタグラム」とメッセージアプリ「ワッツアップ」の分割を求めている。
プラットフォーム分割要求という、1980年代のAT&T以来の事態に直面するフェイスブックには、トランプ政権のみならず、新大統領のジョー・バイデン氏もかねてから強硬姿勢を表明している。
フェイスブック単体の月間ユーザー数は世界で27億人。インスタグラム、ワッツアップ、メッセンジャーを加えると、その数は32億人。78億人の世界人口の4割に上る。
この大きくなりすぎた情報インフラを、社会はどう制御していくのか。
競争とプライバシー保護。提訴はその2つの論点を提示する。
●超党派の提訴
フェイスブックを12月9日に反トラスト法違反で提訴したFTC競争局長のイアン・コナー氏は、声明でそう指摘した。
さらに同日、47の州・特別区・準州とともにフェイスブックを提訴したニューヨーク州司法長官のレティシア・ジェームズ氏はこう述べている。
それぞれ別個の提訴ながら、求めているのはインスタグラムとワッツアップの売却による分離、さらにサードパーティーのアプリに対するデータアクセス制限の解除だ。
FTCは5人のうち共和党のジョー・シモンズ委員長と2人の民主党委員が提訴に賛成。48州の提訴は民主党のジェームズ氏が、共和党を含む州司法長官らを率いての提訴。
いずれも超党派の取り組みで、政権交代による影響はなさそうだ。
●InstagramとWhatsApp
新興の競合を、潤沢な資金力によって取り込むか、市場から締め出すか、という「買収か死か」戦略によって巨大化を続けるフェイスブック。
その戦略が展開されたインスタグラムとワッツアップの買収が、提訴の大きな焦点になっている。
2009年創設のワッツアップ、2010年創設のインスタグラムは、いずれもスマートフォンにフォーカスした"モバイルファースト"のソーシャルメディアとして、急速に台頭。
パソコンのインターネットが主流だった2004年創設で、モバイル対応が遅れていたフェイスブックにとって、この2社は脅威となっていく。
フェイスブックは2012年にインスタグラムを10億ドルで買収。さらに2014年にはワッツアップを破格の190億ドルで買収している。
その決定過程が、訴状では社内メールなどから明らかにされている。
2012年の買収前、フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏はCFOだったデビッド・エバースマン氏にこんなメールを送っている。これは、2020年7月の米下院司法委員会でのGAFAの4CEOに対する公聴会でも明らかにされたメールだ。
※参照:コロナ禍でさらに強大化、GAFA支配の黒歴史が問いただされる(07/31/2020 新聞紙学的)
フェイスブックの「買収か死か」戦略がよくわかる文面だ。
●「窒息させて潰す」
ニューヨーク州司法長官のジェームズ氏の提訴リリースはそう述べる。
「買収か死か」戦略の後半部分、つまり締め出し戦略も訴状の中で指摘されている。
サードパーティーのアプリに対して、フェイスブックのサービス領域への脅威となりそうな場合には、APIを通じた自社ユーザーへのデータアクセスを遮断し、締め出すという戦略だ。
2013年1月、ツイッターは前年10月に3000万ドルで買収したショート動画共有サービス「ヴァイン」を立ち上げる。
訴状が引用するフェイスブックのディレクターの社内メールによると、フェイスブックは即日、同社のAPIからの遮断を検討。これに対して、ザッカーバーグ氏はこう返答したという。
「ヴァイン」はその後に失速、サービスを閉じている。
フェイスブックはそのような競合の台頭を警戒し、自社アプリによる"警戒システム"も展開していたという。
フェイスブックは2013年、イスラエルのユーザーデータ管理サービス「オナボ」を買収する。
だがFTCの訴状によれば、ユーザーにVPN(仮想プライベートネットワーク)のサービスを提供する一方で、ユーザーのアプリ利用データを収集し、競合の台頭をウオッチしていたのだという。
フェイスブックの社内文書は、そう述べていたという。だが、これが"スパイアプリ"との批判を受け、フェイスブックは「オナボ」を2019年に閉鎖している。
●プライバシー保護の低下
48州の司法長官が強調するのは、より市民に切実なプライバシー保護への影響だ。
フェイスブックがソーシャルメディア市場で支配的になり、データの相互運用性にも壁をつくることで、ユーザーは他サービスへの乗り換えが困難な「ロックイン」の状態におかれ、プライバシー保護レベルの低下にも耐えることを強いられる、と指摘する。
フェイスブックによるソーシャルネットワーク市場の支配は、消費者に非常に明確な損失を与えている。悪化の一途をたどるプライバシー設定を、消費者は受け入れざるを得ない状態になっている――。
ワイアードは、イェール大学の研究者、ダイナ・スリーニーバサン氏のそんな指摘を紹介している。
特にフェイスブックは2019年7月、ケンブリッジ・アナリティカ事件およびそれ以前のプライバシー問題に関して、FTCから50億ドルの制裁金を科された経緯もある。
●「歴史の修正主義」の意味
フェイスブックはFTCと48州の指摘に対して、「歴史の修正主義」という表現で、反論を行っている。
フェイスブック副社長のジェニファー・ニューステッド氏は、公式ブログの中で、インスタグラムとワッツアップの買収は、いずれもFTCが承認したものであると指摘。
いわばその後だしの"撤回"は、納得できない、との主張だ。
フェイスブックを初めとするソーシャルメディアは、反トラスト法での追及の一方で、米大統領選などをめぐるフェイクニュース氾濫の批判の矢面に立ってきた。
ニューステッド氏の声明は、その批判の風圧にも目配せをしたニュアンスをにじませる。
これは、プラットフォームのコンテンツへの免責を定めた通信品位法230条について、民主共和両党から見直しの声が高まっていることを示している。
そんな十字砲火に、今回の提訴は追い打ちをかけることになる。
●共同創業者の提言
フェイスブックの共同創業者であるクリス・ヒューズ氏は今回の提訴に先立つ1年半前の2019年5月、「フェイスブックを分割する時だ」と題したニューヨーク・タイムズへの寄稿で、そう述べた。
ヒューズ氏の寄稿の論点は、今回のFTC、48州・特別区の訴状にほぼそのまま取り込まれている。
プラットフォームによる反トラスト法違反の問題への指摘は、米司法省による10月のグーグル提訴に続く。
大きすぎるプラットフォームへの制御を、「諦めに陥る」ことなく追及していくことができるか。これは米国に限らず、各国が取り組むべき問題だ。
(※2020年12月11日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)