ウィル・スミス:「奴隷を演じるのは思っていたよりずっと辛かった」
クエンティン・タランティーノから「ジャンゴ 繋がれざる者」に主演のオファーがかかった時、ウィル・スミスは断った。それから10年、スミスは、自ら製作も手がけた「自由への道(Emancipation)」で、あえて奴隷を演じることを選んだ。
主人公は、19世紀半ばに実在した黒人男性ピーター(本当の名前はゴードン)。リンカーンが奴隷解放宣言をしたと耳にした彼は、仲間とともに脱走し、多くの困難を経て北軍のいるバトンルージュに到達。そこで撮影された、鞭打ちの跡だらけの彼の背中の写真は、奴隷制度の残酷さを強烈に知らしめることになる。
アントワン・フークア監督がこのプロジェクトに惹かれたのには、スミスが普段のイメージとまるで違う役を演じるということも大きかった。
「ウィルが僕に脚本を送ってくれたんだ。ビル(・コラージュ)が書いたその脚本はすばらしくて、ピーターというキャラクターがすごくよくわかった。だけど、この男をウィルが演じるというんだよ。人々に愛される存在であるウィルが、奴隷になるというのさ。僕らはまず、テストとして、ウィルにピーターのルックスになってもらった。その姿を見て、僕は胸が張り裂けそうになったよ。そして、これは絶対に実現させなくてはならないと思ったんだ」(フークア)。
撮影体験が辛いものになることに対する覚悟は、しっかりとできていた。それでも、罵倒され、屈辱を受け、泥まみれになって逃げることを毎日続けるのは、予想していた以上にスミスの心に重くのしかかった。
「Nワードを1日に100回も浴びせられるんだからね。それも、優秀な役者さんから。首まで沼に浸かったりもしたし、肉体的にも大変だった。もちろん、役者としては、(リアルにそう感じられたのは)良いことなんだが。それに、苦しかったのは僕だけではない。クルーみんながそうだったんだ。撮影現場には、心理カウンセラーや神父さんが常駐していたよ。でも、そんな経験をさせてもらったことをありがたく思う。ほかでは決して学べなかったであろうことを学ばせてもらえたから」(スミス)。
そんなふうに、ただでさえ大変だったこの映画の撮影は、パンデミックやハリケーンといった、自分たちにはコントロールできない要素のために、さらなる困難に直面することになった。
「この間までそこにあった家が、ハリケーンの後、無くなっていたりした。それでもルイジアナのクルーは毎日仕事に来てくれたよ。彼らはとても強い人たち。僕らはお互いに寄り添いつつ、あの状況を乗り切ったんだ」(フークア)。
「パンデミックで中止された撮影が再開したはいいが、その後毎日、400人もいるエキストラがコロナ検査を受けなければならなかったんだよ。それだけで6時間もかかった。と思ったら、今度はハリケーン。僕らは試されていたんだと思う。ピーターが試されたように。芸術作品と作り手の人生は、そんなふうにからみあっていたのさ。それは、苦しい一方で、みんなに力を与えてもくれた」(スミス)。
父がこの映画を作ろうとしていると知った時、スミスの娘は「また奴隷の映画を作る必要があるの?」と聞いてきたという。それに対し、スミスは、「奴隷の映画じゃなくて、自由についての映画を作るんだ」と答えた。それが、この映画の精神だ。
「解放、自由とは、心の中の問題。今作を通じて、僕はそれをピーターから学ばせてもらった。体は奴隷として拘束されていたが、ピーターの心はいつも自由だったんだ。神を疑うことなく、神は自分を救済してくれて家族の元に帰してくれると、彼は常に信じてやまなかった。感情的、精神的に独立していることこそ、真の解放なんだよ」(スミス)。
「自由への道」は9日よりApple TV+で配信開始。