令和2年7月豪雨が特定非常災害に 行政手続や相続放棄の熟慮期間の一括延長
■そもそも特定非常災害とは何か
令和2年7月豪雨(令和2年7月3日からの大雨による災害)が「特定非常災害」に指定されました(2020年7月14日閣議決定)。
特定非常災害とは、「著しく異常かつ激甚な非常災害」であって、当該非常災害の被害者の行政上の権利利益の保全等を図るために措置を講ずることが特に必要と認められるものが発生した場合に、政令指定される災害です。「特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律」(特定非常災害特別措置法)が根拠になります。
「著しく異常かつ激甚な非常災害」かどうかは、(1)死者・行方不明者、負傷者、避難者等の多数発生、(2)住宅の倒壊等の多数発生、(3)交通やライフラインの広範囲にわたる途絶、(4)地域全体の日常業務や業務環境の破壊などを総合的に勘案して判断します。過去には、阪神・淡路大震災(1995年)、新潟県中越地震(2004年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)、西日本豪雨(2018年)、令和元年台風第19号(2019年)に適用されました。令和2年7月豪雨(2020年)で7例目となります。
令和2年7月豪雨は、2020年7月14日の時点で死者73名、行方不明者10名、住家被害総数14,836棟(ただし熊本県内の未集計被害住家多数)と報告されています(内閣府防災ウェブサイト)。
■特定非常災害指定は何のためにするのか
特定非常災害特別措置法は、政令指定(閣議決定は必要だが国会での立法は不要)のみによって、多くの手続について一括で法定の期限の延長措置等をとれるようにしている法律です。
被災したことで、各種手続の本来の期限までに届け出や許可申請が間に合わなかったり、免許期間などが過ぎてしまったりすることがあります。権利を失ったり、不利益を受けたりすることを防ぐためには、これらの期限の延長等が必要です。ところが、期限などは厳格に法定されていることが通常です。もし、特定非常災害特別措置法がなければ、期限などを定めた膨大な行政法規を、ひとつひとつ改正しなければならなくなります。しかも、今回の令和2年7月豪雨のように、国会閉会中におきた災害であれば、法案の成立についても、次の国会開会を待たなければならなくなるところです。
そこで、阪神・淡路大震災をきっかけに、将来の災害にも対応するために作られたのが特定非常災害特別措置法です(参考「特定非常災害で行政手続等の期限が延長に」)。
■具体的にどんな効果があるのか
今回は、大きく以下の5分野について特定非常災害特別措置法の発動がありました。それぞれの類型によって対象地域や期限が異なるので注意が必要です(「令和2年7月豪雨による災害についての特定非常災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」の公布・施行について)。
(1)行政上の権利利益に係る満了日の延長(法第3条)
自動車運転免許のような許認可等の有効期限が、最長の場合、令和2年(2020)年12月28日(月)まで延長されます。具体的な対象地域や期間は各省庁が別途定めていき、それらは「総務省」のページにまとめられます。期限が来てしまう手続きを抱えている方は、まずは当該機関へ相談してください。
(2)期限内に履行されなかった義務に係る免責(法第4条)
事業報告書や薬局等の各種届出など履行期限がくる法令上の義務が、災害によって履行されなかった場合であっても、令和2(2020)年10月30日(金)までに履行された場合には、行政上及び刑事上の責任を問われません。法令上の各種義務を履行すべき方については、まずは当該窓口へ相談して、対象になるかどうかをチェックしてください。
(3)債務超過を理由とする法人の破産手続開始の決定の特例(法第5条)
今回の災害が影響で債務超過となった法人については、令和4(2022)年7月2日(土)まで、債権者申立による債務超過を理由とした破産手続開始決定が留保されます(支払不能や法人清算中を除く)。被災した法人を一定期間保護することを目的としたものです。
(4)相続の承認又は放棄をすべき期間に関する民法の特例措置(法第6条)
今回の豪雨で「災害救助法」が適用された6県61市町村(7月14日時点)→8県67市町村(7月15日時点)に住所を有していた相続人については、相続の承認又は放棄のための「熟慮期間」(本来は亡くなったことを知ってから3か月以内)が、令和3(2021)年3月31日(水)まで伸長されます。
民法上は、亡くなった方(被相続人)の死亡を、相続人が知ってから3か月以内に、相続放棄をするかどうかを決定する必要があります。この期間を「熟慮期間」といいます。財産を処分した場合や、何もしないで3か月経過すれば、そのままプラス財産もマイナス財産(借金)も相続することになります。もし、被相続人の借金が多額等の理由で相続を希望しないような場合、相続自体を放棄することができます。そのためには、家庭裁判所に戸籍など必要書類を整えて申請する必要があります。本来の「3か月」は被災した方にとっては非常に短いものです。日々の生活に困難が多い中で、財産調査をして、債務状況を確認して、そのうえで相続放棄をするかどうかの判断をすることは非常に大変です。なお、もともと民法には熟慮期間の延長制度もありますが、その延長も、結局は期間内に家庭裁判所への申請が必要です。そこで、3か月の熟慮期間を、特定非常災害特別措置法により延長しているのです(参考「相続放棄ができる期限に注意を」)。
(5)民事調停法による調停の申立ての手数料の特例措置(法第7条)
今回の豪雨で「災害救助法」が適用された市町村に住所・居所・営業所・事務所を有していた者が、今般の豪雨水害に起因する民事紛争について、裁判所に民事調停の申立てをする場合には手数料納付が免除になります。期限は令和5(2023)年6月30日(金)です。
たとえば「自然災害債務整理ガイドライン」を利用する場合、債権者との合意プロセスで裁判所の特定調停手続きを利用します。この特定調停は債務者(被災者)側が申立人となりますから、この条項によって一定期間は無料で申し立てられることになります。
なお、このほかにも、(6)建築基準法による応急仮設住宅の存続期間の特例措置(法第8条)と(7)景観法による応急仮設住宅の存続期間の特例措置(法第9条)もありますが、7月14日の閣議決定の際にはこれらは政令指定されていません。
■応急仮設住宅の延長判断を早期に
災害救助法に基づく建設型応急仮設住宅の存続期間は2年以内とされています。しかし、復旧・復興が長期化すれば、仮設住宅の存続が不可欠になります。東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨などでは、特定非常災害特別措置法第8条の発動により、延長措置が取られています。
これまでの運用では、この延長措置の決定があるのは、災害が起きてから1年半ほど経過したころです。しかし、残り半年ほどになるまで、住まいがどうなるかが決まらないことは、仮設住宅の入居者を不安にさせる要因になっています。浸水エリアで堤防の大規模工事が必要な地域、あるいは、土砂災害がおきて砂防ダム建設や地盤改良が必要な地域では、数年以上先まで工事が完了しないことについて、早い時期に判断できるケースもあろうかと思います。存続期間延長が必要かどうかの見極めは、できるだけ早期になされることが望ましいといえます。
また、そもそも災害救助法に基づく応急仮設住宅の存続期間が2年以内という根拠は、2年あれば恒久住宅に転居できるであろうこと、建築基準法の仮設建築物の期間が2年とされていること、耐用年数、などを考慮したということくらいでしかありません。近年の建築技術や災害の大規模広域化を考えると、応急仮設住宅が原則2年以内でなければならない決定的な理由は見いだし難いのです。応急仮設住宅の存続期間と建築基準法との関係性も見直していく必要があるように思えます。
■無料法律相談事業も
7月14日の閣議決定では「令和2年7月豪雨による災害についての総合法律支援法第30条第1項第4号の規定による指定等に関する政令」も定められています。総合法律支援法では、特定非常災害があった場合には、日本司法支援センター(法テラス)が、生活の再建のための無料法律相談事業を実施できるようになります。「災害救助法」適用地域の被災者が対象となります(法人は利用できません)。期間は、令和2(2020)年7月14日~令和3(2021)年7月2日です。被災者の立場からすると、資力に関係なく、安心して弁護士や司法書士の相談を受けられるようになるというメリットがあります。生活再建の知恵を得るための専門家へのアクセスのハードルを下げる効果が期待されます。
(参考文献)
岡本正「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」(弘文堂2020年)
岡本正「災害復興法学」(慶應義塾大学2014年)
岡本正「[令和2年7月豪雨]生活再建の一歩を踏み出す「希望」の法制度情報を得よう」(Yahoo!ニュース個人)