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「お前は中国人だろ」と警官が浴衣を着た女性コスプレーヤーを連行

宮崎紀秀ジャーナリスト
日本の浴衣さえも中国では歴史問題にされる?(写真はイメージ)(写真:アフロ)

 中国で日本の浴衣を着ていた女性を、警察官が「お前は中国人だろ」などと怒鳴りつけ、連行した。警察官の行為を称賛する声が盛り上がる一方で、著名な保守の論客が、「和服を禁ずるべきではない」などと、理不尽な反日感情をたしなめた。中国で、歪んだ愛国主義の高まりを示唆する出来事が相次ぐ中で、“世論”の暴走を警戒し始めたのか。

中国人なら和服を着るな?

「もしお前が漢服(中国の伝統的衣装)を着て来たら、絶対こんなことは言わない。でもお前は和服を着ている。お前は中国人だろ」

 警察官の制服を着た男が、大声を張り上げ、女性を怒鳴りつけている映像が中国のネットに流れた。女性が着ているのは日本風の浴衣。撮影者は、女性のすぐ脇にいたのだろう、白地に赤い花の柄がついた袖の部分が大写しになっている。

 浴衣の女性は、警察官の大声とは対照的なか細い声で抵抗を試みた。

「そんな風に大声で怒鳴っていいのですか…」

 警察官は、「(怒鳴って)構わない」とやはり大声で答え、続けた。

「もし従わないなら…」

「何の理由ですか?」

「騒動挑発罪だ」

 女性は、説明を試みようとするが無駄だった。警察官は、女性の言葉を遮るかのように、「じゃあ一緒に来い、いいな?」と、女性の浴衣の肩のあたりに手をかけ、乱暴に引っ張った。その時、鈍い音が聞こえ、浴衣の袖と背の縫い目が裂けたように見えた。

日本文化を中国に浸透させるな?

 中国メディアが報じた女性のSNSなどによれば、事件が起きたのは、8月10日、江蘇省蘇州の淮海街。蘇州は日本企業も多く、淮海街は日本料理店などが並び日本情緒のある一画だという。

 女性は、日本のアニメの登場人物を模したコスプレをして、その日本風の通りで撮影を楽しんでいた。

 女性は、現場から連行された後、警察で5時間ほど調書をとられたり携帯電話を調べられたりした。携帯にあった写真は削除、浴衣は没収されたそうだ。

 女性は、SNSで上記のような経緯を説明した。その上で「民衆の気持ちを考えず、日本風の服装で街を歩くべきではありませんでした」などとして「民族感情を傷つけたことはとても申し訳なく思っています」と謝罪した。

 浴衣の女性とそれを譴責し連行する警察官の映像がネット上で注目されたのは、8月15日、日本の終戦記念日だったという。その“敏感な日”に当たったこともあってか、ネット上では、警察官の横暴ぶりを非難するのではなく、むしろその行為を称え、女性の行為を非難する声が勢いづいた。

「日本文化を国内に浸透させるべきではない」などという書き込みまであった。

和服を禁じる法律はない

 そうした中で、本来は愛国主義的な論調で知られる大物の論客が「和服は軍服ではないし、法律上着てはいけない理由などない」などと論評した。

 国際紙「環球時報」の特約評論員、胡錫進氏だ。同紙は中国共産党の機関紙「人民日報」系で、愛国主義的な論調が特徴。中でも胡氏はオピニオンリーダー的な存在で、影響力も大きい。

 その胡氏が、蘇州のような「開放的な都市で、和服を許さないなどあってはならない」と断じたのだ。同氏は、現状のような日中関係が緊張状態にある中で、反日感情が起きることに一定の理解を示しながらも、「皆も知っているように、法律上、(和服を禁じるような)規定はない」などと、反日の気勢に乗じる理不尽な声をたしなめた。

 また、警察官の行為についても疑問を呈した。和服を着ているだけの女性を、強制的に連行し、騒動挑発罪として処理するやり方に、法的根拠はない、と。

「我々の社会は和服を着るのを禁じるべきではないし、実際にそのような禁止規定はない」

 同氏は、再三そう指摘しながらも、最後に次のようにアドバイスするのを忘れなかった。

「和服を着ようとする時は、周囲の状況に注意して、周りの人に不愉快な思いをさせないように、更には、自身が不必要な議論の中心にならないように」

 中国では、最近、独善的な愛国主義とそれに引きずられるような理不尽な反日主張の高まりを感じさせる出来事が相次いでいる。それらはしばらく野放図にされてきたようにも見えたが、国際社会では厳しい立場に置かれ、国内でもコロナ対策や景気減速など不安定要素が多い中で、中国でも一部の行き過ぎた“世論”に警戒心を抱き始めたのかもしれない。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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