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ネット選挙と投票率の上下動

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

ネット選挙運動、衆院選で初 投票率向上なるか:日本経済新聞

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO80038970S4A121C1CR8000/

この記事にも書かれているように、今回、2013年に公選法が改正され、「ウェブサイト等を用いた選挙運動」(いわゆる「ネット選挙」)が解禁されたはじめての衆院選になる。

この記事には、

昨年の参院選でネット選挙は注目を集めたが、有権者の判断に与えた影響は小さかったとの見方もあり、今回も政策論争の充実や投票率の向上につながるかどうかは不透明だ。

と記されている。昨年の参院選や2014年年始の東京都知事選でもよく見られた論点だ。というよりも、ネット選挙の解禁の途中から、しばしば、「ネット選挙は投票率をあげる」という議論が実しやかに囁かれてきた。だが、ネット選挙の解禁と投票率の上下動は、メディア研究上も、他国の事例からも明白ではない。そうであるにもかかわらず、この記事のように、「新しい何かが、長年の宿痾を解決する」と期待してしまいがちである。

なお、英米の場合、そもそも、選挙運動の手法に対する規制が乏しく、明確な「解禁」がよく分からない。したがって、投票率との関係は不透明である。選挙制度が似た、隣国韓国において、投票率が高かったのは、民主化直後の80年代であり、以後、原則として投票率は低下傾向にある。2000年代に、ネット選挙が解禁されてもその傾向は変わらなかった。韓国については、浅羽祐樹先生の『したたかな韓国 朴槿恵(パク・クネ)時代の戦略を探る』(NHK出版)などが詳しい。

日本のこれまでの事例を見ても、公選法改正後、はじめてネット選挙が適用された福岡県中間市の市議選43.64%(史上最低)、2013年参院選52.61%(史上3番目の低さ)、2014年東京都知事選46.14%(史上3番目の低さ)と、まったく投票率の向上に影響していないことがわかる。

人は複合的なメディア環境を生きている。情報を獲得する回路はネットだけではない。テレビやラジオ、新聞、口コミもあるし、それらのメディアから得た情報に基いて、投票するわけではない。もっと複合的な、意思決定のプロセスが存在する。したがって、普通に考えれば、ネット選挙の解禁がそのまま、投票行動に直結することはないのである。

他にも、「ネット選挙の解禁が、選挙のコストを押し下げる」といった何の根拠もない「神話」が健在である。先日の公選法改正では、従来の選挙運動の規制はそのままに、ネット選挙のみかなり自由な利活用を解禁した(筆者のネット選挙に関する著作などでは、「理念なき解禁」と呼んでいる)。従来の選挙費用に、追加でその分のコストが嵩むと考えるのが自然だろう。いうまでもなく、選挙コストが下がる論理は見当たらない。こうした基本的知識をおさらいしたうえで、改めて、来るべき衆院選において情報技術と政治に向き合いたい。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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