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壁をぶち破った伝説の名優シドニー・ポワチエ:ハリウッドが追悼を捧げる

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ハリウッドの伝説が、またひとりこの世を去った。シドニー・ポワチエだ。享年94歳。出身地であるバハマで亡くなったとのことだが、詳しい状況はわかっていない。

 ポワチエは、黒人として初めてオスカー主演男優賞を受賞した伝説の俳優。1972年には「ブラック・ライダー」で監督デビューも果たしている。全部で9本の映画を監督し、中でも1980年の「スター・クレイジー」は、長い間、黒人監督の作品として最高の興行記録を保持することになった。白人優位のハリウッドで時代を先に推し進めた、映画史上重要な人物である。

 バハマの農家の出身。7人きょうだいの末っ子。トマトをはじめとする農産物を売るため、両親がマイアミを訪れていた時、予想しなかったことに予定日より2ヶ月早く誕生。アメリカで生まれたため、自動的にアメリカ国籍を取得することになった。15歳でマイアミに移住。16歳でニューヨークに引っ越し、レストランで皿洗いの仕事をしながら、ウエイターから読み書きを教わる。第二次対戦中は軍隊に所属。その後再び皿洗いに戻り、オーディションを受けて舞台劇の役を得た。

 映画デビューは1950年の「No Way Out」(日本未公開)。1958年の「手錠のまゝの脱獄」で共演のトニー・カーティスとともに初のオスカー候補入りを果たす。そして1963年、「野のユリ」で主演男優賞を受賞。代表的な出演作に、人種問題に正面から向き合う「招かれざる客」、「夜の大捜査線」などがある。

 スクリーンの外でも、人種差別撤廃のために尽力。マーティン・ルーサー・キング・Jr.が有名な「I have a dream」の演説をした1963年のマーチにも参加した。2009年には当時の大統領オバマから大統領自由勲章を授与されている。

 2002年、「トレーニング デイ」で、黒人として史上ふたりめのオスカー主演男優賞受賞者となったデンゼル・ワシントンは、受賞スピーチで「40年も僕はシドニーを追いかけてきました。そしてついに僕は、あなたがもらったものを同じ夜にもらうことができました。僕はいつもあなたを追いかけていきます。それ以上に幸せなことはありません」と、同じ夜に名誉賞を受賞したポワチエに呼びかけた。

 だが、ポワチエから大きな影響を受けた人は、ワシントンのほかにも多数いる。訃報を受け、ソーシャルメディアには、それらの人々から追悼のメッセージが寄せられている。

 その多くは、ポワチエの人間性を讃えるもの。たとえば、ロブ・ライナーは「シドニー・ポワチエと一緒にいると、気品、威厳、ヒューマニティを感じた」、ジェフリー・ライトは「画期的な俳優。美しく、優雅で、温かく、堂々とした人」とツイートした。もちろん、俳優としての偉大さについては言うまでもなく、ジョセフ・ゴードン=レヴィットは「絶対的な伝説。最高の人物のひとり」、イライジャ・ウッドは「革新的なタイタン、さようなら」、ロン・ハワードは「シネマで最高の主演男優のひとり。見ていて引き込まれました。すばらしい監督でもありました。何度かお会いする光栄がありましたが、本当に知的で優雅な方でした。今週は彼の映画を1本か2本見ようと思います」と投稿している。

 新しい世代のために道を切り開いてくれたことへの感謝の言葉も見受けられる。ケリー・ワシントンは、「今日、私たちはエレガントな王様を失いました。シドニー・ポワチエ、ありがとう。あなたは扉を開けてくれただけでなく、上品さと優秀さをもってこの世の中を歩いてくださいました。おかげで今も私たちはあなたをお手本にあなたの後を追いかけています」と敬意を表している。一方、ハル・ベリーは、3枚にわたるツイートで、ポワチエと一緒に撮影した写真とともに、「あなたを失って、私の魂の大きな部分が泣いています。地上にいた94年の間に、あなたは決して消すことのできないものを残してくださいました」「あなたの優れた才能をもって、黒人がリアルな形で自分たちについて語るための道を開拓してくださいました」「あなたは私のアイドルでした。初めてお会いできた日のことは忘れられません。言葉を失ったのは、あれが人生で初めて。でもあなたはとても親切でチャーミングでした。そこから何十年もにわたる友情を築いていく中で、あなたはいつもそうでした」と追悼した。

 ほかに、オプラ・ウィンフリー、ジョージ・タケイ、トニー・ベネット、オバマ元大統領、ビル・クリントン元大統領、ヒラリー・クリントン、コリー・ブッカー上院議員、ティム・クックなどもお悔やみのメッセージを送っている。

 ご冥福をお祈りします。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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