危険運転致死傷罪に懲役5年 事故原因によって大きく変わる暴走運転の罪と罰
2015年8月、JR池袋駅東口近くの歩道に暴走車が突っ込み、女性1名を死亡させ、男女4名に重軽傷を負わせた事件。東京地裁は、6月27日、運転していた医師の男性に懲役5年の実刑判決を言い渡した。
危険運転致死罪と自動車運転過失致傷罪
業務上過失致死傷罪と殺意が要求される殺人罪との間には、大きな隔たりがある。そこで、その隙間を埋めるとともに、厳罰化を図るため、2001年に刑法の中に創設されたのが、「危険運転致死傷罪」だ(最高刑はその後の刑期引き上げに伴って死亡で懲役20年、負傷で懲役15年)。
この犯罪は、事故の前提として、次のとおり5つの故意のいずれかを要求する。
(1) アルコールや薬物の影響で正常な運転が困難な状態
(2) 進行の制御が困難なほどの高速度
(3) 進行を制御する技能なし
(4) 人や車の通行を妨害するため、通行中の人や車に著しく接近するとともに、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転
(5) 赤信号を殊更に無視するとともに、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転
しかし、あまりにも要件が厳しく、全体的に使い勝手は悪かった。
例えば(1)の場合、「正常な運転が困難な状態」、例えば前方を見て運転することや思い通りにハンドル、ブレーキを操作することが難しいといった状態だったことを運転手が運転時に認識していなければならない。厳罰をおそれて必ず否認することから、立証困難に陥り、適用が見送られるケースも多かった。
結局、飲酒や無免許などを伴う悪質な人身事故でも、従来どおり刑罰が軽い業務上過失致死傷罪(及び道路交通法違反)で処罰せざるを得ないというジレンマに陥った。
そこで今度は、自動車を運転する上で必要な注意を怠り、人身事故を起こしたケースを業務上過失致死傷罪から切り離し、刑罰を加重するため、2007年に刑法の中に「自動車運転過失致死傷罪」が創設された(最高刑は2年引き上げた懲役7年)。
新たな立法へ
度重なる法改正で交通事故は減少傾向となったが、飲酒や無免許といった無謀運転に基づく深刻な人身事故は後を絶たず、他方で危険運転致死傷罪の要件を充たさないということで、より軽い自動車運転過失致死傷罪で処罰せざるを得ない状況が続いた。
持病の発作で運転中に意識不明となって暴走に及び、重大な人身事故を起こしても、アルコールの影響でも薬物の影響でもないから、危険運転致死傷罪の対象外となるという問題も生じた。
例えば、2011年に栃木県鹿沼市で10トンクレーン車を運転中、てんかん発作を起こして対向車線に飛び出し、そのまま歩道に乗り上げて登校中の児童の列に突っ込み、6名を死亡させた事件が挙げられる。
危険運転致死傷罪の要件を充たさなかったことから、自動車運転過失致死傷罪で処罰するほかなかった(判決は最高刑である懲役7年の実刑)。
また、2012年に京都府亀岡市で無免許の少年が居眠りのまま運転する自動車を登校中の児童らに次々と激突させ、3名を死亡させ、7名に重軽傷を負わせた事件も挙げられよう。
過去に無免許運転を繰り返してきたことでむしろ基本的な運転技能は身についていたと判断され、やはり自動車運転過失致死傷罪の適用にとどまった(判決は無免許運転罪を併せても少年法で懲役5年以上9年以下の不定期刑)。
こうした背景から、2013年に自動車やバイクによる人身事故に対する罰則規定を刑法から完全に独立させ、厳罰化を含めて整備し直した「自動車運転死傷行為処罰法」が制定されるに至り、2014年5月に施行された。
新たな危険運転致死傷罪
この法律は、従来の自動車運転過失致死傷罪の名称を「過失運転致死傷罪」と改め、事故時に無免許であれば全般に刑罰を重くすることにしたほか、先ほどの(1)~(5)に加え、次の場合も、同じく危険運転致死傷罪とした。
(6) 歩行者天国などの通行禁止道路を重大な交通の危険を生じさせる速度で進行
また、特に重要なのは、こうした従来型の危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪の中間領域を埋めるものとして、一段軽い「危険運転致死傷罪」(これを「準危険運転致死傷罪」と呼ぶこともある)を新たに創設したことだ(最高刑は死亡で懲役15年、負傷で懲役12年)。
具体的には、次の2つの場合だ。
(7) アルコールや薬物の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態だと分かりながら運転した結果、正常な運転が困難な状態に陥って事故を起こす
(8) 特定の病気(統合失調症、てんかん、再発性の失神、低血糖症、躁うつ病、睡眠障害)の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態だと分かりながら運転した結果、正常な運転が困難な状態に陥って事故を起こす
同じ飲酒や薬物でも、旧来型の(1)と新たな(7)とでは運転手に求められる認識の程度が「正常な運転に支障が生じるおそれ」へと大幅に緩和されている点に違いがある。
例えば飲酒運転による人身事故だと、道路交通法が規制する「酒気帯び」に当たる程度の認識(ビール中びん1本くらいの飲酒量)さえあれば、それだけで運転に必要な注意力や判断力などが相当低下していると分かるはずだから、それでもなおハンドルを握り、結果的に酔いが回ってコントロール不能に陥れば、(7)の危険運転致死傷罪が成立すると考えられる。
(1)~(6)と(7)(8)の最も大きな違いは、裁判のやり方だ。死亡事故の場合、前者は裁判員裁判の対象となるのに対し、後者は対象外であるため、裁判官だけで有罪・無罪や量刑が決められるからだ。
同じ危険運転致死罪でも、(7)(8)の場合、裁判員の素朴な市民感情が裁判の結果に反映されることはない、というわけだ。
今回のケースは?
運転手は、事故直後、「不眠症だった」「居眠りをしてしまった」などと供述したため、過失運転致傷罪で警察に逮捕された。
その後、てんかんの持病が判明し、発作による意識障害が事故原因ではないかと見られたことから、送検・勾留段階で(8)の危険運転致死傷罪に切り替えられた。しかし、そうした持病があるからといって、直ちにその犯罪が成立するわけではない。
免許取得や更新の際、病状などに関する質問票に虚偽の回答をした場合には罰則が科されるが(最高刑は懲役1年)、きちんとした手続を踏んでいれば、免許の取得などもできる。てんかんといってもその症状は患者によって様々だし、服薬で発作を抑えることができ、正常な運転も可能だからだ。
そこで、例えば、これまで運転中に意識を失って物損事故を起こした経験があるとか、服薬を怠るなどして運転中に発作が出る前兆を感じながらも、あえて運転を続けたといった場合でなければならないわけだ。
また、事故そのものが病状と無関係の脇見や居眠りといった全く別の原因によって生じたのであれば、確かに結果は重大だが、やはり危険運転致死傷罪ではなく、より軽い過失運転致傷罪に当たることになる。
この点、今回の事件の5か月前である2015年3月、東大阪市で赤色信号の交差点に意識を失ったまま突っ込み、乗用車と衝突して相手方ドライバーに重傷を負わせ、横断歩道上の歩行者2名を跳ね飛ばして死亡させた事件が発生していた。
これに対し、検察は、てんかんの持病を持つ運転手の男性を(8)の危険運転致死傷罪で起訴した。起訴前の約2か月間、心身の状態に関する専門医らの鑑定を実施した結果、事故直前から発作の前兆を自覚しており、事故当時もその発作によって意識障害を起こしていたと判明したからだ(2017年2月、大阪地裁で懲役10年の実刑判決)。
鑑定がポイント
今回のでも、検察は、被告人の事故前後の行動や病状、服薬の有無・程度、主治医や家族とのやり取りなどを踏まえ、念のため「鑑定留置」と呼ばれる特別な手続をとり、約2か月間、心身の状態に関する専門医らの鑑定を実施した。
殺人事件や放火事件などで被疑者の刑事責任能力の有無や程度が問題とされるような場合に行われている手続だ。
その結果、事故直前から発作の前兆を自覚し、事故当時もその発作によって意識障害を起こしていたと認め、危険運転致死傷罪で起訴した。
被告人や弁護人は公判で「事故前にてんかんによる発作の可能性を認識できていなかった」などと述べ、(8)の危険運転致死傷罪の故意を否定し、無罪を主張した。
その後、東京地裁が検察側に対して過失運転致傷罪を予備的な起訴事実として加えるように命ずる異例の展開を見せ(これを「予備的訴因の追加」と呼ぶ)、危険運転致死傷罪による有罪が危ぶまれていた。
しかし、結局のところ、東京地裁は、「医師として、てんかんについて一般の人より知識を持っていた」「過去にも発作を経験し、医師から運転しないよう注意されていた」などと述べ、危険運転致死傷罪で有罪とした上で、懲役8年の求刑に対し、懲役5年の実刑判決を言い渡した。
被告人側の控訴が見込まれることから、このまま一審判決が確定するとは言い難い。ただ、少なくとも今回のような持病が問題となる事案では、事故後、検察がすぐに起訴をせず、念のため捜査段階で運転手の心身の状態を鑑定し、その結果を踏まえ、どの罪名で起訴するか決める、といったやり方がパターン化してきたものと言えよう。(了)