シェール革命で急落した天然ガス、高止まりする原油
2月の日米首脳会談で安倍晋三首相は、オバマ米大統領から天然ガスの一種であるシェールガスの対日輸出解禁に対して、「同盟国である日本の重要性は常に念頭に置いている」との前向きな言質を引き出すことに成功した。これを受けて、エネルギー業界では日本も割安な天然ガスを調達できるとの期待感が強くなっている。
原子力発電所の再稼動が遅れ、少なくとも今後数年は火力発電用としての液化天然ガス(LNG)需要が増え続けることが確実視される中、安価なLNG調達で電力料金の抑制につなげることできれば、国民生活も大きな恩恵を受けることが可能になる。産業界で円安によるエネルギーコスト増に対する警戒感が強まる中、日本の国際競争力の観点からもシェールガス調達の可否は大きな意味を持つことになる。
米国では、天然ガス価格が高騰した2000年代前半に「水圧破砕」と「水平坑井採掘」という二つの技術革命を達成し、シェールガスやシェールオイルを含む固い頁岩層内の資源に効率的なアクセスを行うことが可能になった。これがいわゆる「シェール革命」であり、過去5年平均で米国の天然ガスは年3.8%の増産に成功している。10年前との比較だと24.3%の増産になり、米国の天然ガス需給バランスの安定化に寄与している。
オバマ大統領は1期目の看板政策として「グリーン・ニューディール」を打ち出し、太陽光や風力などの自然エネルギー活用を目指してきた。しかし、大量の補助金交付を行ったものの新興エネルギー企業の多くが破綻する中、2期目はシェールをエネルギー戦略の柱に置き換えている。シェール革命は、雇用創出や米製造業拠点の国内回帰にも大きな効果が認められており、この流れは今後も維持されそうな情勢にある。
■シェール革命で重要性が増すOPEC
日本の内外天然ガス価格の違いに関しては、米国の代表的指標であるヘンリーハブ天然ガス価格が需給要因で決まるのに対して、日本の輸入するLNG価格が原油価格とリンクしているため、シェール革命の恩恵を受けられていないと解説されるのが一般的である。
ただ、冷静に考えればシェール革命は天然ガスに限定されたものではなく、石油分野でも発生しているはずだ。実際、米国の産油量は1995年以来の高水準に達し、輸入量は逆に97年以来の低水準に留まっている。米エネルギー情報局(EIA)のシーミンスキー局長が「軽質スィート原油の余剰分を輸出する可能性を検討する」(3月1日)と発言できる程に、石油分野でもシェール革命は成功している。
では、なぜシェール革命で原油価格が下落しないのだろうか?
もちろん、気体の天然ガスよりも液体の石油の方が技術的に開発が難しいため、石油のシェール革命が本格化してからまだ多くの時間が経っていない影響もある。また、天然ガスと比較して、石油生産地は地政学的リスクの高い中東・北アフリカ地区への依存度が高い影響もあるだろう。
ただ、シェール革命の起点である米国の原油輸入量は、過去5年のうち4年が前年比で減少している。04~07年にかけては日量1,000万バレル台だったのが、10年921万バレル、11年894万バレル、12年850万バレルと急激に落ち込んでいる。この輸入減少分は当然に国際石油需給の緩和圧力として機能することになり、実際に国際エネルギー機関(IEA)は12年の石油総需要が日量8980万バレルだったのに対して、総供給は9,080万バレルだったため、100万バレルの供給超過が発生したとの推計を示している。
13年の世界石油需要見通しが前年比で日量90万バレルの伸びに留まる中、北米のみで100万バレルの増産が予測される現状は、本来であれば原油相場を大きく押し下げて然るべきと言えるのかもしれない。
しかし、天然ガスと原油で大きく異なるのは、原油市場には強力な需給調整役が存在することだ。具体的には、世界最大の産油国であるサウジアラビアが生産調整を行っていることが、原油相場の崩壊を阻止している。サウジアラビアの産油量は、昨年6月時点では日量1,000万バレルに達していた。しかし、今年1月時点では905万バレルまで減少していると推計されている。すなわち、シェール革命の余波を、サウジと言う防波堤が吸収していることが、原油相場の高止まりを可能にしている。
サウジの石油当局者は、あくまでも「国内発電向け需要の低下に対応したもの」としており、市況対策目的の減産との見方は否定している。ただ、いずれにしても天然ガス市場には存在しないこのような需給調整役が存在していることが、「シェール革命で低迷する天然ガス価格」と「シェール革命でも高止まりする原油価格」という一見すると矛盾したエネルギー価格環境を作り出している。
生産調整により膨れ上がった増産可能余力が原油価格の高騰リスクを限定するという意味では、間違いなくシェール革命の影響力はある。ただ、原油価格が天然ガスのような急落トレンドを辿るのかは疑問視している。
石油輸出国機構(OPEC)は1970年代こそ原油生産の50%を超えるシェアを有していたが、近年は40%前後に留まっており、もはやOPECの価格コントロールは失われたといった議論も活発化している。しかし、シェール革命による大規模増産が開始される中、皮肉にも価格カルテルとしてのOPECの重要性は以前よりも増しているのかもしれない。
天然ガス分野でも、シェール革命の最も大きな打撃を受けたロシアが、天然ガス版OPECの形成に動いたとされるも、最近は特に目立った動きを見せていない。
■もし、原油価格が下落したら・・・
そもそも、シェール革命が原油安を促すというロジックも疑問視している。シェール革命が発生したのは、高い原油価格を前提にエネルギー生産の採算分岐点が大きく切り上がった影響が大きく、原油価格が下落すれば当然にシェール革命の勢いも鈍化せざるを得ない状況にある。
加えて、「グリーン・ニューディール」政策で失敗した再生可能燃料分野はコスト対応が遅れていることで、従来想定されていた原油相場の水準が維持できなくなれば、それがとどめの一撃となってエネルギー需給バランス全体の安定を歪める可能性もある。一次エネルギー源としての石油を100とした場合、再生可能燃料は既に31という規模にまで成長している。この分野の成長を持続させるという観点でも、原油相場の必要以上の値下がりは望ましいとは言い難い。
新興国のエネルギー需要の伸びが安定成長期に入るまでは、高止まりする原油価格を前提に、エネルギー供給全体の拡充を図る一方で省エネ技術の向上を促すのが、現実的な対応策と考えている。