トランプ、閣僚人事から見る「超危険」な政権
==トランプ政策は元軍人と大富豪(CEO)ばかり==
トランプ政権の正体が、少しずつ見えてきた。アメリカファースト(米国第一主義)をキャッチフレーズに「移民排斥」「保護貿易主義」「インフラ整備」といった、大衆にとって望んでいる政策をずらリと並べた「ポピュリズム(大衆迎合主義)選挙」の勝利だが、英国のブレグジット(EU離脱)と同様に、世界はいよいよ超保守、極右が選挙に勝つ時代に入ってきた。
そんな中で、これまではっきりして来なかったトランプ次期米国大統領の政治が、徐々にではあるが見えてきた。閣僚人事のアウトラインが分かってきたことで、トランプ政権がいかに危険で、世界が築いてきた秩序を根底からひっくり返す存在になるリスクがあることが分かってきたのだ。
いまだに「ツイッター」で感情的な言葉をつぶやき続けているトランプ氏だが、実際にどんな政権になるのかは、その閣僚人事の顔触れを見れば分かる。トランプ氏の閣僚人事にはある傾向がある。選挙戦で“公約した”政策を実現するための政権と言って良い。それぞれの目的に沿った人事をしているという点では、まさに大衆迎合的な政治をこれからも続ける、ということだ。たとえば、現時点で発表されている人事を項目ごとにカテゴライズしてみると、次のようになる。
<極右、超保守、白人至上主義>
トランプ氏は、大統領選の中で様々な約束をしてきたが、その特徴は「アメリカファースト」の言葉に代表されるナショナリズムへの訴えであり、同時に白人至上主義的な考え方にもつながる。白人中流階級の圧倒的な支持を得て、大統領選を制したと言ってもいい。言い換えれば、そうした考え方をベースにした政権を作る必要がある。それを実現させるための人事が次の人選だ。
●首席戦略官兼上級顧問(新設)=スティーブン・バノン……大統領選挙中のトランプ陣営の選挙対策本部最高責任者。ゴールドマン・サックスに勤務した経験があり、退職後に保守系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」を立ち上げている。「白人至上主義」「反ユダヤ主義」「新ナチズム主義」といった過激な極右サイトで、共和党内の主流派を厳しく批判していた極右。「ティーパーティー」とのパイプ役となる。
●大統領首席補佐官=ラインス・プリーバス……共和党全国委員長で党の主流派だが、妊娠中絶や同性結婚に反対する超保守派。共和党主流派を取り込む狙いがある。上級顧問のバノン氏と同等のパートナーと言われているが、トランプ氏はバノン氏を上に考えていると言われる。
●司法長官=ジェフ・セッションズ……上院議員、共和党最右派のひとりで、不法移民排斥を主張し、「KKK(クー・クラック・クラン、白人至上主義者の団体)に共感する」と発言し、後で否定したものの、トランプ政権の移民排斥の中心的な存在になると思われている。
<軍人系>
イスラムに対して強硬な姿勢をとり続けてきたトランプ氏にとって、実際の政権でもイスラムに対して厳しい姿勢を見せる必要がある。国家安全保障という点で、反イスラム、反イランといった人間を集約させた。実際に、どんな対応をするのかが注目される。
●CIA(中央情報局)長官=マイク・ポンペオ……共和党下院議員。イランの核開発を制限する「6カ国核合意文書」に強硬に反対。その他、中絶と同性愛にも反対する。
●国家安全保障補佐官=マイケル・フリン……イスラムに対して超タカ派の人物。米国の外交アドバイザー。
●国防長官=ジェームズ・マティス……元海兵隊中央軍司令官、狂犬の異名を持つ対イラン強硬派。軍隊を退いてから7年間は国防長官になれない、という法律に抵触する恐れがあるが、閣僚人事を承認する議会の出方が注目される。
<規制緩和派、大富豪>
トランプ政権は、大幅な法人税、所得税の引き下げを公約している。その反面で10年で1兆ドルのインフラ整備を宣言しているが、その資金調達は民間から調達するとしている。大富豪が多い政権では、増税するはずもなく、アイデアでインフラ整備をしてくれるのではないかという期待から、大富豪を揃えたようだ。
●財務長官=スティーブン・ムニューチン…投資銀行ゴールドマン・サックス退職後にヘッジファンドを立ち上げる。選挙でトランプ陣営の財務責任者を担当。総資産額は4000万ドルと報道されている。民主党政権の金融政権ドッド・フランク法に反対している。
●商務長官=ウィルバー・ロス……WLロス・アンド・カンパニー会長。相手企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に資金を調達するレバレッジド・バイアウトに特化した企業買収が得意。業績不振の企業を買い取って、ばらばらに分解して売却する手法。資産は25億ドルとも言われる。
●国務長官=レックス・ティラーソン……石油大手エクソンモービルCEO、プーチン・ロシア大統領と親密。日本の外務大臣に相当。ロシアとの関係修復を狙う。
●環境保護局長官=スコット・プルイット……地球温暖化対策の規制に反対する元オクラホマ州司法長官。パリ協定離脱を打ち出しているトランプ政権にとって、地球温暖化対策は大きく後退することになる。
●教育長官=ベッツィー・デボス……中西部ミシガン州の教育活動家だが、夫は直販大手アムウェイ創業者の息子、デボス家の資産は51億ドルとも言われる。トランプ政権の公約のひとつに「教育改革」がある。
<バランス派>
白人至上主義、保護貿易、環境問題軽視といった批判を受けているが、閣僚人事は議会(上院)の承認が必要であり、共和党の支持が得られないと閣僚人事が承認されない。そのために、バランスをとったと思われるのがこの人事だ。
●国連大使=ニッキー・ヘイリー……南部サウスカロライナ州の女性知事、インド系アメリカ人。
●運輸長官=イレイン・チャオ……台湾出身で、ブッシュ政権時代の労働長官、夫はミッチ・マコネル上院内総務。父親は海運会社経営。
●住宅開発省長官=ベン・カーソン……大統領選で共和党の候補指名を争った元神経外科医。トランプ政権初の黒人閣僚になる。
==トランプの政策は「ニューディール」+「レーガノミクス」?==
トランプ政権の経済政策を分析すると、過去実施された政策をいくつかミックスさせた複合的な政策といっていい。簡単に紹介すると、1930年代にとった「ニューディール政策」と1981年からスタートしたレーガン大統領の「レーガノミクス」をピックアップしたものと言える。しかし、それらに加えて、これまでの経済成長を支えて来たともいえる「グローバリズム」を真っ向から否定する「保護貿易主義」を前面に打ち出している。
トランプ政権の経済政策がどんな方向に進むのか、政権誕生まであとわずかだが、いまだに不透明な部分は多いものの、過去の歴史からある程度の可能性は読み解くことができる。それぞれの項目別に、どんな事態になるのかを推測してみよう。
<レーガノミクス的な政策>
レーガン政権は、大幅減税と規制緩和による景気拡大を目指した。意図的にドル高政策をとることでインフレを抑えようとしたが、結果的にドル高が重しとなって景気回復は一時的なものになった。さらに、社会福祉費などを縮小することで小さな政府を目指したものの、強い米国を標榜していたために軍事費を大きく増加させた。その結果、貿易赤字と財政赤字によって「双子の赤字」を作ってしまい、最終的には1985年の「プラザ合意」によってG5(先進5か国蔵相会)が集まって、意図的にドル安に誘導。日本円は1ドル=250円前後から120円程度にまで一気に円高が進む結果となった。
現在、トランプ政権は金融やエネルギー開発の分野で規制緩和の実施を予定しており、さらにインフラ整備も10年で1兆ドルを調達すると宣言している。民間資金を活用すると言っていたものの、最近になって政府の資金も投入する可能性を示している。さらに、軍事費もこれまで設けられていた「上限」を撤廃すると宣言している。レーガノミクスとかなりの部分でダブる面があり、為替市場でトランプ大統領が決まった瞬間からドルが買われたのも、大型減税、設備投資、規制緩和といったレーガノミクスを連想させる部分があったからと考えられる。言い換えれば、レーガノミクス同様に、トランプ政権の経済政策はいずれは財政赤字を拡大させ、ドル高による貿易不振から貿易赤字を拡大させるシナリオが考えられる。
<ニューディール政策>
1929年の大恐慌以来、なかなか米国は景気回復ができなかったと言われているが、それを救ったのがニューディール政策と言われる。政府が積極的に財政出動して、公共事業を展開することで景気回復を果たそうという考え方だ。しかしながら、ニューディール政策は結果的には成功していない。株価暴落などの影響で、米国経済は底なし沼のような景気低迷に入っていくわけだが、ニューディール政策が始まって4年後の1937年ごろが、実は1930年代の中で最も不況が深刻な時期だったとされている。
問題は、トランプ氏もインフラ投資によって、公共施設や道路、橋を建設しなおすとしており、ニューディール政策に似たようなスタンスを取ろうとしている。税金を使った公共事業になるのか、あるいは民間資金を使ったインフラ投資になるのかはわからないが、最近になってトランプ氏は税金も投入することをにおわせている。
前述したように、ニューディール政策は結果的に景気の回復には至らなかった。日本もバブル崩壊して以来、数多くの政権が公共事業の大盤振る舞いをして景気回復を図ったが、アベノミクスを含めて現在も景気回復には至っていない。つまり、トランプ政権がインフラ整備をやっても雇用はある程度確保できるものの、米国経済の復活には役立たないということだ。むしろ、心配なのは財政赤字がさらに増えることで、再び米国の財政赤字が増加することだ。
<保護貿易>
トランプ政権で最も心配なのが、この保護貿易主義だ。メキシコからの輸入品に35%の関税をかけると言ったかと思えば、日本車には38%の関税をかけると発言している。資本主義の歴史の中で、保護主義は極めて大きな汚点を残しており、保護貿易主義の行く末は「報復関税」があり、輸出先を求めて「植民地政策」が取られるパターンが繰り返された。
特定の国に対して保護貿易を実行すると、当然「報復関税」を実行され、輸出先が減少する。国内の製品が余剰となり、輸出先を求めて、2国間で特定の自由貿易協定を結ぶことになる。第2次世界大戦では、それが結果的にドイツのヒットラーを生み、イタリアのムッソリーニを増長させた。日本は中国を求めて対中戦争に入り、結果的に第2次世界大戦にまでつながってしまった。
矛盾した経済政策の末路は双子の赤字を生み、最悪のシナリオでは戦争を引き起こす。トランプ政権は、退役軍人の熱狂的な指示で成立した政権であり、政権のメンバーにも退役軍人が数多く含まれている。戦争をビジネスの一環として考える人間で構成されているから、自国が戦場にならない程度にまた始めることになる可能性が高い。
レーガノミクス+保護貿易の悪夢が再び世界を襲う
レーガノミクスは、「歳出削減」「大幅減税」「規制緩和」「安定的な金融政策」を4本の柱とする経済政策を実行して、スタグフレーションに陥っていた米国経済を立て直そうとした。歳出削減と大幅減税という「小さな政府」を目指しながら、金融引き締め=高金利政策をとって過度な「ドル高」を招き、結果的には巨額の財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」を抱え込むことになってしまった。積極財政と金融引き締めという政策の組み合わせ(ポリシーミックス)が失敗して、結果的にG5(先進5カ国蔵相会議)による「プラザ合意」によってドル安を演出して米国経済を「救済」したわけだ。
今回のトランプも、「大幅減税」「金融規制緩和」という小さな政府を目指しながらも、「インフラ投資拡大」「軍備拡大」という需要刺激策を採用している。レーガノミクス同様に、ドル高、貿易赤字の悪化という結果になるのかどうかはわからないが、トランプの狙い通りに米国景気が回復するとは到底思えない。一転してドル安政策に転換する可能性も高い。
最悪なのが雇用確保や貿易不均衡是正、アメリカファースト実現のために「保護貿易」に移行する姿勢を示していることだ。加えて、地球温暖化を無視して環境対策も大きく後退させるつもりだ。民主党の大統領候補アル・ゴアに勝ったジョージ・W・ブッシュ大統領が、京都議定書から脱退したことで、世界規模の環境対策は大きく後退したが、同じ間違いをトランプ大統領は繰り返得そうとしている。
トランプ政権には、大きなリスクと矛盾そして歴史に学ばない愚かさが混在している。
<参考資料>
「トランプ政権でこうなる!日本経済(岩崎博充著、あさ出版)