メタが「トランプ復活」を決定、その背後で敷かれる「トランプシフト」とは?
事件から2年、メタはトランプ氏のアカウントを復活させる――。
メタは1月25日、米連邦議会議事堂乱入事件をめぐって停止していたドナルド・トランプ前米大統領のアカウントを復活する、と表明した。
5人の死者、約140人のけが人を出し、900人以上が刑事訴追された2021年1月の議事堂乱入事件から2年。
「公共の安全へのリスクは低減した」としてアカウント復活を公表した。
議事堂乱入事件を後押ししたのは、2020年米大統領選をめぐって、トランプ氏らが「不正選挙」との根拠のない主張を繰り返したことだった。
同様の政府中枢への乱入事件は今月、ブラジルの大統領選をめぐっても起きている。
メタによる今回のアカウント復活に際しては、再発防止に向けて幾重もの「トランプシフト」が敷かれている。
すでにツイッターのアカウントも復活しており、米国史上空前の事件をめぐる現職大統領のアカウント停止という事態は、2024年米大統領選に向けて新たな局面を迎えた。
●「リスクは低減した」
メタの国際問題担当プレジデント、ニック・クレッグ氏は1月25日、同社の公式ブログの声明でそう述べている。
クレッグ氏はこう続けている。
アカウント復活に際して、クレッグ氏が「新たなガードレール」としているのが、同日公表された「社会不安の時期における公人・著名人のアカウントの制限」だ。
対象となるのは州・国家レベルの公人やフォロワー数100万人以上のインフルエンサーだ。
フェイスブックのフォロワー数3,451万人、インスタグラムのフォロワー数2,338万人で、2024年米大統領選への出馬表明もしているトランプ氏は、まさにその対象だ。
この規定では、議事堂乱入事件に類するような状況の際に、影響力の大きい公人・著名人が利用規約違反をした場合に、1日から30日の範囲で投稿やコメントの投稿といったコンテンツ作成を制限。過去の違反履歴なども考慮され、暴力的な事態が進行中の場合には、適用期間は1カ月から2年の範囲になるという。
さらに、制限終了後にアカウントが復活した公人・著名人が、改めて重大な違反を行った場合には、アカウントの永久停止措置もあるという。
「アカウントが復活した公人・著名人」とは、まさにトランプ氏に照準が当たった規制だ。
さらにクレッグ氏が挙げるのが、「危機ポリシープロトコル」だ。2022年8月に表明していたもので、やはり議事堂乱入事件のような危機的な非常時における迅速な対応手順を取り決めたもののようだ。
アカウント復帰後のトランプ氏に向けて、幾重もの防護柵「トランプシフト」を設けている、ということだ。
メタの諮問機関「監督委員会」は、同社の発表を受けて声明を発表。「メタは、違反の重大性に応じた、必要かつ適切な罰則の適用において大きな進歩を遂げた」としながら、実施に際しては透明性の確保を求めている。
BBCなどによると、トランプ氏はメタのアカウント復活の表明を受けて、自ら開設したソーシャルメディア「トゥルースソーシャル」に、「このようなことは、現職大統領や、処罰されるべきでないあらゆる人々にとって、二度と起こしてはならない!」と投稿しているという。
ただ、トランプ氏がフェイスブック、インスタグラムでの投稿を再開するかどうかについては、まだ明らかにされていないようだ。
●「2年ルール」での評価
フェイスブックがトランプ氏のアカウントを停止した2年前。
同社は議事堂乱入事件当日の2021年1月6日、「暴力のリスクを後押しする」としてトランプ氏が投稿した動画を削除するとともに、まず24時間のアカウント停止を表明した。
さらにCEOのマーク・ザッカーバーグ氏が翌7日、トランプ氏のサービス利用を認めることは「リスクが高すぎる」として、フェイスブックとインスタグラムのアカウントの無期限停止を表明した。
「不正選挙」を主張するトランプ氏支持者らによる2021年1月6日の米連邦議会議事堂乱入は、5人の死者を出し、900人以上を訴追、なお多数の容疑者の行方を追っている米国史上空前の事件だ。
ツイッターもこれに続いて1月8日、トランプ氏のアカウントを永久停止した。
しかし、これらのアカウント停止措置については、当時のアンゲラ・メルケル独首相らが「表現の自由」の観点から問題視し、波紋を広げた。
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
このためトランプ氏のアカウント停止から2週間後の1月21日、フェイスブックは諮問機関である「監督委員会」に、この判断の妥当性を諮問した。
監督委員会は同年5月5日、アカウント停止の判断は妥当としながら、「無期限」としたことをについて「中途半端で基準のない処罰」と指摘。ルール整備と、それに基づく期限の再検討を求めた。
※参照:トランプ氏停止は支持、だがFacebookは無責任と「最高裁」が言う(05/06/2021 新聞紙学的)
その結果、フェイスブックは6月4日、アカウント停止期間を最長2年とする新たな罰則規定を制定した上で、トランプ氏についてはその2年間の停止処分とした。
さらに、処分期間が終了した時点で改めて公共の安全へのリスクを評価し、停止期間の延長の有無を判断する、としていた。
※参照:Facebookがトランプ氏に「2年ルール」を適用し、政治家の特別扱いをやめたわけ(06/06/2021 新聞紙学的)
そして今回の決定となった。
●ツイッターでのアカウント復活
一方のツイッターでは、2022年10月末に買収を完了させたイーロン・マスク氏が、トランプ氏のアカウント復活について、ユーザーに対するツイッターアンケートを実施。
その結果を根拠として、停止から680日後の11月19日にトランプ氏のアカウントを復活させた。
だが、トランプ氏は自ら開設したソーシャルメディア「トゥルースソーシャル」を使い続けると表明。アカウント復活後も新たな投稿はしていない。
※680日ぶりのトランプ氏Twitter復活、広告主・社員の離反で「イーロン・リスク」の行方は?(11/20/2022 新聞紙学的)
議事堂乱入事件をめぐっては、このほかにユーチューブが事件から6日後の2021年1月12日に、トランプ氏のアカウント停止を表明している。
ワシントン・ポストによれば、ユーチューブは、トランプ氏のアカウントの取り扱いについて、コメントは出していないようだ。
●ブラジル議会襲撃事件、米司法省は特別検察官
議事堂乱入事件を思い起こさせるような事件が、2023年に入って早々に、ブラジルで起きた。
ブラジルのケースも、2022年10月の大統領選で敗れた前大統領、ジャイール・ボルソナーロ氏が「不正選挙」を主張。2023年1月8日に数千人に上るボルソナーロ氏の支持者らが連邦議会、大統領府、最高裁判所を次々に襲撃した。
※参考:「ブラジル議会襲撃」フェイクが後押しする暴力の背景とは?(01/09/2023 新聞紙学的)
メタの発表を受けて、乱入事件をめぐるトランプ氏への責任追及の急先鋒であり、後述の下院特別委員会のメンバーでもある民主党のアダム・シフ氏は、ツイッターに「@フェイスブックは屈服し、さらなる危害を及ぼすプラットフォームを、彼(トランプ氏)に与えた」と投稿した。
トランプ氏は2022年11月15日、2024年の米大統領選出馬を表明。司法省はその3日後の11月18日、議事堂乱入事件、機密文書持ち出し疑惑についてのトランプ氏をめぐる捜査を担当する特別検察官として、コソボ紛争の戦争犯罪を裁くオランダ・ハーグの特別法廷首席検察官を務めたジャック・スミス氏を任命している。
さらに議事堂乱入事件を調査してきた米下院特別委員会は12月19日、司法省にトランプ氏訴追を勧告することを全会一致で決議している。
ここにも「トランプシフト」がある。
(※2023年1月9日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)