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「社会の分断」を増幅するのはSNSかテレビか?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
By Kevin Dooley (CC BY 2.0)

「社会の分断」を増幅しているのはソーシャルメディアか、テレビか。そんな議論が改めて浮上している。

フェイクニュースの拡散が続いた波乱の米大統領選をきっかけに、社会の分断の深刻さと、メディア環境のかかわりがクローズアップされてきたためだ。

前回の米大統領選では、社会の分断を狙ったフェイクニュースが氾濫し、背後にロシアの介入も指摘された。社会の分断とフェイクニュース拡散は、表裏一体の関係にある。

今回の大統領選でも、両氏とも得票数7,000万票を超すその結果が、なお深刻な社会の分断ぶりを示す。

分断を増幅する要因の一つとしてあげられてきたのが、フェイクニュース拡散の舞台となったソーシャルメディアだった。

だが一方では、この分断へのソーシャルメディアの影響を限定的とする研究もある。代わりに指摘されるのは、ソーシャルメディアをあまり使わない高齢層に届く、テレビの影響だ。

ただ、そのテレビもまた、ソーシャルメディアの影響を受ける。そんなメディア生態系の中で、米国社会の分断は着実に進んでいる。

●互いに嫌悪する

最近、出版した調査の中で、米国が他の西側諸国と比べ、「感情的分極化」の度合いが極端に高いわけではないことがわかった。しかし、過去25年にわたり、米国人が対立する党派を嫌悪する度合いが、大半の脱工業化の民主主義国家と比べて、急速に悪化していることも明らかになった。

カリフォルニア大学デービス校教授のジェームズ・アダムズ氏らは、米大統領選におけるバイデン氏優勢が報じられた11月6日、ワシントン・ポストへの寄稿でこう述べている。

アダムズ氏らは、有権者に10段階評価で支持党派への好意の度合いと対立党派への嫌悪の度合いを尋ねたデータを基に、その評価の差から、政治的な立場の違いによる感情的な隔たりを探っている。

同月公開した研究結果の中で、アダムズ氏らは、米国を含む西側民主主義諸国20カ国を対象に、この「感情的分極化」について過去20年分のデータを分析した。

20年間の国ごとの平均で見ると、「分極化」が最も大きかったのはスペイン。これにギリシャ、ポルトガル、英国などが続く。分極化が最も小さかったのはオランダ。

そして米国は20カ国中で8番目。分極化の度合いでは、中ほど、といった順位だ。

しかし時間軸で見ると、米国はポルトガル、ギリシャなどとともに、拡大の傾向を示していた。逆にカナダやドイツなど多くの国々は、「分極化」は縮小もしくは現状維持だった。

米国、ポルトガルなどでは、対立党派への嫌悪の度合いの増加が、「分極化」をけん引していた。

しばしば深刻さが伝えられる米国の分断は、20年間の平均で見れば突出したものとはいえない。

しかし米国の分断、中でも対立党派への憎悪は、着実に年々悪化を続けており、西側民主主義国の中でも目立った動きであるということだ。

アダムズ氏らは、米国の「分極化」の主な要因として、人種・宗教などの問題、経済格差、選挙区制度(小選挙区制)を指摘している。

●ソーシャルメディアの影響

同様の傾向はスタンフォード大学教授のマシュー・ジェンツコウ氏らが1月にまとめた、全米経済研究所(NBER)の調査報告書の中でも指摘されている。

ジェンツコウ氏らの調査では、米国を含む9カ国の過去40年間のデータから、各国の「感情的分極化」を分析した。

それによると、オーストラリア、イギリス、ノルウェー、スウェーデン、ドイツの5カ国では「感情的分極化」は縮小。

これに対し、米国、カナダ、ニュージーランド、スイスでは「感情的分極化」が拡大していた。中でも、最も拡大の度合いが大きかったのが米国だった。

ジェンツコウ氏らは、この「感情的分極化」の傾向への、インターネットの影響を検討している。

そして、2000年以降に各国ともブロードバンドが普及したにもかかわらず、「感情的分極化」は拡大と縮小で違いが出ており、説明がつかない、と述べている。

ジェンツコウ氏らはこれに先立つ2017年の研究でも、「分極化」へのインターネット、ソーシャルメディアの影響を調べている。

その中では、米国における分極化は65歳以上に顕著で、インターネットやソーシャルメディアを使用する可能性が最も低い年齢層だと指摘。「分極化」の拡大に対するインターネット、ソーシャルメディアの役割は限定的である、との可能性を示していた。

●フィルターバブル改善の“落とし穴”

「分極化」増幅の要因の一つとされてきたのが、ソーシャルメディアのアルゴリズムによってユーザーの趣味嗜好に合うコンテンツばかりが表示される情報のタコツボ化「フィルターバブル」だ。

その対処策として、ユーザーの好みから外れるコンテンツを織り交ぜるなどのアルゴリズム改修なども議論されてきた。

ウォールストリート・ジャーナルのコラムニスト、クリストファー・ミムズ氏は2020年10月19日付の記事の中で、この「フィルターバブル」への対処に“落とし穴”がある、指摘する。

「フィルターバブル」への対処が、逆に「分極化」を拡大させてしまっている可能性だ。

ブラウン大学教授のクリストファー・ベイル氏らは2018年の研究で、米国の民主・共和両党の支持者に1カ月間、対立党派の政治家・オピニオンリーダーのツイートをリツイートするボットをフォローしてもらった。

するとリベラルな意見に接した共和党支持者は保守的な姿勢がより強固になり、保守的な意見に接した民主党支持者もややリベラルな姿勢が強まっていた、という。

つまり、対立党派の意見に接することで、より柔軟な姿勢になるのではなく、逆に自分の考えを強める姿勢に傾いてしまった、ということだ。

●ケーブルテレビの影響力

前述のスタンフォード大学のジェンツコウ氏らの研究で、特に米国における「感情的分極化」拡大の要因としてあげているのが、党派性を持ったケーブルテレビの登場だ。

保守系のFOXニュース、リベラル系のMSNBCという、24時間放送のニュース専門ケーブルテレビが米国に登場したのが、いずれも1996年。

高齢層がより党派的ケーブルテレビに接触時間が長く、「感情的分極化」の影響を受けやすいとし、その存在が他国よりも米国の「感情的分極化」拡大を推し進めた大きな要因の一つではないか、とジェンツコウ氏らは見立てる。

ジェンツコウ氏とニューヨーク大学准教授、ハント・オルコット氏の2017年の研究では、フェイクニュースの氾濫が注目された2016年の米大統領選において、「最も重要な選挙ニュースの情報源」の調査に対し、トップにあげられたのはケーブルテレビの23.5%。次いでネットワークテレビの19.2%とローカルテレビの14.5%。テレビが大半を占めたのだ。

これに対して、ソーシャルメディアは13.8%。ジェンツコウ氏らは、その影響は限定的だった、と指摘している。

今回の調査では、「感情的分極化」が縮小傾向にあるドイツや英国などの5カ国は、財政面での公共放送への支援に積極的であることもわかっている、という。

そのテレビとソーシャルメディアもまた、密接にかかわっている。

ウォールストリート・ジャーナルのミムズ氏は、コラムの中でブラウン大学のベイル氏の見解を引きながら、「分極化」をめぐるソーシャルメディアやマスメディアの情報にはフィードバックループを形成しているとして、こう述べている。

フィードバックループの例は、ケーブルテレビのニュースの選択やその取り上げ方に、ソーシャルメディアが影響を与えていることだ。ニュースの主な情報源としてインターネットを使っていない米国の65歳以上の高齢層にも、ソーシャルメディアは間接的な「分極化」の影響を与えている。フィードバックループは、それを解き明かすことになるかもしれない。

党派的なケーブルテレビとソーシャルメディア。これらのメディア生態系のフィードバックループが、社会の分断に少なからぬ影響を与えている、とはいえそうだ。

●フィードバックループの制御

このフィードバックループは制御できるのか。現状では「分極化」を増幅する情報の氾濫に対処できる“狼男を倒す銀の弾”は見つかっていない。

メディア生態系のフィードバックループにおけるそれぞれのポイントで、着実な対策を取っていく必要がある。

その際には、情報のスピードに「減速」を組み込み、それぞれが情報の真偽を見極める時間を確保することが、一つのカギになる。

※参照:FacebookとTwitterがSNSをあえて「遅く」する(11/08/2020 新聞紙学的

これは、ソーシャルメディア、マスメディアを含めた、それぞれのプレイヤーが継続的に考えていくべきことだ。

そして、ユーザーができることは。まず深呼吸をして、冷静さを取り戻すことだろう。

(※2020年11月15日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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