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なぜすい臓がんの治療は難しいのか? 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
すい臓がんの手術は、最も難しい手術の一つです(写真:アフロ)

 星野仙一さんが4日に亡くなったと報道がありました。70歳で、死因はすい臓がんとのことでした。

 この記事では、すい臓がんの特徴やその治療の難しさについて、医師の視点から解説します。内容には厳しい話も含まれますので、すい臓がんで治療中の方やそのご家族などで、詳細な情報を知りたくない方は読まないことをお勧めします。

すい臓がんの治療は難しい?

 タイトルにも書きましたが、「すい臓がんの治療は難しい」という事実は医師のあいだではよく知られています。

データで見ても、他のがんと比べてすい臓がん患者さんの生存率はかなり低くなっています。

がん種類別の5年相対生存率(筆者作成)
がん種類別の5年相対生存率(筆者作成)

赤く丸をつけたのがすい臓がんです。他のがんと比べても飛び抜けて悪いのがわかります。

ステージごとの詳細を知りたい方はこちらのページ(がん情報サービス 膵臓がん)をご覧ください。

 さて、「治療は難しい」とはどういうことでしょうか。

 具体的には、「早期に発見することが難しく、治療があまり効かず、治療後も再発が多い」という意味です。これは、胃がんや大腸がんなど他の消化器のがんと比較した場合です。

 以下、解説します。

早期がんのうちに発見するのが難しい

 すい臓がんは、他のがんと比べて早期がんのうちに発見することがとても難しいがんです。それを説明するために、まずは一般的ながんの性質をお話せねばなりません。がんという病気は、その病気の進行が進んでしまうより前に見つけることがとても重要というタイプのものです。例外はありますが、がんの多くは「早く見つかれば治る可能性があるが、遅いとまず治らない」という性質があるのです。

例えば胃がんや大腸がんであれば、早期であればそのがんの部分を切り取れば根治することが多いのです。

 しかし、胃がんや大腸がんなどのがんと比べ、すい臓がんを早期に発見することはとても難しい。がんはどんな種類でも、その人が病院を受診して検査を受けなければ発見できません。しかし人が病院を受診するのは、基本的に「痛い」「苦しい」や「体重が減ってきた」「食欲がない」などの症状が出た時だけです。胃や大腸では早期でも「違和感がある」「痛みがある」として病院を受診する人がいます。しかしすい臓がんでは早期の段階で症状が出ることはまれです

 その理由を考えましょう。

 胃や大腸は、食べ物の通り道ですから色々なものが通ります。そうすると胃や大腸に何かできものができた時には、ものが通った時に引っかかったりこすれたりします。すると違和感や痛み、あるいはこすれて血がでるなどの症状が出現するのです。これを自覚した人の中には「どうもおかしい、病院へ行こう」と考える人もいます。しかし、すい臓という臓器は食べ物の通り道ではなく、消化液やホルモンを出している臓器です。そういう役割なので、すい臓にがんが出来ても小さいうちはすぐに持ち主が自覚する症状が出ることはほとんどないのです。あっても急に糖尿病になる程度です。

 さらに、胃がんや大腸がんでは検診があり、症状がない人でも「検診で検査したらたまたま大腸がんが早期のうちに見つかった」という幸運な人がいます。そういう人はがんを摘出してしまえば、治ることがほとんどです。

しかし、現段階で早期発見に有効なすい臓がんの検診はありません。

治療があまり効かない

 そして、すい臓がんというがんはあまり治療が効かない点が、他のがんと異なる点です。

がんの治療には一般的に、「手術」「抗がん剤」「放射線」の3つがあります。すい臓がんの治療は、まず「手術で取れるかどうか」を考えるところから始まります。がんの広がりはどうか、近くの重要な血管に食いついていないかというがんの状態以外にも、患者さんはその手術に耐えられるかという問題があります。

 すい臓がんの手術は消化器外科の手術の中で最難関と言われる「膵頭十二指腸切除術」(外科医はPDと呼びます)というもの(※1)で、すい臓の一部と十二指腸を切り取ります。PDは6時間以上かかることもザラで、最難関ですから外科医なら誰でもできるわけではありません。さらには最近胃がんや大腸がん手術で使われる「腹腔鏡(ふくくうきょう;小さい傷5-6個だけで手術をする方法)」での手術は難しいため普及していませんし、現時点では推奨されていません(※2)。

そして手術後に患者さんに残るダメージは小さくなく、入院期間が1ヶ月を超えることも珍しくありません。

 では手術で取れない人はどうするか。次に打つ手は、取れるか取れないか微妙な人の場合は抗がん剤と放射線による治療を行い、どう見ても取れそうにない人は抗がん剤で治療を行います(なお、この治療戦略は記事執筆時のものであり、今後変更される可能性があります)。

治療後も再発が多い

 手術で取れなかった患者さんは、抗がん剤による治療を行ってもがんが全身に広がっていきます。そして手術ができ、手術後に補助療法として抗がん剤を使った患者さんでも、丸2年くらいで再発してしまうのです。以前は1年ももたなかった(※3)ことを考えると、これでも少しは良くなっているのですが。

 以上をまとめると、すい臓がんは早期に発見せねばかなり厳しく、早期に発見できても治療が難しいがんであると言えます。がんというものは、種類によって大きく性質が異なります。放っておいても数年は命を取られないがんから、早期でもとてもタチの悪いものまでさまざまあるのです。

期待されるこれからの歩み

 見通しの暗い話ばかりしましたが、これから期待されることをあげましょう。

1, 新しい検診

 早期のすい臓がんが発見できるかもしれない検診の実験が、現在鹿児島県で行われています。これが実用化すれば、すい臓がんを早期に発見することができ、治療の成績は良くなると考えられます。2019年内には登録が終わる予定です。

2, 抗がん剤の進歩

 極めてゆっくりとした進歩だが、すい臓がんに対する抗がん剤治療は進んできました。例えば肝臓など他の臓器に転移しているすい臓がん患者さんの治療では、もともとゲムシタビンという薬だけでした。その後色々な研究が行われましたが、他のがんに効果を示す多くの薬は、すい臓がんには効かなかったのです。

 しかし現在では、選択肢は増えました。例えばFOLFIRINOX 療法という抗がん剤4種類を同時に使う治療は従来のゲムシタビンのみに比べて全生存期間を6.8カ月から11.1カ月へと改善しました(※4)。他にもゲムシタビン塩酸塩+ナブパクリタキセル併用、ゲムシタビン塩酸塩+エルロチニブ塩酸塩併用、といった新しいものもあります(※5)。

 今後、さらなる抗がん剤の進歩が期待されます。

※1 他に膵体尾部切除や膵全摘術もあります。

※2 膵癌治療ガイドラインには、腹腔鏡下手術についてこう記載されています。

「わが国では膵癌に対する腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術は保険診療では認められておらず,臨床試験以外では行わないことを推奨する。」

「わが国では膵癌に対する腹腔鏡下膵体尾部切除術は施設基準を満たす施設でのみ保険適用となったが,意義や安全性については今後の症例の蓄積が必要である。日本内視鏡外科学会,日本肝胆膵外科学会,膵臓内視鏡外科研究会の3学会が合同で運営する術前登録制度への前向き症例登録が強く求められている。」

(膵癌治療ガイドライン CQ RS 9 膵癌に対して腹腔鏡下手術の意義はあるか?)

※3 JASPAC 01試験結果のRFS中央値より、Gemcitabine群(以前)の11.3ヵ月 S-1群(現在の標準治療)22.9ヵ月を用いた。

※4 ACCORD11試験による。4剤は5-FU、オキサリプラチン、イリノテカン、レボホリナート

※5膵癌治療ガイドライン 「CQ 5-2-1遠隔転移を有する膵癌に対して推奨される一次化学療法は何か?」より引用

(記事中のグラフについて)

(全国がん罹患モニタリング集計 2006-2008年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター, 2016)独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書データよりグラフは筆者作成)

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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