名バイプレーヤー女優「江口のりこ」はこうして生まれた
「名バイプレーヤー女優」の条件
女優の樹木希林さんを初めて見たのは、森繁久彌主演『七人の孫』(TBS系、1964年)でした。当時の芸名は「悠木千帆」です。
役柄は大家族の「お手伝いさん」。時々、森繁ジイサンをやり込めたりする彼女が、主人公を“愛すべき人物”として際立たせていました。
70年代の『時間ですよ』(TBS系)や『寺内貫太郎一家』(同)でも、一癖も二癖もある脇役を演じ続けた希林さん。
長い芸歴の前半で、すでにテレビドラマの「名バイプレーヤー女優」だったことが分かります。
名バイプレーヤー女優に必要なのは、演技力だけではありません。自身を客観視し、全体を俯瞰(ふかん)する力です。
そのうえで、脇役への期待に応えつつ、期待以上の演技を披露してくれる。
では、現在の「ドラマ界」で、往時の希林さんに当たる女優は誰だろう。そう考えた時、真っ先に思い浮かぶのが、江口のりこさんです。
「江口のりこ」の出現
気になり始めたのは、オダギリジョー主演『時効警察』(テレビ朝日系、2006年)あたりでしょうか。時効管理課のサネイエ。画面の中にいるだけで笑えました。
少し経って、朝ドラ『マッサン』(NHK、14年)の主人公、亀山政春(玉山鉄二)が勤めていた酒造会社の事務員。
また、綾野剛主演『コウノドリ』(TBS系、15年)でのメディカル・ソーシャルワーカーも目が離せませんでした。
やがて、石原さとみ主演『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系、16年)で、強い印象を残すことになります。
出版社の校閲部で、ヒロインと机を並べる先輩、藤岩りおん。仕事は完璧ですが、超が付く堅物で融通が利きません。
若い女性社員たちは、陰で「鉄パン(鉄のパンツをはいていそうな女)」とからかっていました。
悦子(石原)はそれに怒り、校閲で得た知識を援用して彼女たちを撃退していきます。
江口さんは、ヒロインとは全く異なるタイプでありながら、まるで合わせ鏡のように機能して主役を輝かせ、同時に自身も輝いてみせました。名バイプレーイヤー女優の真骨頂です。
さらに、吉高由里子主演『わたし、定時で帰ります。』(TBS系、19年)で演じた、主人公が仕事帰りに立ち寄る「上海飯店」の店主も秀逸でした。
真似できない「怒りの表現」
そして、多部未華子主演『これは経費で落ちません!』(NHK、同)で完全にブレークします。
舞台は中堅のせっけん会社で、ヒロインの森若沙名子(多部)は経理部員。毎回、沙名子が何らかの不正や疑惑に気づくことで物語が動き出します。
中でも、小ズルイ社長秘書(ベッキー)と経理部の麻吹美華(江口)との、ハブとマングースのような壮絶バトルは見ものでした。
麻吹を動かしていたのは単なる正義感ではありません。「女性であること」を武器にして社内で優越的な地位に立ち、裏では不当な利益を得ている秘書への反発、いや強烈な怒りでした。
この「怒りの表現」こそ、主演女優たちも真似できない、江口さんの専売特許であり、名バイプレーイヤー女優の証左と言えるものです。
このドラマで確実に演技の幅を広げた江口さんは、日曜劇場『半沢直樹』(TBS系、20年)で、半沢直樹(堺雅人)と敵対する国土交通大臣、白井亜希子になります。
次の『俺の家の話』(TBS系、21年)で、主人公の観山寿一(長瀬智也)もタジタジの強烈な姉、舞(まい)。
さらに、『ドラゴン桜』(同)では舞台となる学園の理事長・龍野久美子といった具合に、重要な役を担い続けます。
主人公に直接、しかも深く関わること。そして物語自体を動かしていくこと。この2つが、名バイプレーヤー女優に託された使命です。江口さんは、その役割を十二分に果たしてきました。
「主演女優」の先へ
今年の4月、深夜の『ソロ活女子のススメ』(テレビ東京系)で、民放ドラマ初主演を果たした江口さん。
この秋は、『SUPER RICH(スーパーリッチ)』(木曜よる10時、フジテレビ系)で、ゴールデン・プライム帯の連ドラ初主演を務めています。
演じる人間にとって、主演はゴールや到達点というわけではありません。
しかし、座長としてドラマ全体を引っ張る経験は、名バイプレーイヤー女優「江口のりこ」の大きな財産となるに違いありません。