睡眠不足ドライバーは乗務禁止!わが子を亡くした遺族の「安全」への期待
4月20日、国土交通省は『睡眠不足に起因する事故の防止対策を強化します!』という報道資料を発表しました。
<バス・タクシー・トラック事業について、運転者の睡眠不足による事故の防止を一層推進するため、睡眠不足の乗務員を乗務させてはならないこと等を明確化し、点呼簿の記録事項として睡眠不足の状況を追加します。>
5月14日の『朝日新聞』にも、『睡眠不足は乗務禁止 トラックやバス、6月から義務化』(朝日新聞・2018.5.14)]という記事が大きく掲載されました。
職業ドライバーの過労問題は、これまでにもたびたび問題となり、睡眠不足による居眠り運転が重大事故をひき起こすこともありました。それだけに、今回の国交省の動きについては、「遅きに失した」という見方もありますが、運転に与える「睡眠不足」という危険性を、事業者とドライバーに周知させるという意味では、大変画期的だといえるでしょう。
息子の死を胸に、安全運行を願う母の思い
「今回のことをニュースで知り、とても意義のある取り組みだと思いました」
そう語るのは、北海道札幌市の佐藤京子さん(55)です。
「私の夫も事業用トラックの運転手をしています。夫が仕事に出るときには、しっかり睡眠はとれているか、疲れていないかと、いつも心配しながら見送っています。それだけに、今回、睡眠状態チェックが始まると聞き、本当にありがたいと思いました。職業ドライバーの中には、不規則なシフトの中で睡眠時間を十分に取れないままお仕事をしている方も多くおられます。もし無理をして事故を起こしてしまうと、大切な命が奪われてしまうかもしれません。ぜひ、そうなる前にできることをして、食い止めていただきたいのです」
実は、佐藤さんは息子を交通事故で失った遺族でもあります。
1994年、当時小学2年生だった博勇くん(7歳)が、運送会社のワゴン車にはねられたのです。
「事故は見通しの良いマンションの駐車場(私有地内)で起こりました。複数の子どもたちが駐車場にいたにもかかわらず、加害者の車はその場所を徐行せずに横切りました。衝突された息子は頭を強く打ち、脳幹を損傷してしまったのです。即死でした」
博勇くんをひいたドライバー(26)は逮捕されず、事故当日は佐藤さんの自宅にきました。しかし、その後は、お通夜にもお葬式にも姿は見せませんでした。
「おそらく自分のしたことが怖かったのでしょうね。それとも、事故はあくまでも仕事上の事故のこと、という甘い気持ちもあったかもしれません。その代わりに事業者の代表は何度もお参りに来てくださいましたが……」
私はこれまで、運送事業者の車にはねられた被害者やご遺族からたくさんのお話を伺いましたが、佐藤さんと同じく、加害者本人が不在の事故処理に納得できない思いをされている方も少なくありませんでした。
言い換えれば、業務中の事故は、万一のとき事業者が最後まで責任を負わなければならない、ということでもあります。つまり、運行前から、従業員であるドライバーの健康管理は不可欠だということです。
博勇くんをひいたドライバーの当時の健康状態や睡眠状態、仕事のシフトがどうだったのか、今となっては調べる術はありません。しかし、ドライバーとして当たり前の注意義務を果たしていれば、こうした事故は起こらなかったはずです。
あの日から24年の歳月が流れました。佐藤さんは現在、北海道交通事故被害者の会の会員として、同じ思いをした被害者や遺族に寄り添い、子どもを理不尽に奪われた人たちとともに闘っています。
しかし今でも、佐藤さん自身の悲しみが癒えることはありません。
今回、国交省が発表した具体的な取り組みは次の通りです。
[1]旅客自動車運送事業運輸規則及び貨物自動車運送事業輸送安全規則の一部改正
●事業者が乗務員を乗務させてはならない事由等として、睡眠不足を追加します。
●事業者が乗務員の乗務前等に行う点呼において、報告を求め、確認を行う事項として、睡眠不足により安全な運転をすることができないおそれの有無を追加します。
●運転者が遵守すべき事項として、睡眠不足により安全な運転をすることができない等のおそれがあるときは、その旨を事業者に申し出ることを追加します。
[2]「旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について」及び「貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用について」の一部改正
●点呼時の記録事項として、睡眠不足の状況を追加します。
もし、睡眠不足とわかっていながら乗務させた場合、違反した事業者には運行停止などの厳しい行政処分が下されるそうです。
佐藤さんは語ります。
「ドライバーが自己申告した睡眠時間やその質を事業者が客観的に見極めることは、アルコールの呼気検査と違って数値化できないので、とても難しいことだと思います。だからこそ、かたちだけでなく、チェックする事業者側にもしっかり勉強していただき、ぜひ真の安全につながるよう、うまく運用してもらいたいと思います」
6月から始まるこの取り組み、ぜひ事故抑止効果が現れてほしいものですが、佐藤さんが指摘するように、睡眠不足か否かを事業者が対面での確認だけで適切に判断するのはかなり難しいでしょう。
ドライバーの立場としても、申告しづらいケースがあると思いますが、睡眠不足が運転に与える影響は非常に深刻なものです。体調管理が上手くできていないと感じたときは、ぜひ勇気を出して伝えてください。
「睡眠不足時は乗務禁止」の先には、守らなければならない命がある---
そのことを事業者も肝に銘じ、ドライバーの状態を公平に、しかし厳しい視点で見極めていただきたいと思います。