草なぎ剛がフェデリコ・フェリーニの『道』で人間の真髄に迫る。
草なぎ剛が、フェデリコ・フェリーニ監督の『道』を舞台でやると知ったとき、すごいとこに挑むなあと思ったものだ。『道』は1950年代に制作された、巨匠・フェリーニの代表作のひとつで、普遍的な名画。「泣ける」を惹句にした映画が数ある中でこれこそ真の泣ける映画といっていい。シンプルな筋の中に人間の本質がみっちり詰まっている。
(以下、決定的なネタバレは控えていますが、完璧にまっさらな状態で公演をご覧になりたい方は、観劇後にお読みください)
音楽劇『道 La Strada』はさまよう人々の物語。大道芸人として生活の糧を得ている男・ザンパノは、ジェルソミーナという少女を身受けし、身の回りの世話や仕事の手伝いなどをさせる。ザンパノはほかの女性と遊びまわり、ジェルソミーナは勝手な彼に振り回されて疲弊していくが、ある日、綱渡りの曲芸師イル・マットと出会い、希望をもたらされる。ザンパノとイル・マットは仲が悪く、ジェルソミーナのささやかな幸福は長く続かない……。
サーカスで行われる愉快で華やかな芸と、場所を転々としながらお金を稼いでいくその日暮らしの人たち。愛を知らず、ジェルソミーナを雑に扱うザンパノ、懸命に尽くすジェルソミーナ、彼女に生きる意味を教えるイル・マット……彼らの姿に私達はたくさんのことを思う。
演出はデヴィッド・ルヴォー。イギリス出身で、日本でも80年代後半(初来日は88年だから平成の間ほぼずっと)優れた作品をたくさん演出してきた才人。海外では、オーランド・ブルーム、リーアム・ニーソン、ジェシカ・ラング、アントニオ・バンデラス、日本では中谷美紀、井上芳雄、堤真一、宮沢りえ、若村麻由美、内野聖陽、麻実れいなどの演出をして、絶大なる信頼を得ている。
すばらしい演出家の元で草なぎ剛が演じるのは、粗暴で酒浸りのザンパノ。あの、穏やかでやさしげなイメージの草なぎが……とも思うが、彼はテレビドラマ『任侠ヘルパー』『銭の戦争』『嘘の戦争』などで強面の役もやっていて、イメージが合わないわけではない。クラシックなフライトジャケットとかほんと似合うし、体のキレの良さが役に生きている。
そういえば、映画『クソ野郎と美しき世界』の『光へ、航る』でも粗野な役だった。体温の低そうな役と、あったかそうな役と、熱いマグマを常に噴き出している役とどんな体温の人間も演じられる俳優・草なぎにとって、『道』は新たな挑戦になったのではないか。これまで彼が演じてきた熱い男は何らかの信念をもっていたが、ザンパノにはそれがない。
冒頭、登場してくるザンパノは、力自慢の男なので、草なぎはタンクトップ一枚で、上腕筋を強調していた。
なにより驚いたのは声だ。腹から声を出していて常に吠えている印象。大きな劇場ということもあって、発声を変えているとも思えるし、見世物小屋で実物以上にすごく見せているという役的に、見た目も声も思いきりはったりを効かせようという狙いかもしれない。
いつもの声だと情がにじみ過ぎてしまうから、それを一切封印したようで、その思いきりが頼もしい。
パンフレットに、草なぎがザンパノに関して深く考察している。「実はとても小さな男」という言葉が印象的だった。
そう、ザンパノはいつでも自分を大きく見せようとしている。そうしないと生きていけないし、環境的にそれ以外のやり方も考えられないのだろう。だからジェルソミーナの献身にも応える術がない。でも、この作品は、こんな生きるのが上手じゃなくて悲しい目にあってしまう人たちを慈しむ。
大きな世界のなかで、ちっぽけで何者にもなれない人間はたくさんいる。ジェルソミーナも、ザンパノも。観客の私も。
草なぎ剛は、それでも懸命に生きている小さな人間の悲しみも愛おしさもその体に宿してみせた。
舞台の奥にも客席をつくって、サーカスのテント小屋のようになっていたり、ジェルソミーナだけに見えるクラウンが出てきたり、幻想的。生演奏も心地よい。
日生劇場は内装が凝っていて、貝が使用された壁面がゆるやかな曲線になって海底のようにも海岸のようにも見える。『道』は海辺が大事な場面として出てくるので、雰囲気もぴったり。
天井から下る小さな裸電球も儚い命の煌めきのようだ。ラストの仕掛もこれしかないというくらいハマっていた。
共演者も多彩。ジェルソミーナの無垢さを演じたのは、是枝裕和監督の『万引き家族』にも出ている蒔田彩珠、イル・マット役の海宝直人は劇団四季出身。『ライオンキング』初代ヤングシンバだった。ほかに2.5次元演劇で活躍する佐藤流司など。クラウン役(サーカス団員)の春海四方が軽やかに跳ねていて、さすが、一世風靡セピア!と注目してしまった。
音楽劇 道 La Strada
原作:フェデリコ・フェリーニ『道』より
脚本:ゲイブ・マッキンリー
演出:デヴィッド・ルヴォー
出演:草なぎ剛、蒔田彩珠、海宝直人ほか
企画、制作:梅田芸術劇場
2018年12月8日(土)〜28日(金) 日生劇場