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ライバルが組んで世界制した「ホキコバ」ペア、パリ五輪で「史上初」狙う

平野貴也スポーツライター
男子複の保木(左)/小林。パリ五輪で日本男子初の五輪メダルを狙う【筆者撮影】

 初物を狙い、目を光らせている。パリ五輪に初出場する男子ダブルスの保木卓朗/小林優吾(トナミ運輸)は、バドミントン日本男子初の五輪メダリストの座を狙っている。

 5月に行われた代表選手内定会見で、保木は「自分たちは(2021年に)世界選手権で(男子ダブルスにおける)日本史上初の金メダルを取った。(22年9月に)世界ランキング1位も取った。自信もある。史上初をもう1個増やせるように頑張りたい」と意気込みを語った。

 男子ダブルスは、勝敗の予想が難しい大混戦の種目。どの試合も難しいが、どの試合にも勝機はある。混戦を切り抜け、日本史上初となる男子種目の金メダルを狙う。

司令塔の保木、磨いてきた「3球目」で主導権つかむ

前衛を務める保木(右)は、サービスを打つ場面での低空戦を強化してきた【筆者撮影】
前衛を務める保木(右)は、サービスを打つ場面での低空戦を強化してきた【筆者撮影】

 2人が世界で台頭したのは、2021年シーズンだ。19年に世界選手権で銀メダルを獲得した実績はあったが、21年東京五輪後に上位2組が解散するまでは、日本の3番手だった。しかし、同年冬には、世界選手権で優勝。22年夏には世界ランク1位に到達するなど、一気に躍進した。

 制球力に優れる保木は、ネット前でプレーすることが多い前衛タイプ。近年は、特にサービスを打った後の3球目攻撃を強化。バドミントンは、下から上にサービスを打つ側が基本的に不利。サービスリターンの2球目で攻撃され、守勢に回ることが多い。強くて速い球が多い男子ダブルスでは、特にラリーの優位性を決める大きな要素で、これまでの日本選手は、サービスからすぐの展開で後手に回ることが多かった。

 しかし、保木は自身が打つサービスによって、相手の返球を予測し、素早い反応で3球目となるショットで攻撃し返すプレーを強化。サインによって、逆側をカバーする小林との連係も磨いてきた。どの試合で話を聞いても、課題は「サービス周りの強化」と一貫して言い続けた。

強打頼みから脱却した小林、戦い方の幅を広げる

左利きの小林は強打が武器の後衛だが、近年はプレーの幅を広げて多彩になっている【筆者撮影】
左利きの小林は強打が武器の後衛だが、近年はプレーの幅を広げて多彩になっている【筆者撮影】

 細かいプレーは、保木の出番。後衛から豪快にスマッシュを打ち込むのは、左利きの小林の役目だ。保木は、代表内定会見で「自分は大した球を持っていないので、世界一の小林のスマッシュを見てください」と相方を自慢した。

 ただし、年齢を重ねて強打一辺倒では通用しない。強打のキレが落ちるだけでなく、打ち続けると体力を大きく消耗する。小林は、レシーブ強化を筆頭に、少しずつプレーの幅を広げて来た。最近は、試合終盤に保木ではなく小林がネット前に出ていくプレーを仕掛けて揺さぶる場面もしばしば。

 かつては強打に頼るがゆえに負傷することも多かった。また、オールラウンダーの保木と比較して「自分には強打しかない」とマイナス思考に陥った時期もあったが、プレーの幅が広がり、以前よりもプレーのアイデアが湧くようになったという。

 最近では、小林の守備が安定してきたため、保木がアタッカーを務めることで、小林の負担を軽減する形も可能になった。ペアとしての戦い方が増えたのは、間違いなく小林のプレースタイルの変化が大きい。

 日本代表で2人を指導するタン・キムハーコーチは「男子ダブルスは上位が常に入れ替わっており、トップ8には平等にチャンスがあると思っている。五輪では何が起きてもおかしくない、自分のプレーを貫き、ポジティブでいることが大事だと言い続けている」と、進化を続けてきた2人が持つ大きな可能性に触れた。

保木「最初はライバルだと思っていた」

中学時代からチームメイトの2人は、大の仲良し。ケンカをした覚えはないという【筆者撮影】
中学時代からチームメイトの2人は、大の仲良し。ケンカをした覚えはないという【筆者撮影】

 互いに良さを認め、刺激を受けて自身を磨いてきた2人は、富岡第一中学校(福島県)時代からチームメイト。保木は「小学生時代は、1勝1敗。ライバルだと思っていた小林が中学の受験会場にいて、やばい、アイツもいるぞと思った」と同じ道を歩み始めた瞬間を振り返った。保木は山口県、小林は宮城県からの越境入学だった。特に仲良くなったのは、中学3年のとき、世代別代表に選ばれ、同じ学校の選手だからとペアを組んでからだ。当時、小林はシングルスがメインだったが、富岡高校1年時にU-17アジアユース選手権で優勝。高校2年から単複両種目に取り組む方針に変更し「ホキコバ」ペアは、本格始動した。

 保木は「小林は物静かで、組んだばかりの頃は何も言って来なかった。でも、当時から自然とローテーションができて、あうんの呼吸があった。小林のスマッシュは、才能。ペアを組んでみると、速いし、決まる。すごいなと思った」と相棒の第一印象を話した。

 保木のプレーを見てダブルスを学んでいったという小林も「オールラウンダーで、何でもできる。ほかの選手とも組んだけど、正直、保木と組んだら勝てるかもと思いました。保木はレシーブが上手くて、きれい。だから、自分がすぐに後衛に入れて動きやすかった」と、パートナーの持ち味を強く感じていた。だから、学生時代は保木のプレーを称賛する声を、同意する気持ちで聞いていたという。しかし、社会人になって思うように勝てなくなると「保木がすごい。小林は強打を打つだけ」という声が聞こえ、コンプレックスを感じたが、保木のプレーから学び続けた。

 その進化を見て来た保木は「互いの良さを知っていることは、自分たちの強さ。だから、自分が試合でどの役割をするか、自然と出て来る」と話し、連係の良さに自信を示した。互いを認める気持ちが強く、海外遠征でずっと一緒にいても、言い合いさえないという仲の良さは、間違いなく世界トップクラスだ。

異例措置の影響で5組の激戦区からスタート

バドミントン日本代表は、7月20日に出国した【筆者撮影】
バドミントン日本代表は、7月20日に出国した【筆者撮影】

 2人で進化を続け、21年の世界選手権優勝、22年の世界ランク1位と日本の男子ダブルス史に新たな歴史を築いてきた。初挑戦となる五輪でも、飛躍を狙う。しかし、異例措置の影響で想像していなかった厳しいスタートを強いられることになった。

 男子ダブルスのみ当初予定されていた組み合わせ抽選日に実施されなかったのは、五輪出場権争いの終盤、ポイント付与のミスが起きていたフランスのペアに追加出場の権利が与えられ、参加ペア数が16組から17組に変更されたためだ。4ペア4組の予定だったグループリーグは、1組だけ5ペアに増えた。保木/小林は、その組に入り、世界ランク2位でシードのデンマーク、中国の2番手ペア、東京五輪で金メダルの台湾ペアが同組。米国のペアを加えた5組で決勝トーナメントに進む上位2位を争うことになった。

 5ペアの組に入りたくないと思っていたと明かした小林だが「(年間成績上位者だけが出場してグループリーグと決勝トーナメントを行う)BWFワールドツアーファイナルズみたい。これだけ強い選手とたくさん試合をできるのは、逆に運がいいかもなと捉えるようになった」と気持ちを切り替えた。

 6月、タンコーチは、特にスピードとパワーが強い中国、韓国のペアへの対策を気にかけており「インドネシアやマレーシア、インドに比べると、中国、韓国は、フィジカル能力重視のパワーゲームが多く、彼らとの試合では、ファイナルゲームにもつれて敗れる確率が高い。相手も体力切れを狙って来る」と警戒心を強めていた。デンマークもどちらかと言えば、技術よりはパワーで押して来るイメージだ。

 厳しい組み合わせとなった。保木が磨いたサービス周りで主導権を握り、相手の長所を消しながら、小林の強打を炸裂させられるか。2人が磨いた連係が試される。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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