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いよいよ始まった福島第一原発事故の刑事裁判 予想される今後の展開は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ロイター/アフロ)

 東京電力福島第一原発事故から約6年3か月。いよいよ6月30日、東京地裁で東電旧経営陣の刑事責任を問う裁判が始まった。起訴に至るまでの経過を振り返るとともに、予想される今後の展開について触れてみたい。

検察の結論はあくまで不起訴

 2011年3月の事故後、2012年に被害住民らが事故当時の政府関係者や東電幹部らを次々と告訴・告発したことで、検察による捜査が始まった。

 大別すると、(1)地震や津波対策といった原発事故に対する事前の備えに関する問題と、(2)原子炉冷却など事故後の対応に関する問題とに分けることできた。

確かに「業務上過失致死傷罪」という罪名だけを見ると、本件も単なる刑事事件の一つだ。

 しかし、国が国是として推し進めてきた原発施策の当否という、国政の根幹部分に深く関わる複雑な事案にほかならない。

 とりわけ原発再稼働のタイミングを図る中では、検察としても、立件可否の判断に際し、証拠の内容や法令適用とは別次元の高度な政治的判断を迫られ、「及び腰」とならざるを得なかった。

 捜査の結果判明した事実を裁判の中で一つ一つ明らかにし、関係者の有罪立証を行うことになるが、その度に原発問題が否定的な方向でクローズアップされるであろうことは容易に想像がつくからだ。

 検察は「不偏不党」が建前だが、法務省の傘下にあり、司法のみならず行政にも軸足を置く組織である以上、政治情勢にも何かと配慮せざるを得ないというのが実情だ。

大所高所からの判断

 また、政府関係者も告訴・告発されるなど社会の注目を集める特異重大事件であり、一般の業務上過失致死傷事件とは異なり、東京地検から「三長官」、すなわち法務大臣、検事総長及び高検検事長に事件受理や処分状況など関して書面で報告を上げ、「お伺い」を立てなければならない事案だ。

 決裁ラインにも地検、高検、最高検の幹部が数多く関わり、法務省刑事局も法解釈や国会対応などの場面で深く関与する。こうなると、現場で関係者の取調べなどに当たってきた個々の捜査員の意向や見解などは意味をなさない。

 むしろ幹部らによって大所高所から下される検察組織としての判断に基づき、捜査が進められ、立件の可否が決せられることとなった。

 この点、検察幹部からは、告訴・告発後のかなり早い段階から「立件困難」といった本音が漏れ聞こえ、「是が非でも東電を挙げる」という強い意思など微塵も感じられない状況だった。

 こうした幹部の意向は現場にも影響を与え、結果として立件にマイナスとなる証拠の収集活動が中心となった。

マスコミ報道でガス抜き

 本件では、検察からマスコミに対して捜査態勢や取調べ状況、関係者の供述内容、立件に向けた難点などの情報が次々と漏らされ、果ては内部の決裁過程で打ち出された「不起訴見込み」という処分の方向性まで漏れて、これらが順次報道された。

 ガス抜き的にリークし、報道させ、「不起訴やむなし」との方向づけを行うとともに、捜査を尽くしたという印象付けを行うことで、不起訴処分の公表時に検察が受ける批判を最小限にとどめるためだ。

 真に起訴を目指すのであれば、捜査過程における情報漏れやマスコミの見切り報道を極力抑えるし、難点に関する情報など絶対に漏らさない。逆に、強制捜査着手ぎりぎりの段階で被疑者の悪質性などを一斉にリークして報道させることで、立件に向けた「追い風」を吹かせようとするはずだった。

 「不起訴」という結論ありきのマスコミ対応であることは明らかだった。

非常に難しい事件であることは確か

 ただ、業務上過失致死傷罪の立件に難があるのは確かだった。というのも、(1)原発の全電源喪失で原子炉冷却が不能となるほどの大規模津波を予見できていたことや、(2)その予見の程度に見合うだけの対策をとらなかったことを立証しなければならなかったからだ。

 しかし、「地震や津波があるかもしれない」といった抽象的な不安感では足らず、震災前の研究などを前提に、福島原発が現に受けた最高約15.5メートル規模の大津波やそれに伴う全電源喪失に対する具体的な予見可能性が求められた。

 東電は2008年に最高15.7メートルという想定津波を示していたが、三陸沖地震が発生した場合の最も厳しい試算であり、実際には来ないと考えていたというのが東電関係者の供述だった。

 この点は専門家の間でも見解が分かれるところであり、「疑わしきは罰せず」という大原則に基づく刑事裁判で絶対確実に有罪判決を得られるかというと、確かに難しい面があることは否定できなかった。

 2008年の試算を前提としても、2011年3月の事故に間に合い、かつ、これを確実に回避できるだけの防潮堤の設計や建築などが実際に可能だったのか、という問題も指摘されていた。

それでも起訴すべしとした検察審査会

 結局、検察は、2013年、告訴・告発されていた事故当時の政府関係者や東電幹部ら42名全員を不起訴とした。

 その後、事件は検察審査会に回され、市民の代表である11名の審査員によって不起訴の当否が審査されたが、2014年に勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長及び武黒一郎元副社長の3名について、「起訴相当」の結論が下された。

 再捜査の結果、東京地検が再び不起訴としたことから、改めて検察審査会の審査が行われたが、やはり2015年7月に「起訴相当」と判断された。

 こうして、裁判所が選任した指定弁護士が検察官役を務めることとなり、2016年2月に勝俣元会長ら3名が業務上過失致死傷罪で強制起訴されるに至ったというわけだ。

 その内容は、大津波を予測できたのに原発を稼働させ、東日本大震災発生に伴う事故を防げず、原子炉建屋の水素爆発で自衛官ら13名を負傷させ、長時間の避難を余儀なくされた入院患者ら44名を死亡させた、などというものだ。

全ての証拠をオープンに

 これにより、膨大な国費と人員を投じ、長い時間をかけて行われた検察捜査の結果が封印されず、日の目を見ることとなった。

 注目されるのは、検察官役の指定弁護士が刑事司法制度改革を先取りし、約4千点に上る全ての手持ち証拠の一覧表(リスト)を被告人側にオープンにし、個別の証拠の開示にも柔軟に応じた点だ。

 捜査の成果は「公共の財産」であり、プラス・マイナスを問わず訴追側が独占すべきものではないからだ。

 では、現実問題として、企業トップが負うべき結果責任や道義的責任、民事的責任を超え、旧経営陣に刑事責任を負わせることができるだろうか。

 裁判では東電の関係者や津波の専門家らが証人として出廷する予定だ。しかし、勝俣元会長らは過失を全面的に否認している上、先ほど挙げた事件そのものの難点もあり、実際には極めてハードルが高いと言わざるを得ない。

 検察審査会の起訴相当議決を経て起訴に至ったのは9件目だが、過失が問題となる事件で有罪となったケースは一例もない。

 最近でも、JR福知山線脱線事故に関し、最高裁が旧経営陣に対する無罪判決を支持し、6月12日に検察官役を務める指定弁護士の上告を棄却したばかりだ。

長く続く裁判

 確かに、強制起訴に至った事件はもともと証拠が乏しいものばかりだし、過失の有無や程度に関する判断も極めて難しい。しかし、そればかりでなく、たとえ検察審査会が結果の重大性などを踏まえて起訴相当の議決をしたとしても、過失犯は裁判員裁判の対象外だから、結局のところ有罪・無罪は裁判官だけで決められ、素朴な市民感情が裁判に反映されることなどない、という事情も挙げられよう。

 死刑か無期懲役かといった重い選択を迫るような事件ではなく、今回のようなケースこそ、市民が参加した裁判員裁判で裁かれるべきではないか、と言われるゆえんだ。

 ところで、この事件で検察官役を務める指定弁護士の一人に「もし無罪判決が下ったら、控訴をするのか」と聞いたことがある。数々の著名なえん罪主張事件に携わり、無罪判決に対して検察が控訴することに異議を唱えてきた刑事弁護のプロ中のプロだったからだ。

 その答えは、「やはり控訴せざるを得ないだろう」というものだった。立場が変われば、考えや行動も変わらざるを得ないのだと痛感した次第だ。

有罪・無罪いずれの結論であっても、一審で終わらず、長い裁判となるだろう。その中で新たな事実がどこまで明らかになるのか、注目される。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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