園子温監督のハリウッドデビュー作に抜擢の新人・中屋柚香「思春期に救われた監督の作品で悩めて最高です」
『愛のむきだし』、『冷たい熱帯魚』、『ヒミズ』など数々の話題作を送り出してきた園子温監督。ハリウッドデビュー作となる『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』が公開された。東洋が西洋に邂逅した世界観の中、日本人キャストに抜擢されてインパクトを残したのが新人の中屋柚香。もともと中学生の頃から、園作品に深く触れて影響を受けてきたという。その女優人生は映画さながら、運命的に始まった。
演技経験のない素人からオーディションに合格
目力の強さが印象的だが、話すと朗らかさがのぞく23歳の中屋柚香。中学生の頃から、頻繁にレンタル店に通っては映画のDVDを観ていたという。その中で、『紀子の食卓』をきっかけに園子温監督の作品に惹かれていく。
多摩美術大学の演劇舞踊コースに進学して、脚本の勉強に力を入れていたが、20歳のとき、園監督のNetflixオリジナル映画『愛なき森で叫べ』で、出演者を一般公募していることをSNSで知った。演技経験がなく、事務所にも入ってない「ド素人の小娘」としてオーディションを受ける。落ちたと思い「私の人生は終わった」と泣いていたが、合格の連絡が入った。
『愛なき森で叫べ』は7人が殺された北九州監禁殺人事件がモチーフで、中屋が演じたのは詐欺師の男に心を奪われ、家族の虐待に加わる役。狂気をはらみ、監禁した姉たちに冷酷な仕打ちをしたりと、初演技にしてハードな役どころだったが、園監督は「中屋柚香が一番良かった」と称賛した。
中学時代の自分に『紀子の食卓』がハマって
――中学生のとき、家出した女子高生が“レンタル家族”の仕事をしながら洗脳される『紀子の食卓』を観て、どう感じたんですか?
中屋 当時の私はド思春期だったんです。多感で尖っていて、家族のあり方についても考えていました。理想の家族像に迎合していくことへの違和感。みんなで仲良くしているけど、それぞれの役目を演じているだけなのではないか。そんな時期の自分に『紀子の食卓』ががっちりハマったんです。閉塞から解放されていく登場人物たちに救われた気持ちになって。「あなたはあなたの関係者ですか?」という言葉が何度も出てきて、影響を受けました。
――そんなことを考えている中学生だったんですね。
中屋 そうですね。「私って、どういう人間なんだろう? どんな人間だと見られているのかな?」とか、考えなくていいことをできるだけ考えていました。中学時代は本当に友だちがいなくて、友だちが欲しいとも思ってなくて。目立たない茶道部に入って、毎日ほぼしゃべらずに過ごしていました。たぶん自分のことで忙しかったんでしょうね。
園監督の映画はヌルさを一切許さないのが好き
――その後も園作品をいろいろ観て、どんなところに惹かれたんですか?
中屋 ヌルさを許さないところ、ですかね。愛の表現でも全力で究極。穏やかな“好き”みたいなヌルさを一切排除しているのが好きです。
――ショッキングな描写も含むR15の作品も少なからずあります。
中屋 『愛のむきだし』とか『冷たい熱帯魚』とか全部観ました。でも、私には『紀子の食卓』の衝撃が大きかったです。冒頭、紀子がお父さんに怒られながら、灰皿にたたんであったみかんの皮が開いていくのを「お花みたい」と見つめているシーンがあって。私も叱られている最中に、後ろの時計が気になったりするので、すごくわかりました。大人になったら忘れてしまうようなことを、園監督は乙女的な観点で描いていて、腑に落ちる感覚が大きかったです。
現場でウソの演技をすると全部バレました
――『愛なき森で叫べ』で演者として園組の現場に入って、ヌルさがない作品が生まれることへの納得感はありました?
中屋 園監督に対して、演技でウソはつけませんでした。気持ちがないまま台詞を言ったら、全部バレてしまう。だから、現場では誠実で正直にいようとしていました。たぶん世の中では当たりが柔らかい監督さんが多い中で、園監督は1シーンごとに役者1人1人に全力で向き合ってくださって。厳しくて「怖い、辛い」というのはありましたけど、指導に愛があるので、「もうイヤだ」と思うことは一度もなかったです。休憩のときは急にやさしくなって、「コーヒー飲むか?」と言ってくれたりもしました。
――それにしても、あの作品で演じたアミは、初演技でハードルが高くなかったですか?
中屋 自分をなくしてアミそのものになろうと思っていました。そしたら、撮影してないときも、アミなのか自分なのかわからなくなってしまって。家でも口が悪くなって、アミみたいに「てめえ」とか言ったらマズいので、必死で直しました(笑)。
――完成して配信されると、園監督は中屋さんの演技を絶賛するコメントを出していました。現場でも誉められていたんですか?
中屋 そんな記憶はないですね。自分でも撮影中に手応えは一切なかったです。だから、監督にあんなことを言ってもらえるとは、思いもしませんでした。
ハリウッド映画の現場は異世界のようで
園子温監督のハリウッドデビュー作となる『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』。マカロニウェスタン、チャンバラ、SFなどが融合し、どこともつかぬ世界が舞台になっている。投獄されていた銀行強盗のヒーロー(ニコラス・ケイジ)は、世界を牛耳るガバナー(ビル・モーズリー)から、逃げ出したお気に入りの女・バーニス(ソフィア・ブテラ)を連れ戻すことを条件に自由を与えられる。ただし、5日以内に連れ戻せなければ、ボディスーツに仕掛けられた爆弾が爆発する。中屋はガバナーがいつも傍らに侍らせるスージーを演じた。
――また園監督の作品に呼ばれることはあるにしても、次がいきなりハリウッド映画とは驚いたのでは?
中屋 実感が湧きませんでした。『愛なき森で叫べ』から1年も経ってない頃で、2作目でまさかハリウッドとは思ってなくて。
――自分でハリウッド映画やニコラス・ケイジの出演作は観ていたんですか?
中屋 よく観てました。ニコラス・ケイジでは『キック・アス』とか好きなんですけど、もう少し真面目な作品を挙げておいたほうがいいかな(笑)?
――『プリズナーズ~』は日本で撮影したそうですね。
中屋 滋賀と京都で撮りました。スタッフさんは外国人の方が半分弱いて、現場で英語が飛び交っていて。セットの不思議なきれいさも相まって、異世界に来たようでした。
――スージーたちがいるサムライタウンは、古都の茶屋街のようでもあり、都会のネオン街のようでもあり……。
中屋 近未来というか、ネオ京都みたいな感じでしたね。
子どもの無垢さを意識して演じました
――スージーも着物姿で台詞は全部英語でした。
中屋 着付けが趣味なので、着物は結構着ます。英語はしゃべれなかったので頑張りながら、発する言葉が日本語でないと、どんな感覚になるんだろうと思っていました。でも、私はあまり言葉でお芝居をしないんだなと。お芝居は気持ちでできることがわかりました。
――確かに、スージーは黙っていても、すごく存在感が漂っていました。園監督に求められたものはありました?
中屋 特に「こうしてほしい」とは言われませんでした。とりあえずやってみる感じで、体当たりでしたけど、私が意識したのは無垢さです。
――ストーリー紹介ではスージーは「少女のような」とされていますが、精神的には幼い子どものように見えました。無表情からの笑いとか叫びとか。
中屋 そうなんですよね。本当に子どもみたいで、人間として成長してない感じがして、つかみどころがない。普通の人間ではないのかもしれません。
――事前に参考のために何かを観たりは?
中屋 この作品の参考にできるものはなかったんです(笑)。台本を読んでも、スージーがどんな子なのか、すごく難しくて。自分なりに人物像を作っていきました。
――自分の中での裏設定的なことはありました?
中屋 とにかくバーニスが好き、という一点を軸に考えました。ガバナーに囚われていた中で、たぶん一番良くしてくれたのがバーニスで、スージーの生きるよすがだったのかなと。
ガトリングガンを撃つシーンは何回も撮りました
――演じるうえでの試行錯誤もありましたか?
中屋 たぶんしてましたけど、記憶がなくなってしまって(笑)。監督からもたくさん指導をいただいて、撮っているときはずっと大変でした。あと、寒かったです(笑)。撮影時期が冬で、私は着物で裸足に下駄だったので。
――なかなかOKが出ないシーンはありました?
中屋 あります。ガトリングガンをダダダダダッとブッ放すシーンは何回もやりました。ガトリングガンって触ったことがなかったので(笑)、難しくて。(坂口)拓さんにご指導いただいたんですけど、なかなかうまくいきませんでした。でも、あそこは華々しくて好きなシーンです。
――試写で自分で観たスージーはどう映りました?
中屋 ヤバさみたいなものを担っていたと思いますけど、そこはちゃんと成立していたかな。出てきた瞬間、心がザワザワするようなキャラクター作りは、できていたように思います。
役を引きずって自分をコントロールできなくなって
――撮影中、ニコラス・ケイジさんと話したりもしたんですか?
中屋 私はニコラス・ケイジさんとは仲が良い役柄でなくて、あまり話さなかったんですけど、バーニス役のソフィアさんとはちょっと話しました。私がお芝居をしているときに瞳孔が開いているのを「どうやっているの?」と聞かれて。自分で全然意識してなかったので、「開いていた?」という感じでしたけど、試写を観て「開いている!」とビックリしました(笑)。
――そこが目力の強さに繋がるんでしょうね。『愛なき森で叫べ』のときのように、撮ってないところでも役を引きずったりは?
中屋 結構長く引きずっていました。スージーを引きずると大変なんですよ(笑)。自分で自分をコントロールできない。イヤだと思ったら、本当にできなくなってしまう。外に出なきゃいけないのに「出たくないな」とか、子どもみたいになってしまって。思ったことを頭の中で考えるのでなく、ワッと口に出てしまったりもしました。
――それくらいスージー役に打ち込んでいたんでしょうけど。
中屋 クランクアップしてからも、心が忙しい感じが続いていたんです。しばらく喜怒哀楽がめまぐるしい感じがしました。
苦しまないと生きている実感がないので
――『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』について、自身の出演作でもありますが、園子温監督の作品を観続けてきた立場として、思うことはありました?
中屋 どこを取っても、画が本当にきれいなんです。園さんの「観ていてワクワクするものを作ろう」という想いが伝わる画作りで、本当に見とれてしまいました。すごく女性的な感じのきれいさなんですよね。それが感動的でした。
――内容も楽しめました?
中屋 試写で声を出して笑ってしまいました(笑)。「ニコラス・ケイジにこれをやらせる?」みたいな面白さがあって。でも、園さんが伝えたいメッセージ性もちゃんとあるんです。撮影したのがコロナ禍の直前で、編集の時点で園さんの思うことも変わったみたいで、囚われている感じが今の私たちの状況に当てはまるところがありました。観ていると笑ったり考えたり、忙しかったです。
――中屋さんは園子温監督の作品に触発されて、その園監督に女優として見出されて、申し子くらいの自負もありますか?
中屋 中学生の頃に出会って救われた身ではあるので、ガッカリされたくない気持ちは強いです。園さんと面白いものを作れたら、何も思い残すことはないくらいですけど、素敵な役をくださったことに応えられたのか、いまだに不安はあります。
――スージーは素敵な役ではあったと。
中屋 はい。演じ甲斐があって、たくさん悩めたので。悩むことができる役は最高です(笑)。台本を読んでからクランクアップまでいろいろ苦しみましたけど、それがないと生きている実感がないので。悩んだ甲斐があって、皆さんが面白がってくれたら一番です。
頭を使ったお芝居ができなくて夜は寝られなくて
――悩んでいたピークはどんな感じでした?
中屋 ホテルに帰っても、1人でずっと悩んでいて、寝られなくて。「どうしよう? 明日も早いのに……」ということもありました。
――演じ方について悩んでいて?
中屋 私は頭脳を使ったお芝居ができないんです。感じたままに演じるほうなので、逆に事前に考えなくていいことを考えてしまって、寝られなくなったんだと思います。
――演技プランを立てて「よし、これでいこう」とはならないだけに、悩みにキリがないんですね。
中屋 そうなんです。「この子はこんなことが悲しいから、こうすればいいんだ」というのがわかればいいんですけど、私には難しくて現場でやるしかないから、前の夜は怖いんです。
――でも、クランクアップしたときに達成感はあったのでは?
中屋 達成感より燃え尽き感がすごかったです。真っ白な灰になって「ああ、終わった……」とボーッとしちゃう感じでした。
家で面白い演技をマネしています
――最近は、自分ではどんな映画やドラマを観ていますか?
中屋 配信でドラマをよく観ていて、今は『フリーバッグ』にハマってます。奔放な女性が主人公のブラックコメディで、たまにカメラに向かって話し掛けてきて。その女性の口の悪さと面白い演技がクセになります。海外の方のお芝居は独特で、よくマネをしています。
――演技の勉強はマネから?
中屋 そうですね。私、『11人もいる!』というドラマもすごく好きで、台詞を書き起こして、友だちとずっとマネしています(笑)。
――宮藤官九郎さんの脚本で、10年前のドラマですよね。
中屋 私と友だちの間では、いまだにヒットなんです。「わかります。わかります。わかります。3回言った」みたいなくだりを、頻繁にやっています(笑)。
ボロボロになるのがカッコイイと思ったらダメだなと
――早々のハリウッドデビューから今後、女優としての活動がより本格化すると思いますが、磨いていきたいことはありますか?
中屋 生命力の強い俳優になりたいです。お芝居をしながら、毎日家に帰って、お風呂に入って、出たらお風呂を洗う。当たり前の生活もちゃんとしたい。お芝居でボロボロになりたくはないです。ちょっと前までは逆に、めちゃくちゃになっても構わないと思っていました。むしろ、傷ついてボロボロになったほうが俳優としてはカッコイイなと。そうしないと、いろいろな気持ちがわからない気がしていたんです。
――それはまた極端な……。
中屋 たぶん、中学生の頃をまだ引きずっていたんです。中2病がすごくて、「だってパンクロッカーは25歳で死ぬじゃん」みたいな。でも、最近「25歳で死ぬわけにはいかないな」と思うようになりました(笑)。
――そう思い直したきっかけがあったんですか?
中屋 『プリズナーズ~』を撮り終わったとき、燃え尽きて自暴自棄みたいになって。それを経て、やっぱりここで燃え尽きるわけにはいかないなと。いい芝居はいい生活と健康からだと思いました(笑)。
――家に帰っても役を引きずるようなことは、ないほうがいいかも?
中屋 そこは本当に直したいです。切り替えを早くしたい。そうしないと、より重い役が来たとき、ダメになってしまうので。
サウナでおばちゃんの話を聞くのが楽しくて
――今はオフは何をしているんですか?
中屋 できるだけ自然がある場所に散歩に行ったり、スマホを見ない時間を作っています。あと、サウナにハマってます! 『湯遊ワンダーランド』というマンガを読んでから、行くようになりました。サウナって、一緒に入っているおばちゃんが話し掛けてくれるんですよね。その話を聞くのがたまりません(笑)。ダンナさんが、子どもが……という話が面白くて。「そこまで行っちゃうんだ」と思ったことを「そんなのたいしたことないよ」と言われたりして、オーッとなります。
――それは演技にも活かせるかも?
中屋 そうなのかな。でも、ただ楽しいから行ってます。このご時世で、新しく出会う人って、そんなにいないんです。でも、サウナはちゃんとディスタンスを取って、感染対策もできているところで、何となく話し掛けてもらえる。不思議な空間ですよね。カフェとかだったら、他のお客さんと話さないのに、サウナは裸になっているからか、すごく話が弾むんです。
――そうした生活がありつつ、女優人生の明るい未来も見えていますか?
中屋 ありがたいお話をいただきましたけど、やっぱり実感はないですね。前回の『愛なき森で叫べ』で初めてお芝居をして、今回の『プリズナーズ~』でまだ2作目。手応えもありません。園監督も、私がたまたま役に合っていたから選んでくださったのかもしれなくて、自分の芝居に自信があるわけではないですから。
――でも、少ない経験値でこれだけ魅せられたら、伸びしろは計り知れません。
中屋 とにかく、1作ごとにたくさんの人に面白がっていただけて、「この役を任せたい」と思ってもらえる女優になりたいです。
撮影/松下茜
Profile
中屋柚香(なかや・ゆずか)
1998年2月24日生まれ、東京都出身。
2019年にNetflixオリジナル映画『愛なき森で叫べ』で女優デビュー。ドラマ『年下彼氏』、『ジモトに帰れないワケあり男子の14の事情』に出演。自主制作の短編映画『Female』で脚本兼主演。映画『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』に出演。
『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』
監督/園子温
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中