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【解読『おちょやん』】浪花千栄子の父は、テルヲ以上のトンデモ親父だった!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:IngramPublishing/イメージマート)

NHK連続テレビ小説『おちょやん』の第8週(1月25日~29日)は、まさに「テルヲ週間」でした。テルヲとは千代(杉咲花)の父であり、いまや「朝ドラ史上最悪のトンデモ親父」の呼び声も高い、竹井テルヲ(トータス松本)のことです。

テルヲ、撮影所に乱入!

千代の道頓堀時代、テルヲが多額の借金をめぐって騒動がありました。「岡安」の女将、シズ(篠原涼子)に助けてもらいながら、千代は逃げるように大阪を離れたのでした。

そのテルヲがまた現れた! 当然、千代の周辺で事件が起こります。

千代が大部屋女優であり、稼ぎも少ないことを知ったテルヲは、突然撮影所に乗り込んでいく。

そして片金所長(六角精児)に向って、「次の映画で、千代を主役にしたってください!」と直訴。そりゃ、無茶です。

次に千代の撮影現場にも潜入し、主演女優の滝野川恵(龍谷さくら)を「ブサイク」呼ばわり。

監督に「主役を千代に代えろ」とせがんだかと思うと、不注意からセットを破壊してしまう。もちろん撮影は中止です。困るよなあ、千代。

さらに、所内で新作の主演女優募集が行われます。千代もオーディションを受けますが、結果は「合格者なし」。

結局、主役を手にしたのは、スポンサー令嬢でもある滝野川です。確かに、このオーディションは茶番でした。

怒ったテルヲは、またも撮影所に怒鳴り込みます。

なぜ千代が主役になれないのかと、大山社長(中村鴈治郎)に食って掛かるのですが、この場面でのテルヲは、これまでと一味違っていました。

「わいの娘はな、竹井千代は、日本一の女優になるんじゃ! 母親によう似てベッピンやし、根性もあって、みんなから好かれて、友だちだってぎょうさんいてる。わいなんかとは似ても似つけへん、ええ娘やねん! この先、大女優間違いなしや。そん時、吠え面かくなよ! お前ら全員、土下座させたるさけな!」

暴言ではありますが、初めて吐露された「父の心情」です。トータス松本さんの演技が素晴らしい。

この父の言葉は千代の心も動かしたようで、テルヲを叱りつけながらも、「せやけど、おおきに」と小さな声で感謝していました。

しかし、テルヲがそれで大人しくなるはずもありません。借金取りの連中に脅されると、お金を探して千代の部屋をひっかき回します。原因は博打でした。困ったお父ちゃんだ。

娘がこつこつと貯めた、わずかなお金を奪っていこうとするテルヲ。その姿を見た千代はテルヲをなじりますが、途中で諦めます。

その瞬間、ふっと笑った千代の悲しそうな顔。杉咲さんの見せ場です。そして・・・

「ええわ、もうええ、それ持ってき。うちら、もう親子やあらへん。繋がってるのは血やのうて、お金や。金の切れ目が縁の切れ目や」

テルヲは、千代が床に投げた小銭まで拾い集めて、出ていきました。

浪花千栄子と父親

千代は、テルヲによって9歳で大阪に奉公に出され、18歳で奉公先の芝居茶屋「岡安」から京都に向い、女優修業を始めました。

一方、千代のモデルである浪花千栄子は、同じく9歳から大阪の仕出し弁当屋で働きましたが、16歳になった頃には、父親がお金をせびるためにやって来ます。

そして、またも父親に〝売られる〟ような形で、別の奉公先へと送られてしまいました。新たな奉公先で、女中さんとして、さらに数年を過ごした千栄子。

彼女は、千代以上に、父親に手ひどい扱いを受けてきたわけですが、ついに自由になろうと決意します。自伝では・・・

「私は、もうおとうさんの言いなりになってはいられない。年季が明けたとなったら、年ごろも年ごろ、こんどはどんなところへ売り飛ばされるやら、考えてもおそろしい。第一、父の言いなりになっていては私は、取柄のない、人形のような、ばか女になってしまうだろう」

そんな千栄子と同様、千代もまた「なけなしの貯金」をテルヲに渡すことで、あらためて父と訣別し、自立を目指したのです。

初めての「愛の告白」と「プロポーズ」

第8週の見せ場の一つが、助監督の小暮真治(若葉竜也)の「愛の告白」と「プロポーズ」でした。

前週までの展開の中では、小暮が大女優・高城百合子を好きだと知って、千代は勝手に「失恋」したつもりだったのです。しかし、小暮は密かに千代を思っていました。

助監督は、自分が書いた脚本を会社に認められることで、ようやく監督に昇進します。小暮も頑張ってはいるのですが、なかなか脚本にOKが出ません。

しかも、資産家である東京の父から、そろそろ諦めて戻ってこいという手紙が届きました。

最後のトライと思っていた新たな脚本も却下され、ついに映画界を去ることを決意します。そのタイミングでの告白であり、プロポーズでした。

千代だって嬉しくないはずはありません。しかし、これを断ります。

「堪忍。うち、やっぱり女優続けたい。せやさかい、一緒に行くことはでけしまへん。うちは小暮さんには不釣り合いだす」

小暮は、千代が女優を諦めないことを分かっていたと言い、続けて・・・

「もしかしたら千代ちゃんへの気持ちも、(監督への昇進が)うまくいかなかった自分を慰めて欲しかっただけかもしれない」

カフェー「キネマ」で、飲めないビールを大量に飲んだ小暮。金一封が出る「ビール月間」で、千代を一等賞にするという置き土産を残して、京都を去ったのでした。

小暮を演じた若葉さん、夢を追いかけて頑張る助監督がぴったりでしたね。

この小暮のモデルはいたのかと探しましたが、浪花千栄子は何かを書き残したり、語ったりしていません。

ただ、気になる人物が1人います。

千栄子は東亜キネマ時代に、『帰ってきた英雄』(仁科熊彦監督)という作品で準主役に抜擢されました。

そして、この作品で脚本デビューしたのが、脚本部に所属していた山上伊太郎(やまがみ いたろう)です。

山上は別の女性を妻としましたが、千栄子と同じ現場に立っていた山上青年のイメージが、どこか小暮と重なるのです。

後に山上は、マキノ雅弘(正博)監督の有名な『浪人街』の脚本を手掛けたり、自身も監督として作品を撮ったりしましたが、太平洋戦争中にフィリピンのルソン島で行方不明となります。41歳でした。

天海一平、現る!

第8週で忘れてはならないのが、天海一平(成田凌)の登場シーンです。千代が、父・テルヲの件で困惑している時、一平が現れました。

「まだ、あの親父に縛られてるのか。情けないなあ」と厳しい一平。「あんたに、うちの何が分かるねんな!」と言い返す千代。それを聞いた一平が語ります。

「分かるはずないやろ。人の苦しみが、そない簡単に分かって堪るか。どんだけ知ったふうな口叩いても、お前の苦しみはお前にしか分からへん。俺の苦しみは、お前なんかに絶対分からへん」

じっと聞いている千代。一平、続けて・・・

「せやから、俺は芝居すんねん。芝居してたら、そういうもんがちょっとは分かる気がする。分かってもらえるような気がする」

千代の中に、天海一座の芝居に飛び入り出演したことや、山村千鳥一座で演じた『正チャンの冒険』が浮かんできました。目から涙がこぼれます。それを一平に見られて、少し照れくさい。

「いきなり現れて・・・。こっち見るな! あっち行け!」

一平とは、いずれまた遭うはずです。

千代、再び「道頓堀」へ!

千代は大山社長に呼ばれ、なんと道頓堀で新たに始めるという「喜劇一座」に加わるよう命じられます。

大阪から京都へ来たのに、今度は大阪へと戻ることになる。千代は知りませんでしたが、「なぜ、千代を?」と訊ねた片金所長に、大山社長が答えました。

「実物の良さが、カメラでは収まりきれん」

つまり、スクリーンの中の「映画女優」よりも、観客と直接向き合う「舞台女優」のほうが、千代という素材が生きるという判断でした。

撮影所を去ろうとする千代。門から出ていく時、守衛の守屋(渋谷天外)に挨拶します。「うちは、どんな女優でしたか?」と訊ねる千代に、守屋が答えました。

「忘れられへん女優さん」

いいセリフですね。浪花千栄子にも通ずる、千代が目指す女優像と言っていいでしょう。

カフェー「キネマ」の仲間に見送られ、千代は大阪へと向かいました。そこには新結成の「喜劇一座」だけでなく、「岡安」はじめ道頓堀の人々も待っているはず。期待の新章突入です。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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