総力戦でナイジェリアを撃破したなでしこジャパン。準々決勝は因縁のアメリカと再戦へ
理想的な試合運びだった。
パリ五輪・女子サッカーグループステージ第3節。なでしこジャパンは3-1でナイジェリアを下し、グループ2位でノックアウトステージ進出を決めた。
90分間を通して、ポゼッションではナイジェリア(52%)が上回ったが、シュート数は日本が20本と、ナイジェリアの2倍超を記録。ナイジェリアはメンバーを大きく変えずに3試合目を迎えており、疲労の蓄積もあってか、攻守に精彩を欠いていた。
日本が主導権を握った要因の一つは、両ウイングバックの活躍だろう。右は守屋都弥、左はケガ明けの北川ひかるが初出場。ともにINAC神戸所属で、WEリーグでクロスランキングはトップ2(守屋が1位)に並ぶ。同チームの攻守の要だった田中美南やGK山下杏也加(ともに今季海外移籍)とのホットラインも生かし、両翼の攻撃力をチーム全体で存分に引き出した。
同じく、ボランチで初出場となった林穂之香も相手にとっては厄介な存在だったはずだ。中央でピンチの芽を摘み、攻撃では潤滑油になった。そして、最終ラインの一角には21歳の石川璃音が初出場。熊谷紗希、高橋はなとともにエースのA.オショアラを封じこめた。
「ナイジェリアは前線に強い選手や速い選手がいます。ただ、ワールドカップでもしっかりザンビア戦で対策をして臨めたので、そういう相手に対しての理想の形っていうのは持てているのかなと。ワールドカップからいろんな経験を積んできて、最善の対策ができていると思います」
長谷川唯が大会前に語っていたように、対アフリカ勢の戦い方は、昨夏のワールドカップの経験も生きている。
ワールドカップの初戦で、日本はザンビアに5-0と大勝した。ザンビアには、前線に圧倒的な存在がいた。東京五輪で2試合連続ハットトリックの記録を作ったバーバラ・バンダだ。しかし、日本はバンダを複数人でチェックし、徹底マーク。他の選手のケアが多少甘くなっても、バンダに対してはボールを触らせる機会すらほとんど与えなかった。当時、デビュー戦でバンダとマッチアップした19歳の石川が1対1のデュエルを制し、時間とともにバンダの存在感は薄れていった。その試合から1年間、日本は攻守のバリエーションを増やし、守備陣の連係も成熟させてきた。
この試合は、主力の藤野あおば、古賀塔子がベンチ外に。苦しい台所事情は変わらないが、日本は今大会のレギュレーションを味方につけた。大会直前にルールが変更になり、当初の18人ではなく、バックアップ4名を含む22人から試合ごとにコンディションなどを見極めてメンバーを選べることになったのだ。その中で、守屋や石川、千葉玲海菜ら、バックアップメンバーとして帯同している選手たちも、レギュラー陣に引けを取らない動きを見せている。
池田ジャパンがこの1年間で積み上げてきた「誰が出ても戦える」成果が、この試合に凝縮されていた。
FW陣の躍動が収穫に
もう一つの収穫は、ここまで無得点だったFW陣にゴールが生まれたことだ。鮮やかな連係から浜野まいかが奪った22分の先制点は、植木理子の背後への抜け出しがすべてだったと思う。何度もリプレイしたくなるほど、タイミングや、パスまでの一連の流れが見事だった。昨季、イングランドで1シーズンを戦い抜いた植木の動きは、以前とは異なるしなやかさが感じられる。以前は攻撃でも守備でも常に100%の印象で、それが魅力でもあった。だが、今はいい意味で力が抜け、選択肢のバリエーションが増えている。それは、植木が海外挑戦を決断した理由のひとつでもある。
「(前所属の)ベレーザでは、受けるための工夫をあまりしなくてもボールが出てきたり、味方に取らせてもらったゴールがほとんどでした。ウェストハムでは、高い強度の中でもボールを収めて運ぶ起点にならないといけないですし、今まで課題にしてきた部分と、すごくいい環境で日常的に向き合えています」(5月の海外遠征時のコメント)
植木は、田中が決めた32分のゴールにも、フィニッシュの部分で関わった。そしてこの2点目は、田中の魅力が凝縮されたゴールだった。高橋の縦パスをピッチ中央で受ける体制を取りながら、相手の位置を見て、ダイレクトで右のスペースへ。守屋がトップスピードで走り込み、クロスに走り込んだ植木のシュートがクロスバーに弾かれると、田中が2列目から飛び出して、泥臭く押し込んだ。田中はブラジル戦の悔しさをこの一撃で払拭し、エースのゴールはチームの士気を高めた。
3点目の北川の直接フリーキックは、初戦の藤野のゴールに並ぶ美しい軌道だった。北川はケガ明けで60分間の出場にとどまったが、初戦の藤野、第2戦の谷川萌々子に続く、3人目のヒロインになった。
準々決勝の相手は、五輪因縁のアメリカ
準々決勝は、現地時間8月3日に行われる。相手は、過去にオリンピック3連覇と圧倒的な実績を誇るアメリカだ。日本は2011年から2015年まで、国際大会の決勝で3度対戦した因縁の相手でもあるが、近年はそうした真剣勝負の機会があまりなかった。2021年以降、池田太監督体制では、2023年と2024年のシービリーブスカップ(4カ国対抗戦)で対戦しており、成績は日本の0勝2敗。いずれも完全アウェーの中で、1点差の接戦だった。
両国の女子サッカーを取り巻く環境(運営、マーケティング)や集客力には大きな差があるものの、代表チームの力がそこまで大きく開いた印象はない。それは、代表の主力の多くが海外のビッグクラブでプレーするようになった影響が大きいだろう。
アメリカはチェルシー・レディースで長期政権を築いた名将エマ・ヘイズを5月に新監督に迎え、今大会のグループステージは3連勝。キャプテンのリンジー・ホランやアリッサ・ネアー、ローズ・ラヴェルら経験値の高い選手がチームをまとめ、トリニティ・ロッドマンやジェイディン・ショーといった勢いのある若手アタッカーがゴールを貪欲に狙う。3ゴールのマロリー・スワンソンが得点ランクトップに立っている。
タレント揃いの難敵だが、日本に失うものはない。
「アメリカとは大きな大会で当たるイメージが小さい頃からありますし、勝ち上がる上で絶対に通らなければいけない壁、というイメージがあります。女子サッカー界にとってもすごく大きな一戦になると思いますが、チャレンジして、ぶつかりに行くしかない。自分は試合がすごく楽しみです」
アメリカへのリスペクトと静かな闘志を言葉ににじませた宮澤ひなたの言葉に応じるように、守屋も試合前日の偽らざる心境をこう明かした。
「アメリカが強い相手というのはわかっていますし、楽しみな気持ちです。対戦カードを見た人たちに『勝つのはアメリカだろうな』と思われていると思うと燃えますし、やってやろう!という気持ちの方が強いです」
ケガ人やコンディション不良の選手を複数抱えている日本が厳しい状況に置かれていることに変わりはないが、中2日の過密日程は全チームが同じ条件。その中で、日本にとってアドバンテージとなるのが「食事」だ。会場のパリで選手村には入らず、ホテルで調整しているという。ワールドカップでもチームの快進撃を支えた西芳照シェフが帯同しており、新鮮な食材を活かしたメニューで回復しつつ英気を養い、決戦の時を待つ。
2011年のワールドカップ、2012年のロンドン五輪の決勝に匹敵する好ゲームで、メダルへの大きな一歩を前進することができるか。試合は日本時間8月3日の22時にキックオフとなる。