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藤井聡太四段は羽生善治竜王に勝てるのか?

松本博文将棋ライター

藤井聡太四段、佐藤天彦名人に勝つ

 「将棋史上始まって以来の天才」とも噂される、15歳の中学生棋士が、現代将棋界の頂点に立つ名人と対戦して、勝つ。そして、永世七冠の資格を持ち、将棋史上最強とも称される、レジェンドとの対戦が決まる――。ドラマや漫画ではない。夢のようなことが現実に起こったのが、2018年冒頭の将棋界です。

 2018年1月13日、14日。朝日杯将棋オープン戦・本戦トーナメントの対局が、愛知県名古屋市においておこなわれました。詳しい模様は主催の朝日新聞社の速報ページに詳しく伝えられていますので、ご覧ください。

http://www.asahi.com/shougi/

 朝日杯は、全棋士が参加しておこなわれる、早指しの棋戦です。持ち時間各40分(チェスクロック使用、切れたら1手1分以内)というスリリングな設定で、公開されることも大きな特色です。

 朝日杯は現在の2017年度で、11期目。過去10期のうち5期優勝と、圧倒的な強さを誇っているのが羽生善治(はぶ・よしはる)竜王(棋聖と併せて二冠)です。羽生竜王がつい最近、永世七冠の資格をコンプリートし、国民栄誉賞受賞も決まったのは、大きく報道されている通りです。

 13日の対局では、その羽生竜王が登場しました。1回戦では若手の高見泰地(たかみ・たいち)五段を相手に、さすがの指し回しを見せました。2回戦では、前年度優勝者の八代弥(やしろ・わたる)六段と対戦。何度も形勢が入れ替わる大熱戦を制し、準決勝進出を決めました。

 14日の対局では、佐藤天彦名人が登場しました。言うまでもなく、「名人」とは、長い歴史を誇る将棋界において、長い間、最高の称号として尊ばれてきました。同時代において、名人を名乗ることができるのは、わずかに一人。佐藤名人は、史上空前のレベルの高さを誇る、現代の将棋界のピラミッドの頂点に立つ存在です。

 またこの日は、藤井聡太四段が登場しました。愛知県瀬戸市出身の藤井四段にとってみれば、公開対局の会場である名古屋は、ホームのようなもの。会場には、藤井四段を応援する、多くの地元ファンも訪れていたようです。

 1回戦で、佐藤名人は若手トップクラスの永瀬拓矢七段に逆転勝ち。藤井四段は難敵の澤田真吾六段に勝って、2回戦進出を決めました。

「名人をこす」

 小学4年の時、藤井少年はクラスの文集に書きました。デビューから1年と少しの藤井四段は、公式戦の場において、早くも名人と対戦するチャンスをつかんだのです。

 2回戦の佐藤名人-藤井四段戦は、藤井四段の先手で始まりました。戦形は横歩取り。現代将棋の最前線です。中盤の折衝において、藤井四段はリードを奪いました。そしてそこからは、次第に差を広げていきます。名人も決め手を与えぬよう、最善を尽くして粘ります。しかし藤井四段は崩れませんでした。最後は名人の玉の詰みを読み切り、きれいにフィニッシュ。

「負けました」

 佐藤名人がそう言って頭を下げたとき、場内からは大きなどよめきが起こりました。藤井四段は名人を倒すとともに、準決勝での、羽生善治竜王との対戦を決めました。

「名人に勝てたのは、自信になりました」

「羽生竜王は、私の将棋を始めた頃からの、憧れの存在です」

「公式戦、公開対局でもあるので、いい将棋をお見せできればと思います」

 対局が終わった後、多くのファンを前にして、藤井四段はいつも通り、しっかりとしたコメントを述べていました。

 朝日杯準決勝は2月17日におこなわれる予定です。対戦カードは以下の通りです。

 羽生善治竜王-藤井聡太四段

 久保利明王将-広瀬章人八段

 羽生竜王、久保王将、広瀬八段はいずれも、順位戦ではA級です。タイトル獲得数は、羽生99期、久保6期、広瀬1期。相撲に喩えれば、実績、実力ともに十分の横綱・大関クラスであり、この3人の中の誰が優勝しても、順当と思われることでしょう。

 一方で、藤井四段は、順位戦最下位のC級2組。タイトル獲得、全棋士参加棋戦優勝の経験は、いずれもなし。一人、平幕の新鋭がまじっているような印象です。もし優勝すれば、「番狂わせ」と報道される可能性が高いでしょう。

 では、藤井四段は朝日杯で羽生竜王に勝ち、さらに決勝戦も勝って優勝する可能性は、どれぐらいあるのでしょうか?

 羽生竜王と藤井四段は、昨年2017年に、非公式戦で2回対戦しています。その対戦を振り返ってみましょう。

非公式の羽生-藤井戦

 羽生竜王と藤井四段が初めて対戦したのは、AbemaTVで放映された企画「炎の七番勝負」(2017年2月18日収録、4月23日放映)での最終局でした。改めて、その勝敗を振り返ってみましょう。持ち時間は第6局までが各1時間。最終第7局は各2時間です。

第1局 ○ 増田 康宏四段(現五段)

第2局 ● 永瀬 拓矢六段(現七段)

第3局 ○ 斎藤慎太郎六段(現七段)

第4局 ○ 中村 太地六段(現王座)

第5局 ○ 深浦 康市九段

第6局 ○ 佐藤 康光九段

第7局 ○ 羽生 善治三冠(現竜王・棋聖)

 各年代を代表する棋士を相手に、6勝1敗という、瞠目すべき成績を収めました。特に、最終第7局の羽生三冠(当時三冠)戦は、藤井四段のデビュー戦以来13連勝中に放映され、その内容と結果から、大変な反響がありました。

 羽生-藤井戦は、藤井先手で角換わりに。戦形の分類的には「角換わり腰掛銀」になるのでしょうが、銀を前線に進める前に、手早く桂を跳ね出していく、現代将棋の最新形です。将棋は一般的に、価値の高い駒を手にした方が有利となります、藤井四段はその点においては損な取引をしながらも、攻めを続ける展開に持ち込みました。そして次々と、的確なパンチを続けていきます。

 最終盤。藤井四段は羽生三冠の玉を、上下はさみうちにします。藤井勝ちかと思われたその時、羽生三冠から、思わぬ反撃が飛んできました。誰の目にも絶望と思われる状況から、「羽生マジック」と称される、思いがけない手から、奇跡のような勝利を収めてきたのが、羽生三冠です。

 しかし、藤井四段は最後まで冷静沈着でした。羽生三冠のねらいをすべて見破り、間違えません。そして、歴史的な勝利を収めました。

 藤井四段は、羽生三冠に勝ったこと、そして6勝1敗という成績について、次のように語っています。

「自分の実力をよく出し切れたと思いますし、本当に望外の結果だったと思っています」

 一方の羽生三冠は、藤井四段について、こう語っています。

「非常に攻守バランスよく指されて、攻める時には攻めて、守る時には守って、ということで、非常にしっかりしている」

「今の時点でも非常に強いと思うんですけれども、ここからまた、どれぐらい伸びていくか、すごい人が現れたなあ、と思いました」

 その次に対戦したのは、獅子王戦の決勝(3月18日)です。こちらは羽海野チカさん作の大人気漫画『3月のライオン』とタイアップした企画で、ニコニコ生放送(ドワンゴ)で生中継で放映されました。4人によるトーナメント戦で、羽生三冠は加藤一二三九段、藤井四段は先崎学九段を破っての決勝進出です。

 先手番の羽生三冠は、四間飛車を選びました。そして、穴熊に組もうとする藤井聡太四段に対して、藤井猛九段創案の「藤井システム」を採用します。

 勝敗不明の終盤戦では、千日手模様となりました。そして、両者ともに、千日手にはしない、打開の道を選びました。きわどい攻防の末、最後に貫禄を見せたのは、羽生三冠の方でした。

藤井四段が羽生竜王に勝つ可能性

 藤井四段のこれまでの戦績を考えれば、このまま公式戦でも羽生竜王に勝ち、朝日杯で優勝したとしても、何ら不思議はありません。そう言っても、過言ではないでしょう。

 しかし何と言っても、相手は将棋史上最強を誇る、レジェンド中のレジェンドです。

 朝日杯は持ち時間各40分、使い切ると一手1分未満という設定です。持ち時間が長い対局は、2日制のタイトル戦であれば、9時間、8時間。1日制の順位戦は6時間などが挙げられます。それらに比べれば、朝日杯は早指しのカテゴリーに入ります。

 早指しは一般的に、若手棋士が有利とされています。若いうちの方が反射神経に優れ、手も早く見えるからです。

 しかし羽生竜王は、規格外の存在です。持ち時間が長くても強いのは言うまでもありませんが、短くても無類に強い。代表的な全棋士参加の早指し棋戦であるNHK杯(持ち時間は各10分、切れたら一手30秒未満・他に各10分の考慮時間あり)では、過去に10回優勝しています。

 1988年度。羽生現竜王は18歳で五段の時、大山康晴、加藤一二三、谷川浩司、中原誠(当時名人)と、名人経験者、現役名人を4連破して、世間に衝撃を与えました。特に、準々決勝の加藤九段戦で指した▲5二銀は、歴史に残る妙手の一つとして、現在でも語り草になっています。

 また朝日杯では過去10回中、5回優勝と、こちらも圧倒的な戦績です。

 戦形に関しては、藤井四段はいつも通り、自分の得意な、居飛車系統の作戦で臨むと予想されます。

 前回、羽生竜王に勝った際は、得意の角換わりでした。大駒の角を序盤から持ち駒にし、中盤から激しい戦いとなり、そのまま一気に終盤となる展開が多いのが特徴です。角の使い方には才能が表れると言いますが、藤井四段はその角の使い方が、とても上手いと言われています。

 一方で、藤井四段は従来、居飛車系統の中では、横歩取りが比較的苦手ではないかと言われていました。しかし自ら避けることなく、佐藤天彦名人には、その戦形で勝利を挙げました。いずれにしても、正面から堂々とぶつかるのが、藤井流です。

 羽生竜王も基本的には居飛車が多いのですが、振り飛車を指してもめっぽう強い。もし変化をするとしたら、オールラウンダーの羽生竜王の方でしょう。

 羽生竜王が貫禄を示すのか。それとも藤井四段が、新たな将棋界の伝説を切り開いていくのか。

 筆者の個人的な見解では、後者の可能性は、そう小さくないものと見ます。

 いずれにしても、見逃せない大一番と言えそうです。

藤井四段の記録と今後

 14歳2か月での四段昇段(プロ入り)など、藤井四段は、史上最年少の記録を、次々と塗り替えつつあります。

 藤井四段は佐藤天彦名人戦での勝利により、金星(若手棋士が名人に勝つ)の最年少記録(15歳5か月)を打ち立てました。

 五段昇段の最年少記録(15歳3か月)は、1955年に、加藤一二三現九段が打ち立てています。その記録の更新は、現在では既に無理となりました。ただし、加藤九段の若手時代とは規定が代わり、現在では昇段できる規定が増えています。いずれ六段昇段時か、あるいはそれ以降、昇段の最年少記録を、追い抜かすことがあるかもしれません。

 藤井四段が所属するC級2組順位戦では、一年をかけて、全10回戦のリーグ戦がおこなわれます。参加棋士50人のうち、成績上位3人に入れば、C級1組昇級が決まります。藤井四段は50人中、ただ一人、8連勝。残り2戦のうち、1勝すればよい「マジック1」の状況です。2月1日の9回戦では梶浦宏孝四段と対戦すれば、昇級が決まります。

 現在の昇段規定では、四段の棋士はC級1組に昇級を決めた時点で、即日で五段に昇段します。まずは最速で、2月1日の昇級なるかということに期待がかかります。

 さらに、2月17日の朝日杯で優勝すれば、史上最年少での全棋士参加棋戦優勝です。同時に昇段も決まります。五段になっていれば、わずか半月での六段昇段となります。

 藤井四段の2017年度の成績は、対局数61、50勝11敗(勝率0.8196)、29連勝(1月29日現在)。今年度の記録四部門(対局数、勝数、勝率、連勝)の全てでトップに立っています。

 記録四部門1位独占は、過去に羽生現竜王しか達成していません。1988年度、18歳五段当時には、対局数80、64勝16敗(勝率0.8000)、18連勝という記録が残されています。

 藤井四段が記録四部門1位となれば、羽生現竜王の偉業に並び、さらに年齢的には史上最年少となります。

 その他、どれほどの最年少記録が更新され、またされつつあるのか。探してみれば、まだ意外な記録もあるのかもしれません。

 羽生善治と藤井聡太。両天才がぶつかる大一番を前に、改めて両者の新人時代の活躍、記録を見比べてみるのも、一興でしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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