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魔性の女より怖いものは何? ねずみの三銃士『獣道一直線!!!』が「笑い」と「毒」で客席を翻弄

中本千晶演劇ジャーナリスト
左から生瀬勝久、池田成志、池谷のぶえ、古田新太 ※記事内写真 撮影:細野晋司

「1作品にお一人出演してたら充分の演劇魔人が集う、ねずみの三銃士」

 キャストの一人である池谷のぶえさんが開幕前の取材でそう仰ったそうだが、言い得て妙だ。生瀬勝久・池田成志・古田新太と連なる名前を見れば、演劇好きなら誰しもそう思うに違いない。

 脚本は宮藤官九郎(しかも今回は俳優としても初出演している点も意味深)、演出に河原雅彦。よりによって、どうしてこうも濃い人々が集ってしまったのかと不思議になるほどの陣容だ。

 しかも、彼らは集められたわけではない。「ねずみの三銃士」は生瀬・池田・古田が「自分たちがやりたい芝居をやろう」と自主的に集まったユニットなのだ。本作は「ねずみの三銃士」によるシリーズの第4弾になる。これまでのシリーズのタイトルに共通している「獣」の文字も気になる。

 例えていえばハンバーグとコロッケと餃子(いずれも私は大好物だ)を、いっぺんに食べられるような舞台になってしまうのだろうか。いったいどんな味になるのだろう? そんな期待を胸に、劇場に向かったのだった。

 

問題を抱えた3人の俳優、古新田太(古田新太)、生汗勝々(生瀬勝久)、池手成芯(池田成志)と、彼らを更生させようとするおばさん(池谷のぶえ)
問題を抱えた3人の俳優、古新田太(古田新太)、生汗勝々(生瀬勝久)、池手成芯(池田成志)と、彼らを更生させようとするおばさん(池谷のぶえ)

 物語は、3人のダメ俳優たちの登場シーンからはじまる。パニック障害気味の生汗勝々(生瀬勝久)、心配性すぎる池手成芯(池田成志)、そして、せっかちで飲んべえの古新田太(古田新太)。

 彼らはまともな俳優として更生すべく、福島の練りもの工場へ送られる。そこでは、ドキュメンタリー作家の関武行(宮藤官九郎)が、魔性の女と称される苗田松子(池谷のぶえ)の周辺で起きた謎の連続殺人事件の取材を続けていた。3人はそこで、松子とかかわる3人の男を演じることになる。

 関の自慢は、出産を控えた可愛い妻・かなえ(山本美月)だ。ところが、かなえもまた、次第に松子に対してやけに興味を示し始める。

 

 ここで取り上げられている連続殺人事件は、「毒婦」と騒がれた木嶋佳苗が起こした実際の事件をモチーフとしているようだ。これは古田新太からの提案であったらしい。

 

ドキュメンタリー映画の完成を目指す関(宮藤官九郎)と、愛妻のかなえ(山本美月)
ドキュメンタリー映画の完成を目指す関(宮藤官九郎)と、愛妻のかなえ(山本美月)

 更生を目指す3人のダメ俳優たち。苗田松子の周辺で起きた殺人事件の真相探求。そして、微妙に変化していく関夫婦の関係。

 三層の物語が同時に走る。もちろん3人の役者はそれぞれキャラが立ち、客席は笑いが絶えない。題材が題材だけに時に下ネタも登場するが、あっけらかんと軽やかに見せる手腕もさすがだ。

 だが、少しややこしい。事件の真相を描く芝居が進行していたかと思えば、突然、素顔のダメ俳優に戻ってしまう。池谷のぶえが演じていたはずの松子が、いきなり山本美月になったりする。場面も演じ手も行ったりきたりで翻弄される。

 

 この混迷した感じ、私は嫌いではない。そして何だか記憶に新しい。そうだ、昨年放映された大河ドラマ『いだてん』だ。だとすれば、今回の脚本も、この混迷を見事な手腕で一気に収束させてくれるに違いない。『いだてん』大好きだった私はそう信じて2幕を待ったのだった。

(以下、結末に関する筆者の感想につき、ご注意ください)

写真左から、生汗(生瀬)・池手(池田)・古新田(古田)、関(宮藤)。写真上はかなえ(山本)
写真左から、生汗(生瀬)・池手(池田)・古新田(古田)、関(宮藤)。写真上はかなえ(山本)

 そして2幕。期待通り3つの縄はあざなわれ、みるみるうちに一本になっていく。ダメダメだった3人の俳優たちにいつの間にかスイッチが入っている。大事なことは真実を突き止めることなのか? それとも、芝居を完成させることなのか? いや、そもそも「真実」って何なのか?

 ここで、ふと気付いた、この作品で描かれるダメ俳優たちは、じつはコロナ禍でステイホーム中の俳優たちの姿なのかもしれない。

 対照的な持ち味で演劇魔人たちを振り回す、池谷のぶえと山本美月のパワーもたいしたものだ。だが、この二人がだんだんと、ひとりの女性の表裏一体に見えてくる。そう、松子はかなえであり、かなえは松子なのだ。

 そして、衝撃の結末。これは見てのお楽しみということにしよう。

 

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 なるほど、ハンバーグとコロッケと餃子を一緒くたにすると、こんな劇薬のような料理が出来上がってしまうのか。古田新太が「《ねずみの三銃士》の公演で見せたいのは、ゲラゲラと笑っているうちに最終的にイヤ〜な感じになるお話」だと言っている、それはこういうことだったのかと深くうなずいた。

 魔性の女・苗田松子より何より怖いのは、「俳優の性」だ。これからずっと、チクワを食べるたびに必ずこの作品のことを思い出すだろう。

 

 振り返って思うのは、本作の脚本は演じる者にとって難易度が高く、おそらく「ねずみの三銃士」でないと消化不能なのではないかということだ。彼らがこの脚本を「食い物」にすることで、初めてこの芝居は成立するのだ。私が観たのは初日の次の日だったが、これはきっと回を重ねるごとにパワーアップし、「獣」度が増していく気がする。「イヤ〜な感じ」が、癖になりそうだ。

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演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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