沖縄の基地問題を考えるためのヒント 樋口耕太郎×藤井誠二 (5)
■基地「関連」収入を少なく見積もってはいけない
■共同体の中で声が上げにくい沖縄
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■基地「関連」収入を少なく見積もってはいけない■
藤井:
普天間の基地の地権者の会合を取材したことがあります。今は二世代目、三世代目になっています。地権者は3千人以上いて、宜野湾市役所の担当部署が取りまとめています。宜野湾市の数字をいろいろ見せてもらったのですが、かつてに比べてたしかに基地関連収入は減っています。働く人口も少し減っていたり、あとは米兵が街で落とす金も減っています。米兵は自分たちが起こす事件のせいで外出禁止令で外に出られないので、米兵相手の飲み屋はやっていけない。県全体で見ると現在は2~3パーセンと言います。
しかし、一括交付金も含めて、たとえば泡盛などの酒類などの税制優遇なども、やはり米軍基地負担の見返りとしてのおカネと考えていいと思います。軍の職員の給料と地代だけではない。地代だけでもめちゃくちゃでかいですが、それの何十倍の「米軍基地関係」のカネが回っているという現実も見る必要がありますね。
樋口:
観光客は那覇空港の着陸料が安くなってから倍増しています。それも形を変えた沖縄振興策です。
http://politas.jp/features/3/article/327
この優遇措置なくなったら観光客は半減とは言わないけれど、2~3割は平気で減るんじゃないでしょうか。観光収入が4 千億から3千5百億ぐらいになってしまうイメージです。酒税の優遇措置も、もしなくなったらオリオンビールは経営的に危機を迎えるかもしれない。オリオンビールは沖縄では大きな広告費を出しているから、多くの広告代理店もきびしくなる。こういったことも広い意味では基地経済と関連しているはずなのだけれど、基地関連収入「5パーセント」の枠外にとらえられています。問題は、それが特別な事だと思わない程に麻痺しちゃっていることです。翁長さんは補助金は要らないと言っている。「5パーセント」が無くなっても良いという話なら沖縄経済にそれほどのダメージは生じないけれど、現実的にあり得ない。沖縄県のGDP の2 ~3割、ひょっとしたら5割減に関わってしまうことにもなりかねない。その代わりに東アジアとの貿易で埋め合わせが出来るのか。いずれそういう事を考えないといけない。これまでと全然違った付加価値を生み出す事を、沖縄自身が考えなければならない。これまで政治や行政が補助金を使って振興を進めてきましたが、新しいことを始めようとするたびに、いつも最後は人材がいない、という結論にたどり着きます。補助金がありすぎて人材が育たず、情熱が失われ、想像力が喪失されているからだと思います。
藤井:
ごく一部の話だと思いますが、たとえば音楽の領域では、ライブハウスで客がゼロでも損をしないという話を聞いたことがたまにあります。たしかにミュージシャンとかに取材をしたら、芸術にも補助金が出る仕組みがありました。それはそれでいいことだと思いますが、一方で競争力を削ぐことにもなります。描いたり、良い音楽をしたり、良いアートを創る事をしなくても、例えばライブをして、客がゼロでもお金が貰えることが、アートのためにいいのかどうか。それから居酒屋の出店率と閉店率が日本一ですが、それも補助金が出やすいから出店して、客が入らないとすぐに閉店してしまう。で、借金だけが残る。県民一人当たりの居酒屋数が日本一で、「沖縄の人は泡盛好きだね」「沖縄は夜が長い」というステレオタイプの紹介をされるでしょう。最近は「居酒屋にちいさな子どもを連れて行くのが当たり前の沖縄」というネガティブなかんじで話題にもなりましたが、そういう仕組みがあって、自然に若い世代の仲間うちの集合場所になっているからという面もあります。若い人たちの起業のアイディアがそっちに偏ってしまっている傾向は否めないと思う。
樋口:
翁長さんも繰り返し、基地は経済発展の阻害要因であると言っています。僕はそれに反対はしません。もちろん、基地がなくなった方が発展の画は描ける。だからと言って、黙って基地が還って来て、那覇の新都心の「おもろまち」のようになったからといって、本当に持続的な発展を遂げる社会になっていくのでしょうか。おもろまちは、親泊前市長が手がけ、翁長さんが完成した街です。翁長さんは基地問題に対して、政治的な流れをつくる力は確かにあると思う。オール沖縄が今後も実体として社会を動かしていくかどうかはまだ未知数なところがありますが、一つの流れをつくってきた演出家としての腕は見事と言うほかはない。それを街づくりのほうにも生かして、今までとは異なる社会をデザインして欲しい。
藤井:
沖縄の基地のあとにどういう町をデザインするかというのは、どういう付加価値の高い社会をつくるかということにもつながります。観光立県をいうならば、そういうことにもっとあらゆるアイディアや知力を注ぎ込んだほうがいいですね。
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■共同体の中で声が上げにくい沖縄■
樋口:
酷い言い方に聞こえるかもしれませんが、何にでも補助金が出るのは、経済的には形を変えた生活保護のようなものです。今、生活保護者数の急増が問題になっていますが、「実質的な生活保護」という見方で考えたら、実際に問題視されている額よりもはるかに金額が大きい。見かけ上は仕事があるし、収入があるし、家庭があるから、本人も含めて、誰も「生活保護」だとは思わないかもしれないけれど。補助金に頼って売り上げをつくり、それが商売だと言えるのだったら、多くの人はその方が気楽でいいと思うけれど、そんな事業は結局続かない。
藤井:
格差問題も最大の問題だと樋口さんは指摘されているけれど、僕もそう思っています。8月に出す『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)の取材で、沖縄の売買春街の戦後史を取材して、現代ではどうなっているのかを取材しましたが百パーセントシングルマザーで、ほぼ間違いなく夫の暴力や、仕事放棄があり、高リスクの家庭の問題もあります。男尊女卑的な社会も感じました。
樋口:
男が働かないことにあまり文句を言われない。女性が支えているのに、すごく男性優位社会。
藤井:
門中制度が機能していて皆で子どもを育て合う文化が残っていると指摘する「沖縄通」の論者も少なくないのですが、ほんとうにそうなのかなと思います。離婚率は日本一高いですが、子どもはシングルマザーが引き取って、アパートで一人で育てています。門中や親戚関係からパージされているケースはめずらしくない。共働き家庭が大半だから、老人を地域や家で爺さん婆さんを抱えることは無理で、核家族も進んでいます。古き良き沖縄のイメージとはかけ離れた実態があると思います。そして経済格差もすごいものがある。とくに公務員や元公務員と民間の差が激しいですね。
樋口:
ぼくが経営をしていたサンマリーナホテルの副料理長が「食えない」と言って、週末にタクシーの運転手をしていたことがあるそうです。ホテルの副料理長でそれですよ。沖縄で、仕事を2
つ3つ掛け持つのは当然なんです。ぼくの(本土的な)感覚で、従業員が他の仕事を持っているなんて、はじめは何ふざけているんだろうと思ったけれど、彼らはそうしないと生活が出来ないわけです。
藤井:
沖縄は労働組合もきわめて少ない。沖縄の友人たちの言い分を聞いていると、給料をもう少し上げてくれという事すら、皆まとまって言う事が出来ないのです。文句を言うと白い目で見られるという意識がすごく強い。
樋口:
独占企業が安価な雇用で経営を安定させる。悪意のない搾取が構造化している社会です。それを文化的に強化しているのは、「シージャー権力」だと思う。年長主義。ここまで年長主義が残っている地域って日本では珍しいと思うのです。
藤井:
年寄りを大事にする文化だとポジティブに捉えられているけれど。
樋口:
それはいい文化だとね。サンマリーナの従業員組合は、ぼくが買収する前に解散したのだけど労働組合の元委員長に色々話を聞いたことがあります。彼は本当に擦り切れていて、「もう二度とこんな仕事をしたくない」と言っていた。なぜかと言うと、委員長が矢面に立っても、残りの従業員は誰も付いて来ないから。沖縄は連絡ごとの返事をもらうにも一苦労する文化です。全て彼が引っ被らないとものごとが前に進まない。人と違う事をしたり、新しいことに取り組むのはタブーだから、委員長だけではなく、委員長のサポートをする人も、「いいかっこをしている」と思われたりして、そのとばっちりを受けるわけです。新しい事を試みたり、その活動に加担しているのを周りに見られると、周囲から人が遠のいて、いつの間にか自分の居場所を失う。このような人間関係が経済と社会に与える影響は大きいと思います。
(6)へ続く(本対談は2015年7月に有料メルマガ「The Interviews High (インタビューズハイ)」で配信したものを再掲しています)