テレビ局決算から見える視聴率と収益の新しい関係〜視聴率至上主義の終焉〜
出揃った民放キー局の2018年度決算
昨日(5月16日)、在京の民放キー局の決算が出揃った。この記事では公開された決算データから各局の放送収入と視聴率の関係を読み解いてみたい。今のメディア企業が大きなターニングポイントを迎えつつあることが見えてくると思う。
上のグラフは、各局の売上高と、その中の放送収入を比べたものだ。今キー局はすべて認定持株会社制度を採用して大きな企業グループを形成している。決算も連結数字が発表されているが、それを比べても各グループの事業構成が大きく違うので比較しにくい。そこでここでは各地上波テレビ局単体の数字を見ていく。日本テレビホールディングスではなく日本テレビ放送網株式会社、のようにテレビ局そのものの収益に絞ってグラフ化した。
当然のことだが、視聴率トップの日本テレビ(以下日テレ)が売上高全体でも放送収入でも他局に大きく差をつけている。また各局とも売上高は堅調で、大きく伸ばしてはいないがマイナスではない。ただその中で、テレビ朝日(以下テレ朝)だけは売上高が前年比1.6%減だ。わずかだが下がっているのだ。
日テレを世帯視聴率で猛追するテレ朝
テレ朝といえば、ここ数年、さらには去年後半からとくに視聴率が好調で日テレを猛追しているはずだ。それなのに売上高が下がっているとはどういうことだろう?
2018年度の世帯視聴率もグラフにしてみた。
グラフからもテレ朝の猛追ぶりがよくわかる。とくに全日視聴率は日テレ7.8%に対しテレ朝7.7%と0.1%差しかない。ゴールデンとプライムでも日テレは前年からちょうど0.5%ずつ下がっているのにテレ朝はどちらも0.6%上がっている。テレ朝による日テレ攻略は時間の問題ではないかと言いたくなる。
日曜夜8時の熾烈な争いでもテレ朝の「ポツンと一軒家」が日テレ「世界の果てまでイッテQ」を世帯視聴率で超えるようになっている。そうした成果が視聴率全体でも出ている。
それなのに売上高では猛追どころか下がっているのだ。その背景をもう少し探ってみたい。
放送収入を大きく減らせているテレ朝
そこで今度は、決算データから放送収入だけをタイム収入とスポット収入に分けて取り出しグラフ化してみた。テレビ局は放送収入以外でも映画やイベントで売上を上げているが屋台骨はCMセールス。その数値だけを比べることで何かが見えるはず。
実は2018年度、各局ともスポット収入の減少に悩まされた。上のグラフはそのタイム収入とスポット収入の増減だけを比較したものだ。オレンジのスポット収入が各局とも前年より下がっている。ただタイム収入は上がっており、日テレとTBSは増減の差し引きでプラスになった。テレビ東京はややマイナス。
そしてオレンジが大きく下がっているのはフジテレビだが、タイム収入はプラスだ。テレ朝だけはスポットだけでなくタイム収入も前年より下がっている。差し引きでトータルが一番下がってしまったのは、フジテレビではなくテレ朝だった。タイム、スポット合わせて前年より47億円も下がった。大きなダウンだ。
おや?と思わないだろうか。視聴率で日本テレビを猛追しているテレビ朝日なのに、放送収入では追いつくどころか差が広がってしまった。タイム収入まで下がって一人負けの格好だ。
これは一体どういうことだろう?テレビ局は視聴率が儲けの源ではないのだろうか?
世帯視聴率より「誰が見てるか」でCM枠を買う時代
視聴率トップの日テレはスポット減の悩みはありつつ、結局は前年増。視聴率2位で1位を猛追するテレ朝は放送収入を大きく下げた。それはつまり、世帯視聴率で放送収入が決まる時代ではなくなった、ということなのだ。
視聴率の「中身」が問われるようになっている。広告主企業は、テレビ広告に予算を使うところほど、自分のブランドに合ったターゲットへのCMの打ち方を考え始めている。世帯視聴率が高い番組でも、若い女性に化粧品を売りたい企業にとっては、若い女性が見ているかどうかがポイントであり、視聴率の中身を見ると高齢者ばかりが見ている番組ではCM枠を買う気にならない。逆に、若い女性がたくさん見ている番組なら買いたい。しかも世帯視聴率が低いとCM枠の価格も安いかもしれないのでお得だ。世帯視聴率が高いCM枠ほど売れる時代ではもうないのだ。
テレ朝は、世帯視聴率を取るためになりふり構わず突き進んできた。2012年に一瞬だけ視聴率トップを取ったことがある。その時、高みから見た風景が忘れられないのだ。トップとはこんなにいい思いができるのか!フジテレビはいつもこんな高みから見ていたのか。だったらもう一度頂上に登っていい思いをしよう!そのためだけにこの7年間やってきた。
2012年なら、世帯視聴率がトップならいい思いができただろう。だが時代は変わった。もう世帯視聴率が高いだけではダメなのだ。
なぜ日テレは相変わらず業績がいいのか。彼らの視聴率の取り方は、多くの広告主にとって魅力的なのだ。「イッテQ」が好例だ。この番組は各世代男女とも満遍なく視聴率が取れている。ファミリー世代向けのCMも、若者向けのCMも、届く。単に世帯視聴率がいいのではなく、各世代の個々人がよく見ているからCM枠が欲しくなる。
世帯視聴率は、人口が多く世帯内の人数も少ない高齢者世帯に番組を向けたほうが取りやすくなる。だが高齢層に向けた番組ほど、その下の世代は見ない。「ポツンと一軒家」が「イッテQ」に世帯視聴率で勝っても、中身が高齢者中心だとCM枠を欲しがる企業は限られてしまう。実は勝ち負けではなく、勝負の舞台がそもそも違っていたのだ。
この2つの番組の視聴者がいかに違うかは、下記の記事を参照してもらいたい。
「ポツンと一軒家」は「イッテQ」に本当に勝ったのか?~テレビの視聴データは多面体へ~
メディアの価値は「量」から「質」へシフトする
テレビの指標は実は、昨年から来年にかけて世帯視聴率から個人視聴率に変わろうとしている。そのことは前にも書いているので読んでもらうといいと思う。
〜世帯視聴率は平成とともに終わる~「3年A組」が示したこれからのヒット番組~
世帯から個人への流れは、単に量の測り方のモノサシが変わるだけではない。個人視聴率ベースになる利点は、見ている個人全体の量がわかることではなく、特定の層がどれくらい見ているかに落としこみやすくなる、ということだ。広告主企業が注目しているのはこの点だ。個人視聴率が出せるから、各企業が欲しい層がどれくらい見ているかも分析できる。やたらたくさん見ていればいい、というわけではない。少し前までは不特定多数の人が大量に見ていることを望んでいたのが、今は特定の層が確実に見ていることが望まれている。
それはつまり「量」から「質」へのシフトだと私は思う。そしてそれはテレビだけでなく、メディア全般に求められるようになってきた。ネットメディアも、むやみやたらにバズって誰かれなく読まれるより、確実にある層に読まれる方が広告価値は高い。そう受け止められるようになっているのだ。
それは、メディアにとっても、広告主にとっても、ひいては読者にとってもいいことだと私は捉えている。不特定多数の目を集めようとするから、その時その時での刹那的な話題をみんなで追いかけることになる。視聴率欲しさにアメフト問題だの相撲界の問題だのを、飽きもせず毎日伝えることになる。それでは本質的に愛されるメディアにはならない。狭い対象者でも、その人たちが好む題材を地道に扱う方が視聴者に愛され、広告主にも益をもたらすことができるはずだ。視聴率至上主義はもう、終わりが始まっているのだ。