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28年ぶりの巴戦制し初優勝の阿炎、またも優勝逃した高安 二人の涙が交差した大相撲九州場所

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
九州場所千秋楽 優勝インタビューで涙を拭う阿炎(写真:日刊スポーツ/アフロ)

あまりの怒涛の展開に、しばらく放心状態であった。とにかく脳の処理能力が追いつかない。多くの相撲ファンが、同じような心境で今場所の結末を見守ったのではないだろうか。

本割で3人の力士が並ぶ展開

2敗でトップの高安が、3敗でその背中を追う阿炎と本割で対戦。ここで高安が勝てば優勝という一番だったが、立ち合いから阿炎がのど輪で攻め起こし、高安の体は思うように前に出なかった。高安の体は硬いまま、阿炎がいなしを交えながら相手の力をしのぎ、最後は前に出て突き倒し。高安は無念にも土俵下へ転げ落ちてしまった。二人は3敗で並び、結びの一番、同じく3敗の大関・貴景勝の結果を見守るのみとなった。

そして結びの一番。関脇・若隆景と対戦した貴景勝は、またしても大関の意地を見せつけた。立ち合いから何度もぶちかまし、途中一度引く場面があるも、左から強烈な張り手を繰り出す。そのまま攻め立て、最後は勢いのある引き落としが見事決まった。決して簡単ではない相手にしっかりと勝って、優勝決定戦――実に28年ぶりとなる巴戦を実現させた瞬間だった。

運命の巴戦 高安の涙

3人はそろって東の花道から入場。くじ引きの結果、高安と阿炎が最初に対戦した。本割があるからこそ、高安も肩の力を抜いて臨めるのではないか。筆者はそう信じていたが、時間いっぱいになったとき、「阿炎、もしかして――」。

脳裏をよぎったその予感が的中、そして最悪の事態となった。阿炎が立ち合いで思い切って左にずれ、高安は阿炎の肩に頭が当たった衝撃で倒れ、動けなくなってしまったのだ。おそらく脳震とうだろう。明らかに再戦は不可能だった。戦って負けることはあれど、戦うことすら不可能になる。そんな悔しいことがあるだろうか。土俵下の高安をまともに見ることができない。

ほとんど体力を使っていないように見える阿炎。息の上がる貴景勝を相手に、前に出る非常にいい相撲で自身初優勝を決めた。まさかまさかの展開。阿炎への祝福の気持ちで昂っていたが、同時に高安がもう相撲を取らなくていいという事実に胸をなでおろす自分もいた。

これまで7度優勝争いに絡み、今場所は初の単独トップで千秋楽を迎えながら、またしてもあと一歩で夢に届かなかった高安。引き上げる花道で、涙をこらえ切れない。自身のふがいなさに心が震えていたのだろう。見ているこちらも、いたたまれない気持ちを抱えながら、精一杯の労いを送った。

阿炎の涙に見る師弟の絆

優勝インタビューでは、まだ引き締まった表情で話し始めた阿炎。しかし、途中で現在病院で療養中という師匠の錣山親方(元関脇・寺尾)の話になると、「電話はできないのでメールで報告したい」としつつ、こう語った。

「迷惑しかかけてこなかったので、少しでも喜んでくれたらいいなと――」

なんとか言葉を紡いで、涙ぐむ阿炎。一時は、新型コロナウイルス対策のガイドライン違反で引退届を提出。3場所出場停止処分となり、幕下に転落することになった。しかし、自身がどんなことをしても、師匠だけは味方でい続けてくれたのだ。そんな師匠を思い、こみ上げてくるものを抑えられなかった。いつもはお調子者で明るい阿炎だが、あの涙は本当に心から来るものだったと、こちらも少しもらい泣きしてしまった。

令和4年最後の本場所は、こうしてたくさんのドラマを詰め込んでフィナーレとなった。阿炎、高安、そして貴景勝。これから三者三様の心情を追い、相撲史に残るこの場所を振り返ってもらうことで、まだまだ今場所の余韻を残したい。熱冷めやらぬうちに、今年最後に花を飾った力士たちのもとへ話を聞きに行きたいと思う。

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。新刊『おすもうさん直伝!かんたん家ちゃんこ』が1月18日発売予定。ほか著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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