しゃぶしゃぶ温野菜ブラックバイト訴訟、被告会社社長が報道圧力
昨夏から話題になっている「しゃぶしゃぶ温野菜」ブラックバイト訴訟の第一回口頭弁論が9月14日に開かれ、そこでの被告会社・DWE JAPAN側の言動が波紋を呼んでいる。
この事件は、大学生が4カ月連続勤務や20万円以上の自腹購入を強要されたうえ、包丁で刺される・首を絞められるなどの暴力に遭ったことが問題となったもので、今年6月に学生が千葉地裁に提訴していた(尚、本件の経緯や被害の詳細については、拙稿「しゃぶしゃぶ温野菜」で大学生刺傷事件 なぜブラックバイトは暴力的になるのか」や拙書『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)を参照してほしい)。
この第一回口頭弁論で、被告のDWE JAPAN社長と代理人弁護士は、「異例」の言動を繰り広げた。社長は突如、被害学生や彼の所属する労働組合への「批判」を展開し、さらには、裁判中であるにも関わらず、傍聴席のマスコミに向かって「要請」を繰り返したのだ。
今回は、この裁判の「異様な様子」を振り返りながら、そのような行動の背後関係と問題点を指摘したい。
社長が法廷でマスコミに呼びかけ、裁判長に制止される
問題の場面は被告側の意見陳述のときにやってきた。あらかじめ意見を述べることは決まっていたが、その内容は伝えられていなかった。
社長はまず、傍聴席の方へ向き直って、当日取材に来たメディア関係者たちに「マスコミの皆様」と呼びかけて、自分の意見を主張しようとした。これはいうまでもなく「裁判」とは無関係の行為だ。
当然、即座に裁判官によって「裁判に関係のない発言はやめてください」と制止された。
すると、こんどは会社側の弁護士が、「マスコミの皆様」と言ったからといってマスコミに語りかける内容ではない、と裁判官に弁解した。社長の発言はあくまでも裁判に関係のある発言だから、続けさせてほしいというわけだ。
そこで、裁判官はいぶかしがりながらも陳述を再開させた。すると、社長はまたマスコミに向けて話し始めたのである。裁判官は会社側の弁護士に「騙された」ことに気づき、再び制止する事態となった。
このようにして、被告側の社長は弁護士に裁判官をだまさせてまで、強硬にマスコミ向けの「要請」を行ったのである。
そもそも、労働問題で訴えられている被告側の社長が、わざわざ口頭で意見陳述をすることなど滅多にない。そのうえ、裁判官に嘘までついてしまっては、裁判官の心証を悪化させ、判決にも影響が出かねない。
社長は、そこまでして何をマスコミに訴えたかったのだろうか。
「しゃぶしゃぶ温野菜という名称を報道しないでほしい」
意見陳述の中で、社長がマスコミに訴えたことは、「しゃぶしゃぶ温野菜という名称を報道しないでほしい」いうことだった。社長は、傍聴席の方を向いて「マスコミの皆様」と呼びかけたうえで、「ブランドに対する被害が生じる」から、「しゃぶしゃぶ温野菜」という名称を報道しないように要請したのである。
「しゃぶしゃぶ温野菜」を展開するのは、「レインズインターナショナル」社(以下、レインズ社)である。この社長の行動は、「しゃぶしゃぶ温野菜」というレインズ社のブランドを守るための行為だった。
この行動の狙いは「報道への圧力」だと思われる。後述するが、実際に裁判所で異例の「要請」が強行されたことで、マスコミに対する威圧効果が発揮された可能性が高いのだ。
ただ、繰り返しになるが、当の被告側社長はこの裁判官をだましたわけで、裁判上おそらく不利になる。DWEJAPANの社長は、裁判における自らの利益はそっちのけで、「しゃぶしゃぶ温野菜」のブランドと、フランチャイザーであるレインズ社をかばうかのような行動に出たのである。
だが、それもそのはずだ。実は、現時点までDWEJAPANはレインズ社とフランチャイズ契約を継続してもらっている立場にある(今もDWEJAPANはレインズ社から「牛角」3店舗の経営を任されている)。
刺傷事件が起こってもいまだに加害業者と本部の「蜜月」が続いている。これが、「異例」の出来事の裏事情であった。
報道圧力の効果
それでは、実際に、こうした「異例」の報道圧力は功を奏したのだろうか。そのことを確かめるために、本件についてのマスメディアの報道状況を見ていきたい(9月24日時点)。
「しゃぶしゃぶ温野菜」と報道したメディア
毎日新聞
フジテレビ
TBS
「しゃぶしゃぶ温野菜」と報道しなかったメディア
産経新聞(DWE JAPANという社名のみ報道)
東京新聞(同上)
テレビ朝日
このように、「しゃぶしゃぶ温野菜」の報道状況は、ほぼ半々であった。以前はほぼ各社ブランド名を明示していたことからすれば、やはり「効果」があったようだ。実際に、一部の記者からは、「しゃぶしゃぶ温野菜」と報道しようとしたが、上からストップがかかったという話も聞かれた。
被告会社の社長自らが公然と報道圧力をかけてきた今回の経緯を踏まえれば、メディアの威信をかけて、「しゃぶしゃぶ温野菜」と報道してほしかったものである。
フランチャイズを「巧み」に利用した責任回避
こうした被告会社社長による報道圧力の狙いは明白だろう。「しゃぶしゃぶ温野菜」というブランドのイメージ・価値の低下は、レインズ社にとって大きな「痛手」になりうるため、それを防ごうとしたのだ。
だが、ここにはただ「下請け企業が元請け企業を守ろうとした」という以上の問題が横たわっている。それは、ブランド名をめぐる「ダブルスタンダード(二重基準)」という問題だ。
ここで、改めてDWE JAPANとレインズ社の関係を確認しておこう。レインズ社とDWE JAPANは、「しゃぶしゃぶ温野菜」1店舗と「牛角」3店舗の経営に関し、フランチャイズ契約を締結している(「しゃぶしゃぶ温野菜」のみ昨年末に解約)。レインズ社は資本金55億円の大企業に対し、DWE JAPANは千葉県内で上記4店舗を運営する零細企業である。
DWE JAPANの社長は、このフランチャイズ関係を「巧み」に利用し、誤解を恐れずに言えば、価値の無いDWE JAPANという社名のみを報道するように誘導し、ブランド価値の高い「しゃぶしゃぶ温野菜」を報道させないように企図した。
問題は、このような行為が消費者やアルバイトを欺く「ダブルスタンダード」を含んでいることだ。
DWE JAPANにしても、レインズ社にしても、消費者に向けて広告・宣伝をするとき、アルバイトを探している学生・労働者に向けて求人をするときには、「しゃぶしゃぶ温野菜」や「牛角」といったブランドを前面に打ち出している。わざわざ「運営しているのは別の零細企業です」とは宣伝しない。
ブランド名は、いわば「信用」という「売り物」なのだ。
その一方で、今回のように、都合の悪いことがあった時には、ブランド名をひた隠しにし、無名のフランチャイジー側の社名(今回の場合はDWE JAPAN)のみが報道されるように誘導する。「信用を売られた側」は、一方的に裏切られることになる。
このようなダブルスタンダードは、食事に来る消費者に対しても、アルバイトを探しに来る学生に対しても、不誠実ではないだろうか。私たちは、少なからず「しゃぶしゃぶ温野菜」や「牛角」といったブランドを信用して、お店を利用したり、アルバイトを申し込んだりしているからだ。
実際に、被害者の学生も「しゃぶしゃぶ温野菜」のブランド名から、大手企業が運営主体だと思い込み、応募している。
本来ならば、レインズ社は不祥事に際しても、ブランド名を隠そうとするのではなく、ブランドの社会的信用を保つためにも、被害を直ちに補償し、再発防止に努めるべきである。
実際に裁判を傍聴する
ブラック企業やブラックバイトの事件は数あれど、なかなか裁判に発展するものは少ない。
できることならば、多くの人々に、ぜひ直接裁判所へ出向いて会社側の言動を観察し、被害に遭った学生の話に耳を傾けてもらいたい。そうした社会の「目線」こそ、ブラック企業が恐れていることなのだ。もちろん、多くの方の裁判傍聴は、勇気をもって立ち上がった被害学生への応援にもなる。
訴訟を支援している「ブラックバイトユニオン」では、今後も「しゃぶしゃぶ温野菜」ブラックバイト訴訟の傍聴支援を続けていくという。同ユニオンも、裁判の傍聴や裁判支援の学生ボランティアを呼びかけている。
実際に、問題が起こった第一回の口頭弁論には、多くの傍聴者が訪れ、法廷が賑わいをみせていた。ブラック企業の実態を知りたいという社会人の方、裁判を見学したいという学生の方、どのような動機にせよ、現実を見る機会を活かしてほしいと思う。
裁判傍聴はブラック企業・ブラックバイト問題にかかわる絶好の機会だということを強調しておきたい。
本件訴訟の傍聴やボランティアの問い合わせ先
ブラックバイトユニオン
03-6804-7245
info@blackarbeit-union.com
http://blackarbeit-union.com/index.html
ブラックバイト対策のノウハウがわかる本
*この本では、ブラックバイトの実態や対処法を余すところなく解説されている。
*この本では、とにかく簡単に、労働法の「使い方」を解説している。
無料労働相談窓口
NPO法人POSSE
03-6699-9359
soudan@npoposse.jp
http://www.npoposse.jp/
総合サポートユニオン
03-6804-7650
info@sougou-u.jp
http://sougou-u.jp/
*ブラック企業問題に対応している個人加盟ができる労働組合。
ブラック企業被害対策弁護団(全国)
03-3288-0112
http://black-taisaku-bengodan.jp/