【親亡き後】「不安に思うことがたくさんあり過ぎて書けない」静岡県掛川市が全国初の「8050問題」調査
親子の高齢化とともに将来の生活が行き詰り、周囲に見えないまま命を失うこともある「8050問題」が最近、各地で顕在化している。そんなリスクのある「8050世帯」の実態を窺い知る、全国でも例のない「生活状況に関する調査」を行ったのは、静岡県掛川市だ。
調査のきっかけは、同市が2022年度に依頼した、当事者団体の一般社団法人「ひきこもりUX会議」による対話交流会で、数多くの家族が参加。「親亡き後」を心配する声が相次いだことだ。
「市として、何か検討するべきことがあるのではないか?」と考え、調査をかけることになったという。
本人の75%超が「生きるのが苦しい」
調査は、2023年9月から10月にかけ、そんな「8050問題」予備軍が数多く潜んでいるであろう7040世帯、8050世帯の「所得がない」、あるいは「所得不明」の40~59歳の男女596人と、同居している男女293人の双方に、郵送とオンラインで実施。有効回答者は、本人225人(37.7%)、同居者は123人(42.0%)だった。
本人のうち、現在就労活動をしておらず、ふだんは家にいるが「自分の趣味に関する用事のときだけ外出する」「近所のコンビニなどには出かける」なども含めた状態が6か月以上続いている「広義のひきこもり群」該当者は29人。性別は、男性18人、女性11人で、その他は0人だった。
この「ひきこもり」該当者に、同居者の有無を複数回答で聞いたところ、父14人、母17人、きょうだい5人。配偶者・パートナーも3人いた。また、家の暮らし向きについては、世間一般と比べてみて「どちらかと言えば悪い」「悪い」と答えた人は19人に上る。一方、「良くも悪くもない」は8人。「どちらかといえば良い」は2人だけで、3分の2は「暮らし向きが悪い」と考えていることがわかった。
印象的なのは、本人29人のうち「生きるのが苦しいと感じることがある」人が22人と、75%を超えることだ。「絶望的な気分になることがよくある」15人、「死んでしまいたいと思うことがある」14人と併せ、「ひきこもり8050」世帯の本人の多くに、生きていきたいと思えなくなっている社会的状況があることを表わしている。
また、「集団の中に溶け込めない」人は、7割超の21人。「人に会うのが怖いと感じる」「知り合いに会うことを考えると不安になる」がそれぞれ15人いて、ひきこもっていること自体が、自分の命や尊厳を守るために社会や地域から避難している心情を窺わせた。
安心して相談したいと思える環境がない
その一方で、「家族に申し訳ないと思うことが多い」と13人が回答。家族の世話になっている現実に後ろめたさを感じていることもわかった。
とはいえ、「たとえ親であっても、自分のやりたいことに口出ししないでほしい」と答えた人が20人、「自分の生活のことで、人から干渉されたくない」人は24人に上るなど、心配で先回りしがちな親や周囲のふだんからの関わり方を考えるうえでも注目される。
他にも、「いままで働いたことがある」人は、約86%の25人。「まだ自分の夢を実現させる仕事に就いていない」と考えている人も20人に上った。
また、これまでに通院や入院をしたことのある病気を複数回答で尋ねたところ、「精神的な病気」が16人で最も多かった。この結果から、精神疾患などが背景にある人は、医療機関等を通じて自分の状態を認識し、積極的に回答している傾向が窺える。ただ、「社会的要因」が背景にある人たちは「自分が病気や障害なのではない」と考え、診断を受けたがらず、こうした調査にも回答していない可能性があり、潜在層の状況は反映されていないのではないかということも推測できる。
さらに、「ふだん悩み事を誰かに相談したいと思う」と答えた人は、15人と半数を超えた。ところが、「ふだん悩み事を誰に相談しますか?」と聞いてみると、「誰にも相談しない」が12人、「親」が10人と続き、家族以外の第三者に相談している人は少ない。つまり、本人は相談したいと思っていても、安心して相談したいと思える環境が十分に機能していない課題が見えてくるのだ。
このことは、ふだん外出できない人への支援のあり方について尋ねた自由記述からも窺える。実際、「訪問による聞き取り調査」や「気軽に行ける場所」を望む声があったほか、「一緒に食糧の買い出しに行ったり、病院へ行ったり、役所や銀行等での手続き」などのお手伝いをしてくれる人を具体的に求めていた。
そして、「不安に思うことがたくさんあり過ぎて書けない」という記述からは、「このまま生きていていい」「助けてもらっていい」というメッセージをつながりのない人たちにどのように届ければいいのか?という広報の工夫や言葉の配慮の大切さを社会の側が突き付けられているように思える。
子どもが1人になったら生きていけるのか?
一方、同居家族の調査報告を見ると、本人が無職54人、家事手伝い19人、派遣会社などに登録しているが現在は働いていない人が6人。6か月以上連続する「広義のひきこもり」状態の人は計33人だった。
また、同居者が本人と「関係機関に相談したことがある」は21人だったのに対し、「相談したことがない」は50人。相談先も、未回答が104人と突出して多く、「病院・診療所」9人、「福祉事務所」5人、「当事者の会・家族会」4人とどこも少なく、最初に動き出すことの多い家族の受け皿がわかりにくいうえ、十分に周知されていない状況が窺える。
「支援のあり方」についての自由記述には、「本人に仕事の話をするとだまってしまって対話ができません」「家の内まで知られてしまうのが不安」「ひきこもりを特別視することなく、相談者に寄り添ってもらえる窓口の設置を望みます」といった声があった。
現在や将来の不安についての記述には、「将来、子どもが1人になったとき、生きていけるのか心配」「親亡き後、本人に対する支援体制をお願いしたい」といった8050世帯の親の不安が溢れた。
掛川市は2023年度から、ひきこもり地域支援センターを開設している。調査を担当した当時の同市福祉課福祉政策係・大久保晴江さんは、こう話す。
「ひきこもりは悪いことではないという理解をしてもらうところから、講演会や広報などを通じて広めていく必要がある。ひきこもり地域支援センターを活用し、支援を必要とされている多くの方たちへのサポートを進めて行けたらと思っています」
様々な事情から動けない本人を支える最も身近な支援者が家族だ。そんな家族にまず相談につながってもらい、これからの生活設計を一緒に考えていくことの必要性が感じられる。市は今後、この調査結果に寄せられた意見などを踏まえ、今年度以降の事業運営について実務者会議等で検討を進めていく予定だ。