「チャンスの波に乗りなさい」
【チャンスの波に乗りなさい】
「こんなこともあったんですよ・・・ウフフフ」
記憶の糸を辿りながら、時折まるで昨日のことのように、少女のような笑い声をあげて、澤満壽子さんは子育てを楽しそうに振り返った。
先日発売された「チャンスの波に乗りなさい」(澤満壽子著/徳間書店)
本書は、娘であり、日本女子サッカー界を25年間に渡りリードした澤穂希さんを、その誕生から最も近くで見守り続けた母と娘の物語だ。
今回、私はこの本に構成者として関わらせていただいた。
女子サッカーを愛するファンや、子育て中のお母さん、スポーツの指導者の方、育成に興味のある方など、ぜひ多くの人に手に取って読んでいただきたい一冊だ。
【幼少期の知られざるエピソードも】
1〜3章では、母だけが知る幼少期の貴重なエピソードも語られる。
たとえば、好奇心が強かった穂希さんは、自分で遊びを考えるのが好きだったのだとか。一つ例をあげると、「家の中の階段に布団を敷いて、上から滑り降りる遊び」。そういうスリリングな遊びを常にしていたというから、小さい頃は常にどこかに絆創膏を貼っていたというのも頷けるし、「危ないから」と止めることなく、見守った満壽子さんもすごい。実際に、バランス感覚や危険を回避する能力は、こういった幼少期の遊び方が大きく影響するという。それは、間違いなくサッカーにも生きてくるだろう。
澤選手の現役時代の持ち味でもあった「空間把握能力(ジャンプのタイミングや空中戦の強さにつながる)」や、「危機察知能力(ピッチ上で相手の攻撃の芽を摘む守備面の能力)」は、この時期に培われたのではないかと思う。そういった、「小さい頃に運動神経を育む遊び方」についての話は個人的にも大変興味深く、勉強になった。
満壽子さん自身も穂希さんに負けず劣らず、好奇心溢れるお転婆少女だったという。しかし、厳しい両親の元では、制約も多かったのだろう。厳しく言われたと言う言葉遣いは、丁寧で品が良く、柔らかく包み込むような口調からは、波乱万丈の人生を生きてきた強さが感じられた。
2人の子どもに恵まれてからは、子育ても全力で楽しんだという。保守的な考え方も根強かった時代に、「女の子がサッカーをやるなんて」といった周囲の保守的な言葉も意に介さず、信念を貫いた強さが頼もしい。
そして、その強さは、まだ女子サッカーが世の中に認知されず、プレーする環境を得ることもままならなかった時代に、海外挑戦などで自らの道を切りひらいていった澤穂希選手の強さとも重なる。
【「世界一」への道のりを支えた母のサポート】
府ロクサッカークラブ時代の後輩でもある中村憲剛選手(川崎フロンターレ)は、澤選手が女子バロンドールを受賞した際、「ようやく時代が澤さんに追いついた!」と思ったという(オフィシャルブログhttp://ameblo.jp/nakamurakengo14/ より)
小学生の頃から同じチームでプレーを見てきた中村選手にとって、澤選手が世界一の選手になることは「必然」だったのだろう。
その必然を生み出した意志の強さと向上心は、どのように培われたのか。そのヒントは、幼少期にある。
「お母さんのお腹から生まれて、この世界の空気を吸った瞬間から、その子の人権が生じると思っています」(1章「親の価値観を押し付けない」より)
「親としては、世間の言うような学歴とかに囚われがちですが、その子が夢中になっているものがあったらそれをサポートしてあげた方が、自分で納得して人生を切り開いていけるのではないかと思います」(2章「好きなことのために頑張れること」より)
干渉しないことと、無関心は違う。そして、満壽子さんの子育ての考え方のベースには「伸び伸びと自由奔放に育ってほしい」という強い思いがあった。
どのようなサポートが澤選手の才能を伸ばしたのか、興味深く読んでいただけることと期待している。
【魔法の言葉】
また、本書のタイトルである「チャンスの波に乗りなさい」という言葉もそうだが、折に触れて、母である満壽子さんが穂希さんの背中を押した印象的な言葉が出てくる。
子どもにとっては、小さい頃に親がかけてくれた何気ない一言が心のよりどころになったり、辛い時に乗り越えるきっかけになったりするもの。小さい頃のことを思い出してみると、私にも、そんな「魔法の言葉」がいくつかある。そういった言葉の選び方や声の掛け方は、教育者や指導者の方にも参考になるのではないかと思う。
各章の終わりには、澤穂希選手自身のコラムも収録され、母との思い出や幼少期のエピソードが綴られる。
4章では、2011年ワールドカップで優勝した後の知られざる苦労や、最後の代表での試合となった2015年カナダワールドカップ時のエピソードなども盛り込まれている。こちらは女子サッカーファンも必見のエピソードだ。
5章は親子対談。絶妙の掛け合いが面白く、笑いの絶えない対談となった。ここでしか読めないエピソードもあり、結婚や引退の舞台裏も語られる。澤穂希選手から、未来のなでしこ達へのエールも必見だ。