中国を「敵」とみなした英国のアジア回帰政策 空母打撃群を極東展開へ
「ロシアと中国の目標は戦争に到る前に勝つことだ」
[ロンドン発]イギリスのニック・カーター国防参謀長は9月30日、シンクタンク、ポリシー・エクスチェンジで「統合運用コンセプト2025」を発表し、潜在的敵国としてロシアと中国を名指ししました。カーター国防参謀長の演説や「統合運用コンセプト2025」を見ていきましょう。
カーター国防参謀長はロシアや中国を敵と位置づけ、両国が「政治戦争」を繰り広げていると警鐘を鳴らしています。「彼らの“政治戦争”の戦略はわれわれの結束を弱め、経済的・政治的・社会的回復力を侵食し、世界の主要地域で戦略的優位性を競うように設計されている」
「彼らの目標は戦争に到る前に勝つことだ。戦争という反応を引き起こす閾(しきい)値を下回る攻撃を使用して、われわれの意志の力を打ち砕いて目的を達成することだ」
ロシアのクリミア併合や中国による南シナ海の軍事要塞化、中印国境紛争で、両国は戦争が勃発するのを避けながら巧みに目標を達成してきました。「権威主義的なライバルや過激派のイデオロギーからわれわれの生き方への攻撃は、われわれが守りたい自由を損なうことなく打ち負かすのは非常に困難だ」
「中国は平和を偽装して軍事的な目的を達成する」
カーター国防参謀長は「情報の普及と急速な技術開発は戦争と政治の性格を変えた」と指摘します。
「政治的・社会的結束を弱体化させるために使える新しいツール、技術、戦術、聴衆とのつながりをこれまで以上に速くする手段を入手した。敵はわれわれ“西側の戦争の仕方”を研究し、脆弱性を特定した」
「彼らは接近阻止・拒否システムや長距離ミサイルシステムを開発した。彼らは海中能力を向上させた。彼らは電子戦、複数の武器を備えたドローン部隊を統合した。彼らは宇宙とサイバーに投資した」
「ウクライナとシリアでロシアは戦闘研究所を設立し、新世代の兵士を強化する戦術と戦闘を開発した」
「ロシアはこの数年、2017年のウクライナの金融・エネルギー部門、18年の化学兵器禁止機関(OPCW)など、敵に対しサイバー攻撃と情報攻撃を定期的に使用してきた」
「一方、中国はこの20年間にわたって世界最大の海軍、従来の弾道ミサイルの10倍の射程距離を有する巡航ミサイルや、弾道ミサイル、先端の長距離地対空ミサイルなど人民解放軍を強化、近代化した」
「中国は現在の国際法の定義で彼らの行動が紛争と分類されるのを避けるため、国際法の発展を上回る技術と戦術を利用してきた」
「平和と戦争の間のあいまいな境界は平和を主張するため民間人としての活動を偽装して、目的を達成する機会を軍に与えていると人民解放軍の文書は主張している」
「デジタル権威主義を世界に輸出する中国」
「中国の新しい戦略的支援部隊は、宇宙とサイバー領域での優位性を達成するよう設計されている。それは衛星情報攻撃・防御部隊、電子攻撃部隊とインターネット攻撃部隊、従来の電子戦部隊、対レーダー攻撃部隊、サイバー戦部隊を指揮している」
「中国共産党のデジタル権威主義は大量監視と社会信用スコアの未来を築き上げ、これらのツールを世界の他の地域に急速に輸出している」
「新型コロナウイルスの危機は、プロパガンダ、データの誤用、偽情報、戦略的影響力の使用が研究者、市民社会、政策立案者にとって複雑で急速に進化する課題であることを浮き彫りにした」
「われわれの敵は通常、明らかな探知と反応の閾値を下回るように活動を調整し、デジタルテクノロジーの速度、量に依存している。彼らの戦争の仕方は戦略的であり、同期され、体系的だ」
しかしロシアも中国も本格的な戦争を望んでいるわけではありません。「敵は誰も戦争を遂行する余裕はない。彼らは戦争の引き金となる閾値を下回って勝ちたいと思っている」とカーター国防参謀長は言います。
日本や韓国と「設計された同盟」関係を
こうしたことを受け、カーター国防参謀長は「われわれが圧倒されないようにするには考え方を根本的に変えなければならない」と指摘。英軍はステルス能力を磨き、技術的専門知識を高め「より小さく、より速く」行動する必要があると強調しました。
「統合運用コンセプト2025」では次の10年に向け、クラウド接続、機械学習、人工知能、量子コンピューティングを介したデータの普及など、実証済みのテクノロジーを組み合わせることで新世代の兵器システムだけでなく、全く新しい戦争の方法が可能になるとしています。
軍事分野でもデジタル技術だけでなく、ロボット技術の進化は目覚ましいものがあります。英陸軍は第1世代のロボット車両を空挺部隊に配備し、将来、軍隊とロボットがドローンに守られながら戦場に展開する構想を立てています。
アライアンスの構築と相互運用性の向上を重視して「設計された同盟」を強化し、より生産的に負担を分担できるようにする布石の一つが英空母打撃群の極東展開です。
これに先立ち、マーク・カールトン=スミス英陸軍参謀総長は9月29日、英紙デーリー・テレグラフ電子版に「英陸軍はアジアでより持続的なプレゼンスを持つことになる」と述べています。
英空軍の基地や最新鋭の空母を拠点に英陸軍も同盟国と一緒に作戦展開できるとの見通しも示唆しました。カールトン=スミス英陸軍参謀総長は同紙に次のように語っています。
「われわれは英陸軍が極東でより持続的なプレゼンスを持つ需要が存在していると考えている」「英海軍の空母打撃群から極東に英軍を展開するなら、訓練のため英陸軍を運ぶ英海軍の艦艇も必要になるだろう」
「そうすればナラティブ(物語)を変え、同盟国に再保証を与え、敵国に対する抑止力になる。イギリスの戦略的な選択肢と影響力は増す」。日本や韓国との「設計された同盟」関係を念頭に置いているようです。
「2001年の米中枢同時テロで極東から撤退したのは当然の成り行きだったが、1980年代にはもっともっと持続的なプレゼンスがその地域にはあった。今、バランスを取り戻すべき時なのかもしれない」
「日本は英軍の大規模展開を歓迎するだろう」
今年7月、英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のウェブセミナーで英海軍のジェリー・キッド副提督は「英海軍はインド太平洋に復帰しつつある。私たちの野心はそこに永続的に前進作戦基地を持つことだ」と発言しています。
「空母打撃群は含まれるかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれ分かるだろう」「空母で運んだ最新鋭のステルス艦載機F35B は同盟国アメリカや日本のハブを通じインド太平洋で作戦を維持する可能性もある」
英空軍のジェリー・メイヒュー中将も「わが国と極東の『ファイブパワーズ(5カ国防衛取極)』をつくるオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアや、日本は英軍の大規模展開を歓迎するだろう」との見方を示唆していました。
英海軍は来年、最新鋭空母クイーン・エリザベス(満載排水量6万7669トン、全長284メートル)をインド太平洋での日米合同軍事演習に参加させるとみられています。
空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群は最新鋭のステルス艦載機F35Bが24機、23型フリゲート2隻、45型駆逐艦2隻、タンカー2隻、原子力潜水艦1隻で編成されます。空母クイーン・エリザベスは今秋中に訓練を終えます。
2隻目の空母プリンス・オブ・ウェールズ(同)も1年半後には初の航海に出ます。
「英国はインド太平洋の西端に、日本は東端に存在する」
日英の安全保障に詳しい英ロンドン大学キングスカレッジ戦争学部のアレッシオ・パタラーノ教授は8月、英空母打撃群の極東展開について筆者に次のような見方を示しました。
「展開は行われると思います。新型コロナウイルス・パンデミックの影響を受けるべきではありません。イギリスが欧州連合(EU)離脱後に前に進むにつれ、インド太平洋が重要になってくることを示唆しています」
「国際社会における競争が復活したことをイギリスが真剣に受け止めていることをパートナーや同盟国に知らせるシグナルの一部です。ただ英政府は、地域内で生じる可能性のある期待に応えるという課題に対してコミットメントのシグナルを送る際に注意して評価する必要があります」
シーレーン防衛における日英協力についてはこう解説しました。
「国際海事規則に基づく秩序はイギリスと日本にとって重要であり、その安定性は世界の安定と経済的な繁栄の鍵です。しかしイギリスと日本はどちらも能力が限られており、利益を確保するために、限られた資源の現実とのバランスを取る必要があります」
「この点で後方支援や基地の提供を強化し、それぞれの能力に基づいて協力することは両国が関与するための重要な問題となるでしょう。イギリスはインド太平洋の西端に、日本は東端に存在しています。お互いをサポートすることで、より少ないリソースでより多くのことができるようになります」
(おわり)