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「来ないでほしい」金正恩のロシア訪問を心から嫌がる人々

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 北朝鮮の金正恩総書記がプーチン大統領と首脳会談を行うため、ロシアを訪問している。会談ではロシアがウクライナ戦争で使う弾薬などの供給について話し合われると見られており、この訪問を快く思わない人々は世界に数えきれないほどいるだろう。

 そして、ロシアにいるある種の人々が、とりわけ金正恩氏のロシア訪問に否定的な感情を持っていると、米政府系のラジオ・フリー・アジアが伝えている。

 その人々とは、ロシアに派遣された北朝鮮の労働者たちだ。彼らは劣悪な環境で働かされたうえに賃金の大部分を国家にピンハネされ、脱走を試みて失敗した人々は、本国で処刑されたり政治犯収容所に送られたりしている。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 2021年4月27日には、韓国デイリーNK編集部にロシアに派遣された労働者から電話がかかって来たことがある。「外国にいる」「現地の電話からかけている」と明らかにした男性は、「全世界に必ず暴露すべき」だと語気を強めた。20分余りの通話で明らかにされたのは、ロシアでの過酷かつ理不尽な労働に耐えきれず脱走したが本国に連れ戻され、処刑されたある男性にまつわる話だった。

 北朝鮮からロシアに派遣されている労働者をめぐっては、こうしたエピソードが数多くある。彼らは本国から派遣された保衛員(秘密警察)によって一挙手一投足を監視されているのだが、金正恩氏が現地を訪問するとなると、その統制がいっそう厳しいものになるとRFAは伝えている。

 労働者たちは、家族への仕送りや自分の取り分を少しでも増やそうと、現地住民の家具の修理など、ちょっと仕事を進んで請け負って、眠る間も惜しんで働いている。しかし、最高指導者の訪問で政治的な行事に参加させられることで、貴重な時間が失われるという。

 また、彼らはロシア人たちの間で「真面目で働き者だ」と評判だとされるが、現地住民の中には善意から、労働者たちに「あなたたちは国家に搾取されている。目を覚ませ」と話す人々もいるという。

 RFAの取材に応じた現地消息筋は「そうしたロシア人たちの影響もあり、労働者たちの間には『本当に来てほしくない』という雰囲気がある。歓迎しているように見えても、それは当局の統制によるものにすぎない」と話している。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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