「嫌よ嫌よも好きのうち」ではない 強制性交罪が「不同意性交罪」に変わる意味 #日本のモヤモヤ
刑法の性犯罪に関する規定が見直され、改正法案が今月中にも国会に提出される予定だ。性犯罪に関する刑法は2017年に110年ぶりに大幅に改正されたが、その後も見直しを求める声が上がっていた。
#metooなどをきっかけに報道が増え、被害当事者の声が知られるとともに性犯罪・性暴力に関する意識はここ数年でも少しずつ変わっているように感じられる。今回の改正で変わる項目とその意味が広く知られることが必要だ。
●「強制性交罪」から「不同意性交罪」へ?
2月24日の読売新聞の報道によれば、法務省は刑法の「強制性交罪」を「不同意性交罪」に罪名変更する方針という。
「不同意性交罪」の創設は、性暴力の被害当事者団体や支援者らが強く求めてきたものだ。
イギリスやスウェーデンなどではすでに採用されている一方で、「内心の判断につながる」「日本では同意を明示的に取る文化がない」といった理由から懸念が示され、2020年に始まった再改正の検討会・法制審議会でも慎重な議論が続いていた。
検討委員によれば、議論の場で何度も「同意のない性的行為は処罰対象である」と確認されたという。しかし、それをどのように法律の条文に書き込むか(どのように罰する規定を設けるか)について議論が続いていた。
2022年10月に示された試案の中では、立証ハードルの高さから再検討が求められていた「暴行・脅迫」要件について、「拒絶するいとまを与えないこと」「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、又は驚愕させること」などの8項目が明示された。
これらは、暴行・脅迫を用いずとも被害者の抵抗を奪えることがあり、被害者は被害時にフリーズしてしまう現象があるといった実態を踏まえたものであり、実質的な「暴行・脅迫」要件の緩和措置だった。
しかし試案の中には「拒絶困難(拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態をいう)にさせ」「拒絶困難であることに乗じて」という一文があり、これは被害者側がどれだけ抵抗したかを証明する必要があったこれまでと変わらない運用がなされるのではないかと、当事者団体らから強い反発の声が上がっていた。
▲2022年12月14日のオンラインイベント
こういった声が届いたのか、2月3日にまとめられた要綱案の中では試案にあった「拒絶困難」の文字が削られ、代わりに「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」という文言が入った。
●「性交」と「同意」がセットで語られることの意味
「同意しない意思」という言葉が入った意義は大きく、問題を訴えてきた当事者・支援団体からは活動の一定の成果を得られたと評価されていた。
そしてさらに今回、この条文の文言に合わせて罪名が「不同意性交罪」に変わる可能性が発表された。
2017年に行われた性犯罪刑法の改正の際には、「暴行・脅迫」要件の緩和・撤廃はにべもなく見送られ、「不同意性交罪」は検討の余地すらなかったように見えた。
それから6年で「不同意性交罪」が国会を通る可能性が見えてきたのは、被害当事者らによる改正の訴えかけや、複数の大学で行われている「性的同意」を学ぶための学生によるアクション、性犯罪無罪判決への抗議をきっかけに始まったフラワーデモ、あるいはタブーとされてきた性暴力を可視化するためのさまざまな立場からのアクション、それらによる世論の高まりがあったからだろう。
北海道新聞による報道(「性犯罪規定見直し*処罰要件を明確化*被害者実態により近く」2023年2月4日)によれば、ある法務省幹部は「イエス・ミーンズ・イエス(イエスの明示しか同意を意味しない)」型と呼ばれるスウェーデンのような制度について「スウェーデンのような制度には、行為時に同意を取ることが当然だという一般通念が必要だ。今の日本社会はそこまで熟していない」と説明したという。
不同意性交罪への難しさを語ったものかもしれないが、法務省関係者が、今の日本社会の性的行為に対する考え方が未成熟であるという認識を持っていたことに驚いた。これまでは「未成熟」ではなく、性行為の同意を曖昧にすることが日本の文化だと言われることがあったからだ。
2017年の改正時、当事者らが行ったキャンペーンの一つは「嫌よ嫌よは嫌なんです(ノー・ミーンズ・ノー)」だった。「嫌よ嫌よも好きのうち」と語られ、性的行為を行うにあたって明確な同意を取るのはむしろ無粋であるとされてきた日本社会への問題提起だった。
「不同意性交」という言葉が社会に馴染み、「同意」と「性交」がセットで語られるようになることの影響は大きいはずである。
インターネット上の一部では、「性交する際にいちいち書類契約が必要なのか」といった揶揄の声が聞かれるが、そのように反発を覚える人にも同意の必要性が刷り込まれていくことに意味があると考える。
また、「罪名変更よりも厳罰化を」といった意見もネットニュースのコメント欄などに見られるが、現実的な改正を見据えてロビイングを行ってきた当事者たちが今回望んでいた論点は不同意性交罪の創設や性交同意年齢の引き上げであり、これがこれまで被害を犯罪と認められなかった当事者を救う可能性のある改正であることをぜひ知ってもらいたい。いわゆる「厳罰化」と言われる量刑の引き上げなどは2017年の改正で行われている。
●性交同意年齢に残った「年齢差要件」
一方で惜しまれるのが、性交同意年齢の引き上げに年齢差要件が残ったことである。
性交同意年齢は現行刑法では13歳であり、2017年の改正時にも引き上げが議論されたが見送られた。性交同意年齢は14歳〜18歳に設定する国が多く、2020年には韓国でも16歳に引き上げられたことから、日本でも引き上げの声が高まっていた。
今回の要綱案では16歳に引き上げられたものの、13歳以上16歳未満については「5歳以上」という年齢差要件がついている。
たとえば18歳と13歳が性交をして13歳が「被害」を訴えた場合、性交の事実が認められれば18歳は罪に問われることになる。しかし17歳と13歳の場合、13歳が「被害」を訴えても17歳が否認すれば、それが本当に「被害」だったのか、同意の性交ではなかったのかについて13歳の側が立証責任を持たされることとなる。
年齢差要件が残った理由は、同年代での性的行為を処罰しないためと説明されている。
13歳と17歳とはたとえば、中学1年生と高校2年生の年頃である。被害者支援側の検討委員たちは、10代にとっての4歳差は大きく、対等に意見が言える関係とは言えないことから、年齢差要件の撤廃や「せめて3歳以上」を主張してきたが叶わなかった。
ある被害者支援関係者は「13歳〜15歳との性交を望む17歳〜19歳を許すだけの条文」と落胆を見せた。
筆者が性交同意年齢を考えるときに感じるのは、性交を単に「楽しいもの」と考える人と、「性的好奇心は多くの人にあるものの、相手や自分の心身に影響を及ぼすリスクがあるもの」と考える人の間で認識の差があるのではないかという点だ。
日本では2000年代に自民党議員が主導したバックラッシュの影響から、今も充分な性教育が行われていない状況が続いている。その中で「13歳になれば自分がその相手と性交するかどうかの判断が可能(たとえ相手とどれだけ年齢差があったとしても)」とする、これまでの「性交同意年齢=13歳」は、あまりにも無理があった。
今回16歳に引き上げられたものの、検討会議事録によれば、年齢差要件にこだわった検討委員の意見は
といったものだ。
これに対して、年齢差要件に抵抗する委員は、
などと答えている。13歳〜15歳の心身の発達が未成熟な児童に対してあえて性交を望む17歳〜19歳の態度は果たして「真摯」と言えるのか。個人的には非常に疑問がある。これはもちろん、年齢が下の者が男性で上の者が女性の場合でも、または同性間の行為であっても同様に疑問である。
●保護者にも子どもにも、性に関する知識や尊厳を学ぶ機会が必要
「強制性交罪」の罪名が「不同意性交罪」に変わる可能性が示されたことで、最後に残った論点が性交同意年齢の問題となった。基本的に16歳に引き上げられたことは間違いなく前進である。一方で、年齢差要件という今後の課題は残っている。
ほんの数年前まで、日本の性交同意年齢が13歳ということを知らなかった人の方が多いだろうし、今でもそうかもしれない。年齢差要件については少しややこしい議論かもしれないが、この課題を多くの人と考えていくことが必要だ。
被害者支援に携わる人から「13歳の誕生日に被害に遭うなど、13歳になった直後の被害が多いのは、加害に及ぶ側が性的同意年齢を把握しているからではないか」という話を聞いたことがある。今回のような法律の改正や議論を「加害者」となる側の人間は熟知していることがある一方、子どもを持つ保護者の中には知らない人も多い。
性交同意年齢が13歳だと聞けば「知らなかった」と驚く人は多いが、その一方で引き上げに反対する人たちの意見は強固であり、性交同意年齢の引き上げを望む発信をした人に対してネット上などで攻撃的な言葉や嘲笑が飛ばされることも少なくなかった。
今回の法改正とその意味を周知していくことが今後必要であろうし、保護者にも子どもにも性に関する知識や尊厳を学ぶ機会が必要だ。法務省幹部を持ってして「そこまで熟していない」と言わしめた日本社会の性に関する考え方は、今後もアップデートされていく必要がある。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】