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海外メディアが絶賛。中谷潤人と井上尚弥の対戦相手にもっとも相応しいのは堤聖也だ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
堤聖也。7月のウィーラワット・ヌーレ戦(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

主役に躍り出た新王者

 13,14日にわたり東京・有明アリーナで開催されたボクシング・イベント「PRIME VIDEO BOXING10」。2日で7試合の世界タイトルマッチとキックボクシングのスター選手からプロボクシングに転向して話題を集める那須川天心(帝拳)の初のタイトルマッチが行われ、盛況を呈した。2日目の世界戦第1試合、アンソニー・オラスクアガ(米)vs.ジョナサン“ボンバ”ゴンサレス(プエルトリコ)のWBO世界フライ級タイトルマッチが初回終了ゴングが鳴る前に無効試合に終わった以外は好ファイトが多かった。

 オラスクアガvs.ゴンサレスに続いて行われた王者田中恒成(畑中)vs.挑戦者プメレレ・カフ(南アフリカ)のWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチも激闘になり、2-1判定でカフが戴冠するアップセット。会場の観衆と配信サービスで観戦したファンを興奮させたが、初日のメインイベント、WBA世界バンタム級タイトルマッチは超がつく激闘で、挑戦者堤聖也(角海老宝石)が3-0判定勝ちで王者井上拓真(大橋)を攻略。ベルトを腰に巻いた。

 井上vs.堤は12年前のインターハイ準決勝のリベンジを果たしたことが話題となっているが、海外ファンやメディアは純粋に試合内容の激しさに感動している。開始から終了ゴングまで休みなく打ち合った一戦を年間最高候補に挙げるメディアもある。「映画“ロッキー”のようだった……。いったいどこにあのスタミナはあるのだろう?」(米国メディアのボクシング・ニュース24/7ドットコム)という賛辞も寄せられている。

 そしてロッキーを演じたのは堤だった。

一心不乱のラッシュ

 モンスター、スーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)の実弟拓真は兄と比較すると戦闘スタイルがやや地味で、玄人ファンの支持を得てもカジュアルファンにまで名前が浸透しているとは言い難い。そして「偉大なモンスターの弟」という宿命を背負ってキャリアを進めている。それでも現在、4団体全部で日本人が世界王座を独占するバンタム級でチャンピオンの一角に君臨し実力評価が高い。井上にはイベント2日目のトリを務め、今回もスペクタクルなKO勝利を飾り、WBC世界バンタム級王座の防衛に成功した中谷潤人(M.T)との統一戦が噂に上っていた。

 そんなハイレベルな相手に終始真っ向勝負を挑み、高校時代の無念をプロのリングで晴らした堤。3ラウンドには井上の右アッパーカットを食らってヒザが揺れ、中盤には右目尻が腫れ、終盤には左マブタをカットし出血と苦闘も経験した。だが、それ以外の場面では何かに憑かれたように一心不乱に手を出し続け、勝利をもぎ取った。10ラウンドに左で井上をロープへ飛ばしカウントを聞かせたことも追い風となった。

井上に右を見舞う堤(写真:ボクシング・ビート)
井上に右を見舞う堤(写真:ボクシング・ビート)

 堤は2試合前の昨年12月、日本バンタム級王座の4度目の防衛戦で相手の穴口一輝(真正)と激しい打ち合いを展開。4度ダウンを奪った堤が判定勝ちしたが、穴口選手が意識不明に陥り、脳の開頭手術を受け今年2月に死去するリング禍が発生した。その不幸な背景も彼を奮い立たせた一因かもしれない。その後、堤は7月、ウィーラワット・ヌーレ(タイ)に4回TKO勝ちでリングに戻った。

中継のスコアは井上の勝ち

 私は井上vs.堤をスペイン語中継の「ESPNノックアウト」で観たのだが、進行役のサルバドール・ロドリゲス氏、解説の女子ボクサーでタレントのマリアーレ・エスピノサ(井岡一翔vs.フェルナンド・マルティネスでは東京でレポーターを担当)そして同じく解説でスコアラーのジュリアス・ジュリアーニ氏も堤(12勝8KO2分無敗=28歳)のパフォーマンスを称賛していた。ところがジュリアーニ氏のスコアカードは114-113の1本ポイント差で井上の勝ち。私見を述べれば井上のスキルに傾倒し過ぎの印象で、とりわけ堤がパンチのボリュームで圧倒した最終12ラウンドを10-9で井上優勢と採点したのには納得できない。

 私のスコアは116-111で堤。これは記録サイト「ボックスレク」のファンの意見と同じだった。全員日本人ジャッジが担当した公式スコアは114-113、115-112、117-110の3-0判定で堤の勝利。ジュリアーニ氏のスコアもそうだが、意外に思ったのは公式スコアがアナウンスされた後、エスピノサが「117-110は的外れ。そう記した日本人ジャッジはちゃんと試合を採点していない」と指摘したこと。才、美に加えて若さまで兼備するエスピノサは歯に衣着せぬコメントを発する。でもこれだけはっきりと批判されると反論したくなる。そのジャッジ、岩崎国浩氏の名誉のために言わせてもらうとけっして同氏のスコアは論外ではない。

中谷&モンスターの脅威に

 熱いパフォーマンスでWBAベルトを奪取した堤。上記のようにボックスレクも“お墨付き”を与えているのだが現在、同サイトはWBAの存在を一切、無視しているから堤をチャンピオンとして扱っていない。皮肉な話にもかかわらず、堤には井上拓真に代わって中谷との統一戦がクローズアップされる。今、中谷の相手にもっとも相応しく、噛み合う好ファイトが期待できるのが堤だ――そう記すのが前述のボクシング・ニュース24/7ドットコム。当然、今、中谷と対戦すれば堤には不利の予想が立つが、もし勝てば一気にモンスターの脅威にのし上がるかもしれないと同サイトは補足する。

 エキサイティングな新チャンピオン堤の誕生で日本ボクシング界は世界に向けてますますホットになってきた。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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