国家安全維持法 日本での域外適用第一例か:逮捕された香港人学生に学ぶ権利を保障すべき
3月初旬、日本に留学している香港出身の学生が、身分証を更新するために香港に一時戻った際、「国家の分裂を煽動した」として、国家安全維持法違反の容疑で逮捕された。彼女は私のよく知る学生のガールフレンドだ。報道によると、インターネットで香港独立に関する情報を流したことが罪に問われる可能性があるのだという。
彼女がネットに何かを書き込んだり、情報を転送したりしたのは、日本にいた時のことだ。それにもかかわらず、彼女が香港で逮捕されたのは、国家安全維持法は域外適用が可能であるためだ。
彼女は保釈され、香港の自宅にいるが、パスポートを没収され、日本に戻って勉強を継続することができない。起訴されるかどうかは5月以降に決まるという。
私はこのようにして香港の国家安全維持法が域外で適用されていくことに、大きな不安を覚える。日本の司法制度ではあり得ないような裁判が進行していくのだ。同じような事例が積み重なっていくことで、やがて、日本でも言論の自由が保障されなくなってしまう。いや、もうすでにさまざまな分野で中国の言論統制の影響は浸透しており、自己規制や自己検閲も含めると、かなりの変化が生じてしまっているのではないかとさえ思う。
ぜひ、この学生が籍を置いている大学には、彼女が日本で勉強を続けられるように、オンラインで授業に参加できるように配慮して欲しい。
私がこのことを力説したいのは、日本の組織がこの問題がどれほど深刻であるかを認識しておらず、中国で法を犯したとして逮捕される人に対して非常に冷たいと感じることが多々あるからだ。
企業関係者や大学教員など、中国で日本の多くの民間人が拘束されている。2017年、遼寧省で温泉開発のための調査をしていた地質調査会社の従業員は地図を大量に入手したことが、「スパイ行為」とみなされたのか、「国家機密を盗み、違法に国外に提供した」との罪で、懲役5年6か月の判決を受けた。2019年、2ヶ月間拘束された後に帰国した歴史研究を専門とする北海道大学の教授は、「大量の機密資料を収集していた」として、反スパイ法と刑法の違反に問われた。北海道教育大学で長年教鞭をとっていた元教授(中国籍)は同年、中国に帰国した際に突如拘束された。中国当局はスパイ罪で起訴したと発表したが、罪状や動静については一切明かしていない。
そして、今年3月には大手製薬メーカー、アステラス製薬の社員である50代日本人男性が「反スパイ法」に違反した疑いがあるとして、日本への帰国直前に中国国家安全局に拘束された。
自らの学生や教員、従業員がこうした事例に接しても、一部の日本の組織は「法律に基づかなければならない」として、拘束されている者を救済しようとしないどころか、処罰の対象だとして距離を取ろうとすることさえある。
日本人をはじめとする外国人拘束の根拠になっている法律の一つ「反スパイ法」は、習近平氏がトップに立って間もない2014年11月に施行され、最高刑は死刑だ。しかし、同法には、具体的にどのようなことをすればスパイ行為だと認定されるのかは明記されていない。その上、スパイ行為はもとより、その任務や受託、ほう助、情報収集、金銭授受なども罪だとみなされる。
さらに、2022年末には改正案が公表され、40条の現行法から71条編成へと大幅に内容が加えられた。現行法にある「国家機密の提供」だけでなく、スパイ行為が疑われる人物・組織が所有・使用する電子機器やプログラム、設備などの調査権限も規定し、「重要な情報インフラの脆弱性に関する情報」もスパイ行為の対象であると規定している。
こうした定義の範囲が広く、いかようにも解釈できるような内容であるため、恣意的な法運用はいくらでも可能だ。
「規定通りに手続きを行う」「法律を守って秩序を整える」といった日本的組織文化は美徳であるが、悪弊をも生んでいる。立ち止まって、何が大切であるのかを考えることなく機械的に手順を踏み、ことを進めようとしてしまうからだ。
企業も政府も学校も、自由と民主主義を守るために重要な基本的価値を再認識し、小さな行動を積み重ねていくべきだ。自らあるべき姿を具体的に描き、政策につなげられないような国に未来はない。
これまでテレビのニュース番組を見て時事問題について批評し、インターネットで思い思いの考えを書いていたというのに、ある日突然、自分が、あるいは自分のガールフレンドやボーイフレンドが、子どもや親が、その言論によって国家を転覆しようと企てたとして逮捕されたら、どう感じるだろう。多くの人に、他人事としてではなく、自分のこととして考えて欲しい。