ジャガイモを育てるマッツ・ミケルセン、不法移民の過酷すぎるリアル。有名監督の野心作数々
世界から集まった新人監督の作品が多数世界初上映される一方で、ロッテルダム国際映画祭では、映画通に愛されるベテランフィルムメーカーの新作の数々も反響を呼んでいる。
ひとつは、ニコライ・アーセル監督が「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(2012)以来久しぶりにマッツ・ミケルセンと再び組む「The Promised Land」。舞台は1755年。ミケルセン演じる孤独で貧しい兵士は、豊かな生活を手に入れたいという悲願のもと、手をつけられないと誰もが諦めていた荒れ地に、そのエリアでは未知の食べ物だったジャガイモを植え、育てることに成功する。しかし、強欲で意地の悪い統治者は、彼が必死で開拓したその土地を、不条理にも取り上げようとするのだった。
デンマークの人気小説家イダ・イェスンが書いた新作を出版前に読んだアーセルが、いつかまた一緒に仕事をしようと言い続けてきたミケルセンに誘いをかけて実現。内に多くを秘める主人公は口数が少ないが、せりふがなくても微妙な感情を表現するのはさすがにミケルセンだ。次々と苦難に直面する彼は、最後に思いがけぬ決断をする。非常にドラマチックなこの作品は観客受けが良く、一般観客が投票し、毎日発表されるランキングで、現地時間2日現在、3位に君臨している。
一方、「モービウス」(2022)、「デンジャラス・ラン」(2012)などハリウッドのメジャー作品を手がけてきたスウェーデン人監督ダニエル・エスピノーサは、ヨーロッパで撮影された「Madame Luna」で原点に立ち戻る。タイトルのマダム・ルナとは、エリトリアからイタリアに不法に移民した主人公の若い女性に付けられたニックネーム。アフリカから船に乗ってイタリアに渡ろうとする新たな不法移民に手助けを斡旋する中では、仲間である彼らの恨みを買うようなこともしてきた。パスポートすら持たないが、多国語を話せるおかげで、彼女は難民を搾取する闇深いビジネスに巻き込まれていく。
現代の不法移民問題をリアルに語る傑作には、昨年日本でも公開されたジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の「トリとロキタ」(2022)や、今年のオスカーで国際映画長編部門にノミネートされている「Io Capitano」(2023)などがある。「Io Capitano」は、イタリアに向かう船に乗る段階にたどりつくまでにアフリカで人々が直面する困難を描くもので、「Madame Luna」はその後の話。たまたま同じ頃に製作されたこれらの映画を両方見ると、この問題を取り巻く状況がより良くわかって興味深い。エスピノーサ監督と脚本家たちは、イタリアの難民センターで多くの話を聞き、たっぷりと情報を得た上でストーリーを作っていったという。イタリア語、英語、アラビア語を含む複数の言語を話せる主演女優は、幅広く声をかけたオーディションで見つけた。イタリアが舞台とあり、脚本には「ゴモラ」(2008)を書いたマルリツィオ・ブラウッチもたずさわっている。
また、ココ・シャネルの伝記映画「ココ・アヴァン・シャネル」(2009)のアンヌ・フォンテーヌ監督は、「Bolero」でモーリス・ラヴェルの人生に迫る。彼の最も知られる曲である「ボレロ」を生み出した過程に焦点を当てつつ、20 世紀前半に活躍したフランス人作曲家のキャリアと私生活での葛藤を描くもの。晩年は、複雑な病気を患い、頭の中には音楽があるのに楽譜を書けない苦しみを味わった。愛する人はいても生涯見込んだった彼は62歳でこの世を去ったが、名曲「ボレロ」は今も世界のどこかで毎日流れている。主演は「アンナ・カレーニナ」(2012)などのラファエル・ペルソナ。
ほかには、昨年のヴェネツィア映画祭で銀獅子賞に輝いた濱口竜介監督の「悪は存在しない」も上映された。エンディングは解釈の余地があるだけに、一瞬の間があってから大きな拍手が起こった。この映画は4月に日本公開されるが、ほかの作品も近々決まることを期待したい。
場面写真/IFFR