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「悪い警官」オバマと「良い警官」メルケルの冷たい関係 ウクライナへの武器提供で対立

木村正人在英国際ジャーナリスト

「悪い警官」と「良い警官」?

これは「悪い警官」と「良い警官」を米国と欧州が演じることで、ロシアのプーチン大統領に譲歩を迫るテクニックなのか。それとも、米欧離反のシグナルなのか。

欧州は岐路に立たされている。単一通貨ユーロからの離脱というギリシャ危機の再燃、プーチン大統領によるウクライナ危機、イスラム過激派組織「イスラム国」の脅威という三重奏。

ブレア元英首相の「第三の道」の提唱者で、社会学者のアンソニー・ギデンス元ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス学長は「欧州は私の人生の間で最大の危機を迎えている」という。

ドイツのメルケル首相は米国家安全保障局(NSA)による自身の携帯電話盗聴に続き、ギリシャ危機への対応 ウクライナ軍への武器提供をめぐり、オバマ米大統領とのミゾが隠せなくなってきた。

オバマ大統領とメルケル首相 (Official White House Photo)
オバマ大統領とメルケル首相 (Official White House Photo)

オバマ大統領は9日、メルケル首相とホワイトハウスで会談し、ウクライナ情勢について「もし外交努力が失敗したら、武器提供も選択肢の一つ」と語った。しかし、メルケル首相は武器提供には反対だ。

ドイツ、フランス、ロシア、ウクライナの4首脳は11日、ベラルーシの首都ミンスクで会談し、停戦回復に向けた共同文書の採択を目指している。

このため、欧州連合(EU)は9日の外相理事会で対ロシア追加制裁として資産凍結などの対象に個人19人、9団体を追加することを決めたものの、発動は16日まで見送った。

米国とは別の方向にゆっくり進み始めたドイツ

メルケル首相は「停戦が実現する可能性がある」と強調したが、オバマ大統領は停戦協議が不調に終わった場合に備えて、ウクライナ軍を支援する準備が必要と考えている。米国はこれまでウクライナに対して非殺傷兵器のガスマスクやレーダー技術を提供してきた。

オバマ政権内部で検討されているのは、「ジャベリン」と呼ばれる携行式対戦車ミサイル、武装車両、相手の攻撃を探知するインテリジェンス・システムなど殺傷力のある防御的武器の提供だ。

シリア内戦や、NSAの監視プログラムを暴露したエドワード・スノーデン容疑者の引き渡しをめぐり、オバマ大統領はプーチン大統領とことごとく衝突してきた。

オバマ大統領が「悪い警官」を演じることで、プーチン大統領との交渉に臨む「良い警官」メルケル首相を後押しする狙いがあるのか。それとも、米議会から「弱腰」を非難されているオバマ大統領のポーズなのか。

それでなくてもウクライナ情勢は泥沼化しているのに、米国がウクライナに殺傷力のある防衛的武器を提供したら、ロシアとの軍事的緊張が高まるのは必至。メルケル首相はそれだけは避けたい。

しかし、11日の4カ国首脳会談が不調に終わった場合、武器提供をめぐり米欧間のミゾはますます広がってしまう。

米紙ニューヨーク・タイムズのスティーブン・アーランガー・ロンドン支局長は次のように語っている。

「米国はドイツと予期しなかった大きな問題を抱えている。思うに、それは昨年の最も大きな外交上の驚きの一つだった。米国はどのようにドイツを失いつつあるように見えるのか」

「ドイツは欧州のあまり乗り気でない覇権国の立場を与えられ、非常に面白い、いや、むしろ困った形で錨をゆっくり上げようとしているようだ」

ドイツは再び欧州を崩壊させる?

世界金融危機に続く欧州債務危機で、欧州におけるドイツの存在感はますます大きくなってきた。ウクライナ危機でもはっきりしたように米国の盟友・英国はプレーヤーではなくなった。

欧州外交評議会(ECFR)のハンス・コンドナニ調査部長は欧州におけるドイツ興亡の歴史を振り返りながら、「ドイツはかつて地政学的に台頭したが、今は地理経済学的に台頭している」と語る。

ドイツは経済的なパワーであって、軍事的なパワーでない。欧州は軍事的に米国に依存しつつも、EUの旗印の下に結束し、対米依存を弱めようとしている。

初めてドイツが欧州の主導権を握り、欧州外交をリードし始めたことが複雑な波紋を広げている。ねじれがいたる所で矛盾を生み出している。

均衡財政と構造改革を信奉するドイツなど欧州「北部」に対して、フランス、スペイン、イタリアなどが連合を組んで緩和と成長への方針転換を引き出せるか。

ドイツの外交官はしかし、「アイルランド、ポルトガル、スペインは構造改革に成功し、成長を取り戻した。それができないのはギリシャの取り組みが甘いからだ」と頑なだ。

ユーロ圏の経常黒字は過去1年間(昨年11月時点)で3180億ドル。域内総生産(GDP)の2.4%だ。そのうちドイツの経常黒字は2835億ドル。中国を一国で上回る黒字がドイツを強気にさせる。

その一方で、スペイン、ギリシャ、イタリアの若者失業率はそれぞれ53.5%、49.8%、43.9%。ユーロ圏のインフレは年率でこの1月、マイナス0.6%まで落ちている。

ドイツにとって大切なのは財政黒字と経常黒字という「黒字」の二文字以外にない。欧州は日本型デフレの入り口にあるというのに、ハイパーインフレに懲りたドイツはまだデフレの恐ろしさに気づいていない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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