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新型コロナの遠い出口「家族の集まりも禁止された」都市封鎖の解除は先延ばしされた ミラノ日記(上)

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロックダウン緩和に向けた思いを綴るミラノのセレーナ・ボルピさん(本人提供)

[ロンドン発]新型コロナウイルスで感染者20万人、死者2万7000人を上回る被害を出した欧州のエピセンター、イタリア。北部ロンバルディア州ミラノのイタリア人女性セレーナ・ボルピさんに5月4日のロックダウン(都市封鎖)緩和に向けた思いを綴ってもらいました。

イタリアでは1日最高919人の死者を数えましたが、4月26日には260人にまで減りました。一方、日本は全国を対象に国家緊急事態宣言を1カ月程度延長する方針だと報じられています。日本の出口はどうなるのでしょう。

4月19日、日曜日「公的医療の民営化で対応が遅れた」

先週のイースターの日曜日、私とパートナーの彼は週末に私の両親と昼食を久しぶりにともにしました。両親は80代半ば。高齢者が新型コロナウイルスに感染すると非常に危険です。感染を避けるため、私たちは何週間も一緒に過ごすのを避けてきました。

しかし私と彼は数週間も食料品や日用品を買う時以外は誰にも会っていません。私たちと私の両親は同じ建物の違う部屋に住んでいるので、イースターを一緒に過ごすのは正しいことだと感じました。

セレーナさんの両親(セレーナさん撮影)
セレーナさんの両親(セレーナさん撮影)

母はできるだけ日曜日はみんなで一緒に昼食をとりたいと思っていますが、ロックダウン下の規制では家族の集まりも禁止されています。

私たちは安全な距離を保ちながら、同じテーブルで食事をしました。幸運にも私たちの誰一人として新型コロナウイルス感染症を発症していません。感染していないのか、それとも知らないうちに感染して抗体を身につけているのかもしれません。

今、新型コロナウイルスに感染したことがあるかどうかを迅速に調べる抗体検査の可能性について多くの議論が行われています。現在、ミラノのサン・ラッファエーレ病院が検査を提供しています。代金は120ユーロ(約1万3900円)もします。

より広範囲の大規模検査は公共の安全、公衆衛生の問題になります。みんなが、抗体検査は信頼できる、抗体を持つことが新型コロナウイルスを100%防げるという保証があると確信しているわけではありません。抗体検査はトライアル中です。

私たちが暮らすイタリア北部ロンバルディア州に向けられた批判の一つは今回の非常事態への対処です。ロンバルディア州は新型コロナウイルスによる死者が最も多く、イタリアの死者の約半数が集中しています。

中央政府が今年1月には地域に警告を発していたのにロンバルディア州の対応が遅れたと考える人もいますが、住民のGP(かかりつけ医)には知らされていませんでした。

またロンバルディア州は公的医療サービスの民営化の試みが最も進められていた地域の1つです。プライベートと公的医療サービスのハイブリッドのシステムは今回の非常事態で迅速に集中治療室(ICU)や病院の病床を増やすことができませんでした。

新型コロナウイルスの検査代金が高いことが公になった時、サン・ラッファエーレ病院は「手違いがあり、検査料金は払い戻される」と発表しました。

4月20日、月曜日「中央政府と地方自治体の対立」

ロックダウンは本来なら4月14日に終了しているはずでした。しかし延長されるだろうなと私たちは薄々感じていました。実際その通りになりました。

春がやって来ました。イタリアでは4月から5月にかけていくつかの祝祭日があります

イースター(4月12日)の次の月曜日、4月25日の解放記念日、5月1日の国際労働者デーです。閉じ込められた春を取り戻すために人々が動き回ることを避けたかった政府によってロックダウンの緩和は5月4日に先延ばしされました。

イタリア国旗とともに掲げられた横断幕には「全てうまくいきます」と書かれている(セレーナさん撮影)
イタリア国旗とともに掲げられた横断幕には「全てうまくいきます」と書かれている(セレーナさん撮影)

4月14日以降、書店、子供服などのお店が象徴的に再開されましたが、それ以外は関係ありません。一部の地域では再開した店は実際にはほとんどありませんでした。

ロンバルディア州は封鎖されたままです。それは単に地域の高い死亡率の問題ではありません。ローマの中央政府に対して州が政治的なゲームを仕掛けていることも関係しています。

ロンバルディアの州都ミランでは過去数年に2人の中道左派・民主党の市長が誕生していますが、州議会では反移民、反欧州連合(EU)の右派政党・同盟が第1党です。同盟は左派の新興政党「五つ星運動」と民主党による中央の連立政権と激しく対立しています。

兎にも角にも、待ちわびたフェーズ2(緩和フェーズ)がおそらく5月上旬には始まります。私たちの大半は2カ月近く自宅軟禁状態です。私は先生ですが今、オンライン授業のため自宅勤務しています。私の地域では2月24日以降学校が閉鎖されており、それ以来、私はほとんど外出していません。

フェーズ2については多くのウワサが駆け巡っています。

「何ができるでしょう?」「車を使って近隣の町に移動することはできますか?」「しかしそうなるとは思えません」

学校は閉鎖されたままで、中学校の終わりに受ける修了試験はおそらく中止され、高校の終わりに受ける試験は大幅に減らされるでしょう。大学に進学しようとしている場合、筆記試験は行われず(オンライン?の)口頭試験のみが行われます。

イタリアの新しい学年の正式な始まりである9月に生徒がクラスに参加できるかどうかは不明です。実際、州立学校は一般的に十分なレベルの教育を保証していますが、教室は混雑するため6フィート(約1.8メートル)の安全距離を守ることは基本的に不可能です。

生徒数に比べトイレ数が少ないなど設備が限られています。このため、教育・大学・研究省は生徒と教師の両方について朝・午後のシフトなどさまざまな解決策を検討しています。

クラスの一部をオンライン授業で指導。ただし学校の再開はフェーズ3に組み込まれており、フェーズ2の結果によって左右されます。私たちがフェーズ2で失敗すると、これまで行ってきた全ての努力が無駄になります。

政府によって提案された安全対策を尊重することは本当に重要です。屋外でマスク(一部の場所では手袋も)は必須です。公共交通機関や店では6フィートの安全距離を取らなければなりません。

ミラノの地下鉄では車両の床に円を描いて安全距離を表示。地下鉄とバスの両方で利用可能なスペースの30%だけを使用し、バスの座席の間に透明パネルを挿入、衣料品店では客が利用する前後に更衣室を消毒します。

もうたくさんだというふうに感じます。たくさんおカネがかかり、たくさんの対策がとられ、人の移動を低下させます。可能な限り在宅勤務を続けるべきなのは明らかです。

新型コロナウイルスに感染した人との接触を追跡するために政府が市民にダウンロードして欲しいと考えているスマートフォンのアプリについても多くの議論があります。

効果を上げるためにはイタリアの人口の少なくとも60%がアプリをダウンロードする必要があります。ただし、私の地域は独自のアプリを開発しており、国が推奨するバージョンではなく、地域バージョンをダウンロードするよう要請しています。

中央政府と地方自治体の間で意見が分かれるもう1つの理由は言うまでもありません。イタリアは中国とは異なり、接触追跡アプリが正当な理由があるにもかかわらず、プライバシーと移動の自由の概念と衝突するからです。

4月21日、火曜日「花瓶をあふれさせる雨滴」

この2~3日、雨が降っています。実際には雨というより霧雨が多くなります。雨が必要なことは分かっていても気が滅入ります。今年は本当の冬がなく、非常に乾燥していました。もし、この夏が昨年と同じくらい暑くなったら問題が生じます。

ロックダウンの間、天候は心の中ではその通りには受け止められなくなります。もし晴れていたら日差しの中を歩いたり、公園を走ったりできないことを後悔してしまいます。実際には晴れの日はそうはしてはいけないのに数人の人はちょっとした理由をつけて外出しています。

もし雨が降っている場合は、最後の1本のワラがラクダの背中を折るように感じます。小さなように見えて問題の積み重ねが取り返しのつかない結果を生むという意味です。イタリア語にも同じような言い回しがあります。「花瓶をあふれさせる水滴」という表現です。

雨滴は小さく、必要であるにもかかわらず、このような長期間の隔離中にはあまりにも多いように感じられるのです。

4月22日、水曜日「フジの木の香りもその眺めに劣らず、甘く、激しい」

今日は太陽の光が戻ってきました。愛犬のジャンゴと短い散歩に出かけました。移動はまだ制限されているので、それほど遠くに出かけることはできません。

街角ではまだ警察とカラビニエリ(国家憲兵)の車両を見かけます。市民保護局のバンがメガホンで私たちに家の中にいるよう絶えず叫んでいましたが、その光景は見かけなくなりました。

総じて住民ははるかにリラックスしているように見えます。住民の大半は安全距離やマスク着用を尊重しています。しかしマスクをアゴにずらしてタバコを吸ったり携帯電話で話をしたりしている男性を頻繁に見かけます。こうした振る舞いはマスクの効用を大きく下げてしまいます。

ジャンゴと散歩しているとき、私が通っていた中学校と同じ小さな道にある老人ホームを通り過ぎました。老人ホームの外ではフジとライラックの花が咲き乱れていました。まるで無数の小さなパステルの花びらのシャワーを浴びているようです。

咲き誇るフジの花(セリーナさん撮影)
咲き誇るフジの花(セリーナさん撮影)

フジの木の香りもその眺めに劣らず、甘く、激しい。これまでも、そんなに香りがしていたのかと私を驚かせました。それとも実際にはロックダウンで人間の活動が抑えられているため空気がきれいになって気づきやすくなったのでしょうか。

私はふと老人ホームの窓から同じフジの木を眺めているお年寄りになったような錯覚に陥りました。遠く離れているため家族が私に会いに来られないとしたら、どう感じるのでしょう。

この場所から10分のミラノ、車で40分のベルガモの老人ホームでお年寄りが孤独に死んでいくニュースを聞いて、自分がどう感じているのか、想像を巡らせました。

私は恐怖を感じるのでしょうか。

古い友人たちを失うことを恐れるのでしょうか。

私はこの場所やフジの木の眺めを共有する古い友人を失うことを心配するのでしょうか。

真っ青な空を背景に豊かなフジの木のシルエットを見るのは心地良いのでしょうか。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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